ケンカ両成敗

五十貝ボタン

ケンカ両成敗

 終わりの会で先生がこう言った。

「ケンカはいけません。ケンカした人は、両方に責任があります」


 私が小学生の時のことだ。

 確かその日は、昼休みに水野と油井が何かの理由で取っ組み合いのケンカをはじめたのだ。

 そのケンカの理由も経緯ももう忘れてしまった。私には関係なかったから。だから、私にとっての問題はここからだ。


「はい」

 クラスでは、何か意見があるときには手をあげるのが決まりだった。

 だから、私はそうした。

「どうしました、野益のえきさん?」

 先生は終わりの会を終わらせようとしていたところだったから、不思議そうな、というか、面倒そうな顔をしていた。


「それって、おかしくないですか?」

 瞬間、クラスの全員が敵に回ったのを感じた。みんなこんなことは終わりにしたいのだ。

 惜しむらくは私は友達が多いほうでもなかったし、よしんば私に友達がいたとしても、その友達さえ嫌がる行為だっただろう。それでも言っちゃったものは仕方がない。

「ケンカはダメ、だからケンカはしないです、じゃケンカの原因がなくならないじゃないですか。ずっと我慢し続けてイライラします」


「そうですね。だから、ちゃんと話し合って解決するべきです」

 違う。私はそんなことが言いたいんじゃない。

「話し合いだと、えーと……自分が間違ってるか、相手が間違ってるかのどっちかになりますよね?」

「そんなことはないですよ。話し合いでもっといい結果になることもあります」

「そうかもしれないですね。あ、そういわれて思いつきましたけど、もっと悪い結果になるかもしれません」


 何せあまり考えをまとめないまま話し始めてしまったから、自分でも自分が頼りない。

 私は空中に手を躍らせて、何かカタチにならないものを描こうとしていたのだけど、けっきょくそれが何かのカタチになることはなかった。

「だから、話し合いをした時には4つのうちのどれかになります。自分が悪い、相手が悪い、どっちも悪い、どっちも悪くない」

 クラスのうち半分も私の話を聞いていないことはわかっていた。

 でも、私は喋り続けた。


「でも、ケンカした場合は? 『どっちも悪い』になります。これは4つのうちで2番目に悪いパターンです。ほかの2つほどよくないけど、『自分が悪い』よりはマシです」

「野益さん。いいとか悪いとかじゃなくて……」

「だから、話し合いをして、『自分が悪い』ってことになりそうだぞ、って思ったら、ケンカをしたほうがマシです。自分だけが悪いわけじゃなくて、相手も悪かったことになります」

「そんなことないですよ。みんなが相手を思いやれば……」

「問題はそこです。つまり、ふたりで話し合いをして、どっちかが悪いってことになりそうなら、ケンカが起きるってことになります。なぜなら、ケンカをしたらどっちも悪いからです。その前の話し合いは関係なくなって……」


「なんだよ、オレが悪いっていうのか?」

 水野が口をはさんできた。こいつは私の話を聞いていなかったに違いない。

「いまのケンカについては私はどうでもいい。ケンカはどっちも悪いってことについて話してるの」

「それはもう終わっただろ」

 今度は油井。なぜか、私がふたりを責めてると思っているらしい。

「そんなこと言ってない! ケンカしないよりケンカしたほうがマシなら、どっちかがケンカするわけだから、それなら最初からケンカしたほうが早く済むかもしれなくて……」


「野益さん、落ち着いてください。水野さんと油井さんも」

 先生が額を押さえながら、私たちの声を遮る。

「水野さんと油井さんのことは、もう解決しましたね?」

「はい」

「もうケンカしません」

 二人が頭を下げる。


「では、野益さんはどうして、終わったケンカを蒸し返したの?」

「えぇ……」

 私は驚いたし、混乱した。私しか、私が何を話しているかわかっていなかったのか?

「そんなことしてません。ただ……」

「二人のせいでみんなが迷惑したこともわかっています。でも、二人が反省しているのだから、これで終わりにしましょう」

「だから、こいつらのことなんかどうでもいいんです!」

 先生が話を終わらせようとしている気配を感じた。

 ここで、言葉を荒っぽくしたのがいけなかった。


「こいつらとはなんですか!」

 先生が教卓を掌で叩き、甲高く声をあげた。

 大人が叫ぶのはよっぽどのことだ(と、その時の私は思っていた)から、クラス中がびくついた。

 でも、すぐに先生は目を伏せて首を振った。

「……ごめんなさい。先生も悪かったですね」

 この時、私はどうしようもなく嫌な予感がして、膝から下がぶるぶる震えてきていた。うまく息ができなくて、喉が「くふ、ふっ」と音を立てていた。


「これで、先生と野益さんのケンカも終わりにしましょう」

 私はどこを見ればいいのかわからなくなって、思わずあたりを見回した。

 クラスメイトはみんな私を見ていた。

 でも、私は目まで震えて焦点が合わない。左右の目がばらばらに動いているようだった。

 自分の目が自分の思う通りにならないのが耐えられなくて、顔を両手で押さえて椅子に座りなおした。


「皆さん、野益さんのおかげでまた一つ学びましたね。ケンカをすることは、やっぱりいけないことです。そして、ちゃんと謝ることが大事なんですよ」

 クラスのみんなは……つまり、私以外は、声をそろえて、「はーい」と返事をした。

 終わりの会はそれで終わりだった。

 そういうわけで、私は学校へ行くのをやめた。

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