#06 アダムの林檎たち
「ノボルさん、扉が……」
つぶやいたチトセの声に反応して、思わず塔を見る。
巨大なドーム状の建物となっている地上部分。いつもは固く閉ざされたままとなっている、いくつか存在する両開きの扉。そのうちのひとつがゆっくりと開き始めていた。
「なんだ? どうして扉が開いている」
とまどうおれにチトセがある可能性を
「ひょっとすると、『組違い』でも転生できるのかもしれません」
本当か? だとすれば、これは明らかな
少しぐらい転生先がずれてしまって『異世界ガチムチ妖精』になったとしても別に構わない。この白い地獄から抜け出せるのであれば。
「だ、誰か出てきます!」
開けられた扉の内側から温度差で白くモヤのかかった空気が流れ出す。
さらにその奥から軍服に身を包んだ、むくつけきふたりの大男が姿を現した。
彼らは広場に足を踏み込むと、辺りを
「誰か探している?」
やがて、男たちの視線がおれの方に向けられ、ふたりは互いに確認しあうと軍人らしくキビキビした足取りでこちらに近づいてくる。
あ、やばい。あいつら間違いなくマッチョのホモだ。
居並ぶ天使姿の美女たちを一顧だにもせず、候補者の野郎どもを値踏みするように
「貴様、IDを見せろ!」
おれの前にやってきたスキンヘッドの男性が唐突にこっちを見下ろしながら叫ぶ。
急に命令されても何を要求されているのかまるで理解できない。
挙動不審気味にオドオドしていると、しびれを切らしたように相手はおれの腕をつかみ上げ、手首に巻いてあるブレスレットの数字を素早く確認した。
「ナンバー照合! オールチェッククリア! 教官、この男が『め組』の当選者です! まったく、登録番号からして誘っているとしか思えないな、こいつは」
やばい、狙われてる。
ハゲが後方を振り返り、『教官』と呼ばれた左目にアイパッチを付けたもうひとりの男に報告する。
「うむ。君がキザハシノボルくんだな。我々は転生支援センターより遣わされた教導部隊『アダムズアップルズ』だ。これより君は転生候補兵としてセンター内部のメイン施設”
渋い声の教官がおれの真正面に立ったまま、なにやら恐ろしいことを口にしている。
戦闘訓練? 一〇〇〇段階? 冗談じゃないぞ!
転生というのは自分でも知らないうちにすべてが終わっていて、気がつけばたくさんの才能を授かって、挫折も知らずにその力を一〇〇%引き出してしまう強くてニューゲーム状態のことだろ!
どうして、基礎から始めなくちゃいけないんだよ!
「なに、心配するな。どれだけの長い期間を訓練に費やしたとしても、転生したときにはキレイサッパリここでの記憶は失われている。まったく、転生者というのは血反吐を出す思いで習得した魔術や剣技を『チート』などと言ってありがたがっているのだから愉快なものだ」
ハゲがとっておきの秘密を明かすように、転生センターの真実を語ってみせる。
なぜ、そのようなことを……。
「よさぬかアレク兵長。それも戦闘訓練で受けたトラウマが転生後にPTSDの引き金となってしまう事例が多くなり、やむなく記憶の改ざんを施したまでのことだ。スタッフに悪気はない」
「すいません、ブラット教官。まったく、夜な夜な心と体のアフターケアをおれと教官で繰り返しているのに、どいつもこいつもナイーブでこっちがまいっちまいますよ……」
候補者の傷を広げているのはお前らだろ。二重の意味で。
「ちょ、ちょっと待って下さい。訓練ってどれくらいの長さなんですか?」
転生までのシステムがいまさらどうしようもないのであれば、せめて現実の状況を正しく受け止めたい。その思いでおれはたずねた。
「ほう……。随分とやる気がありそうな新人だな。いまから訓練が待ち遠しいのかな」
「へへ、本当に待ちきれないのは夜の歓迎会の方かもしれませんね。こいつはとんでもない好き者ですよ」
黙れよ、ハゲ。獲物を見るような視線でこっちを見るな。
「ふむ……。実際のカリキュラムとしてはおよそ一〇〇〇階層に分けられたあの塔をひとつづつ昇っていく形でクリアしていくのだが……。そうだな、平均するとひとつのステージを突破するのに要する時間はだいたい一年程度。全部で一千年もあれば最上階で行われる最終試練に挑むことが可能となるだろう」
千年? 転生までに普通の人の生涯を一〇回以上、繰り返すより長い時間が必要なのか! 冗談じゃない。しかも、そこまでやってもまだ最終試練が残ってるのかよ。
「正規の一等当選者だと条件が、『候補者自身の力によって神や悪魔から伝説の武器を強奪する』という内容だから、難易度的にはよほどハズレ組のほうが楽だな。その代わり、あちらは転生時より最強武器を装備しているわけだが正直、必要ないだろう」
そりゃ、実力で神とか悪魔に対抗できるなら、もう伝説のアイテムなんかいらないだろ。
「ラストは候補兵同士が最後まで戦い続けるバトルロイヤルだ。ここで負けると基礎訓練が足りていないという評価で、再度の戦闘プログラムが追加される。ま、こっちはたかだが一〇〇年程度の長さなので大した問題でもない」
ふざけるな、世紀単位の時間をポンポンと追加されてたまるか。しかも、それで転生できる保証もないなら最終的にはどれほどの時間が必要なのか見当もつかない。
「まあ、過剰な心配は無用だ。どのような愚図でも数千年の
「はい、教官! では候補兵ノボル! これより貴様をタワー内部に連行する。抵抗は無意味だ」
アレクと呼ばれた男は手だれた動作でおれをうしろから羽交い締めにする。
なんとかしようと精一杯もがくが無駄な抵抗に過ぎなかった。
「うーん、いい香りだあ。生まれて半年のオスの子鹿みたいな匂いがプンプンしていますよ教官! こいつは夜が楽しみです」
「ハハハハハ! 兵長、いきなり激しくしすぎてトラウマを植え付けるなよ。体と違って、心の方は簡単には修復できないからな!」
やばい! 食べられちゃう、今夜!
っていうか、どっちも壊れることが前提なのかよ!
い、いやだ、こんな連中に連れて行かれるくらいなら、ここで可愛い女の子とずっと過ごしていたほうがマシだ。
限界まで首を回し、うしろにいるはずのチトセを探す。
「ま、まって下さい」
胸の前にバインダーを抱えたチトセが大きな声でふたりを制止した。
マジ、おれの天使!
「なにかね、お嬢さん。これはセンターの規則に沿った正当な処置であるはずだが、何か問題でも?」
少女の呼びかけに教官は落ち着き払った態度でみずからの正しさを主張する。
「い、いえ……」
圧倒的な眼力に気圧され、チトセは早くも口ごもった。
ダメだ、頑張れ! おれの天使!
「こちらの『当選者引き渡し受領書』にサインをお願いします」
そう言って、教官に書類と羽ペンを差し出す。
くたばれ、クソアマアァァァァッ!
「おおっと、失礼。これでよろしいか?」
ささっと用紙に署名をして、羽ペンを相手に返す。
受け取ったチトセは大事そうに両手で書類を抱え、深々とこちらにお辞儀をした。
「ありがとうございます。これでわたしも晴れて『有当確転生候補者担当』として、さらなる上級職へと転生する資格が持てました。ノボルさん、ここでお別れですが、お互い新たな世界で頑張りましょう。ご武運をお祈りしております」
少女は笑顔でおれを見送る。
だが言葉はかわさなくてもすぐにわかった。
こいつの頭の中にもうおれという存在はいない。
とっくの昔に過去の思い出なのだ。
「いやあ、若いひと同士のさわやかな心の交流というのは見ていてすがすがしいものだな。わたしもつい青春のひと時を思い出し、若返った気分になれたよ」
おっさん、何見てた?
「大丈夫だ、お嬢ちゃん! これからはおれたちがアンタに代わって、こいつと一緒に心と体の交流に勤めてやるぜ。しっかり新しい世界を開かせてやるから安心してくれ!」
だから、黙ってろハゲ。
「さて、名残惜しいのは重々承知しているが、そろそろいくとしようか……」
「ハッ! 了解しました、教官。『アダムズアップルズ』、これより撤収いたします」
ブラット教官が命令を下した。彼を先頭にふたりはタワー内部に向かって引き返していく。
アレク兵長は羽交い締めにしていたおれの体を肩に担ぎ直した。
両足をしっかりと固定され、頭を後方に向けられたまま為す術なく運ばれていく。
おれは両手でポカポカと相手の背中を叩くが抵抗にもならない。分厚い背中の筋肉が邪魔をしたからだ。
扉をくぐって塔の中に入ると内部は真っ暗だった。当然、外から差し込む光は開けられた両扉のすき間だけということになる。
「ま、まってくれ……」
願いもむなしく、段々と静かに扉が閉じられていく。
ここから先は地獄への片道切符。こうしておれの長い転生物語は新たなる舞台に移った。
おれたちの戦いはこれからだ!
了
転生候補者キザハシノボルの憂鬱 ――こちら第一〇二『め組』転生受付センター。―― ゆきまる @yukimaru1789
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