第6話ポルノ的音楽、終焉

「そんなことどうでもいいから、オマエ早く彼女作れよ」

 理央りおを見送った近くの空港からの帰り道、助手席の僕に車を運転しながら丸尾まるおが言った。

 テクノ、いや、たくさんいるエレクトロミュージックの女性DJたちが音楽を作っているようで実は、彼女ら自身の性行為を象徴しょうちょうするような表現をしている、という僕の説は、丸尾には興味ないようだ。


 そうそう、理央は無事東京へ旅立った。

 理央とのお別れには多くの友人らが集まった。理央が乗る飛行機の離陸時刻りりくじこくはネットで拡散かくさんされたので理央のファンだという奴らも大勢おおぜい来ていた。地方都市の小さな空港は、海外セレブの離日りにち並みの大騒ぎとなった。理央は泣くこともなく最高の笑顔でこの街を去った。

 僕は理央への想いを口にすることはなかった。僕はやはり理央のことが好きだった。しかし僕が理央のことを好きだという気持ちだけではどうしようもないのだった。リアル世界で男と女が結ばれるには他の色いろな要素が必要だ。タイミングだとか勢いだとか。僕と理央の間にはそういう……なんというか運命を納得させるようなミラクルみたいなものがなかったのだ。

 僕は理央をあきらめるしかなかった。


「おそらくハウスやテクノ、その他のエレクトロミュージックのちビートは……SEXのピストン運動じゃなくて心臓の鼓動こどう起源きげんだと思うよ」

 前を見ながらハンドルをにぎる丸尾の冷静な言葉に、僕は赤面せきめんした。


 それでも僕は自説じせつげなかった。

 見ず知らずの女性のSEXを感じたくて地元のクラブへいりびたったりした。しかし理央が去ったあと皿を回してる女性などこの田舎街にそうそういるはずもない。そのうち、なんだか大きな同窓会に出席しているような気分になってしまいクラブ通いは止めてしまった。田舎のクラブというのは常連じょうれんという名の同じメンバーが毎週末の夜、センチメンタルな気分を共有するために集まったりしているのが実情じつじょうなのだ。

 次に僕はYouTubeの中をさまよった。幸いYouTubeには世界中の女性DJが自らのプレイを実況した動画をアップしていた。

 色いろなSEXをしている女性がいた。

 やさしいキス、愛撫あいぶこのむ女性、らされるのが好きな女性、らすのが好きな女性。男から激しく突かれることを望む女性。とにかく、とにかく激しいのが好きな女性などなど。

 僕はサイトに投稿された動画からそれらのすべてを感じ取った。

 音色、テンポ、既成きせいの楽器の使い方、リズムをどうするか、メロディー、リフ、オカズ、パフォーマンス。女性DJのプライベートなSEXを連想させる要素は彼女らのらす音楽にすべて表現されていた。


 やがて僕は仕事を辞めた。

 毎日ろくな食事もせず、風呂にも入らず、らかった自室じしつで夜な夜な動画投稿サイトで女性DJの実況動画を見まくった。僕は何人もの女性DJとSEXをした。

 そのうちあることに気がついた。そもそも音楽とはSEXなのだと。はるか昔から男も女も愛を歌いかなで、そして踊って来たのだ。ある男性は気になる人が住む部屋の窓下でバイオリンをき、ある女性は踊りで愛する者を誘惑する。誰もが無粋ぶすいゆえ口にしないだけで暗黙あんもく了解りょうかいの事実なのだ。

 ことの一部始終いちぶしじゅうを理央に言わないでよかった。僕はただの変態に思われるところだった。

「かわいそうなチェリーボーイ。誰もあなたを救えない。妄想だけが救い」

 

 ……そのうち僕は飽きてしまった。


 ある朝、僕はすべてを終わらせ、自宅のベランダでケンタッキーフライドチキンをかじりながらビールを飲み、朝日がのぼるのをながめた。

 久しぶりのまともな食事に胃が驚いた。日差しがまぶしい。疲労感だけが残った。これからの希望なんてあるのか。

 

 酔っ払った僕は朝日に向かって間抜まぬけなゲップをした。

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