金曜日の蛹に

オカワダアキナ

金曜日の蛹に

 誕生日の客に歳の数だけ餃子をプレゼントしますという居酒屋に、50歳になる人を連れて行った。店員はかんべんしてくださいと笑った。ジャンボ餃子が有名な店で(エクレアみたいに大きい)、たしかに50個となるとたいへんな量だ。とはいえ納得しかねた。生まれた日に予定のない50歳中間管理職と、お腹をすかせた20代若手社員数名(僕含む)のプレミアム・フライデーは暗礁に乗り上げた。「何歳までならよかったんです?」、素朴な疑問は愛想笑いで宙に浮き、サービス業のコツを心得た。けっきょくビールを一杯ずつ無料にしてくれて(プレモルではない)、餃子とデザートを人数分くれた。結果的にはよかった気もした。

 餃子というものはいつも蛹に見えるが、ここのは大きすぎて難しい。なにがねむっているだろう。夜になってなおセミが鳴いていた。こんな街中で? 街路樹の根元でねむっていたのだろうか、7年? 店に入るときちらっと見えた。片側の翅がちぢれていた。うまく羽化できなかったのだろう。でも歌う。セミに蛹はないため、幼虫からそのまま成虫になる。不完全変態という。にんげんと一緒だ。

 運転免許証をスタンバイしていた課長が言った。

「父親が百歳なんだ」

 5人きょうだいの末っ子。大学時代は"速記部"だったという課長は、点とマルと線を駆使した不思議な文字を書くことができる。もちろん仕事のときには使わない。ためしに僕の名前を書いてもらったが、ここではないどこかの魔術書に書かれた呪文のように見えた。

「生きていればの話だけど」

 ああそうです。生きている側にいのちと記憶がある限り、死んだ人の歳はいつまでもカウントできます。指折り数えることは呪文でしょうか。魔法が使えたら、おおきな蛹にねむる妖精とも会えた。のか?

 課長の運転免許証はゴールドで、眼鏡等と記されていた。僕の好きだったあの人は水色で、生きていれば51歳。ひとつ歳上ですね。眼鏡はまるかったです。


〈了〉

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