一年後……

 目を閉じ、一瞬意識を失い、次の瞬間には目が覚めていた。

 外を見ると、つい先程まで暗闇に包まれ、外灯の光しか光源がなかった外から、カーテン越しに光が差し込まれていた。要は、一瞬意識を失っただけだと思っていたが、実際の所は六時間以上しっかり寝ていたという事なのだろう。


「うーん……」


 俺は呻きながら上体を起こした。頭はすっきりとしているし、体にだるさはなかった。感覚では、至って健康体だ。

 部屋の壁に掛けられている時計を見ると、時計の針は、午前六時半を指し、土曜日と標示されていた。

 ん……? 土曜日?


「って、いけね、今日学校……!」


 俺は慌ててベッドから降りると、大急ぎで制服に着替え、手早く課外の授業の準備をリュックに詰め込み、階下へ降りていった。


「おはよう! ごめん、朝ごはん食べてる時間ない!」


 リビングの前を通り過ぎる時にリビングに向かって言い放ち、そのまま玄関へ向かおうとしたが、


「あ、あの、和真さん!」


 実夏に呼び止められた。


「ああ実夏おはよう。ごめん、もう行かなくちゃなんだ。今日課外でさ……」

「……今日は課外なかったんじゃ……?」


 早口で捲し立てる俺に向かって、不思議そうに言った。


「…………へ? 嘘?」

「本当です。一昨日『今週は課外がない』って言ってたじゃないですか」

「…………」


 俺は駆け足で自分の部屋に戻ると、一ヶ月の予定表を確認した。今日の日付を見ると、そこには、


「…………ハハ」


 思わず、乾いた笑いがこぼれた。

 予定表には、何も書かれていなかった。

 すなわち、課外はない。



 実夏が交通事故に遭い、記憶喪失になってから、一年が経った。

 実夏が泣いたあの日から、記憶が戻る傾向は見られなくなり、今でも記憶は戻っていない。

 それでも、俺は普段通りに――実夏が記憶喪失になる前と同じく接した。

 父ちゃんと母ちゃんには、『敬語で話す実夏』が本当はとても苦しんでいた事を、実夏に了承を得てから伝えた。

 二人共、最初は納得がいかない様子だったが、一ヶ月かけて説得して、一応は納得してもらえた。

 それから暫くの間、実夏は主に栄養補給ゼリーを食べるようになったのだが、最近になって少しだけ料理を食べられるようになった。

 進んでいるのか、停滞しているのかは、正直に言うと、わからない。



 実夏達に課外がなかった事を伝えてから、俺は部屋に戻り、制服から部屋着に着替えてリビングに移動した。

 実夏達はテーブルについていた。テーブルには、俺の分の朝食も置かれていた。ご飯、鮭の塩焼き、わかめと豆腐の味噌汁。

 いつものように父ちゃんがいただきますと言い、それに続けていただきますを言ってから、食事を始める。


「…………なあ、実夏」

「どうしました、和真さん?」


 俺は、実夏が泣いたあの日からずっと気になっていた事を聞く。


「……お前、今、幸せか?」

「そうですね――」


 実夏は、少し考えてから、答える。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

MEMORY 秋空 脱兎 @ameh

★で称える

この小説が面白かったら★をつけてください。おすすめレビューも書けます。

カクヨムを、もっと楽しもう

この小説のおすすめレビューを見る

この小説のタグ