第90話 ジョブ

 麒麟、グレースペアと合流を果たした遼太郎、玲音ペアは大量のゾンビの包囲網を脱し、電気が完全に落ちた薄暗いショッピングモール内で息を潜めていた。


「多分、全部行きましたね……」


 ショッピングセンター内にあったハンバーガーショップのカウンターから四人は顔を出し、ほっと息をつく。

 店内に人影はなく、どうやら入り口のシャッターが閉まっていたことでゾンビの侵入が防がれていたようだ。


「無事で良かったです」

「何回も死にかけましたよ。ねぇグレースさん」


 麒麟の恨みがましい視線に、グレースはてへっと舌をだす。


「オゥ、ソーリー! ハッピートリガー状態でした!」


 彼女が胸を少しそっただけでブルンと巨大な胸が揺れ、嫌が応にも視線が行く。

 遼太郎の眼球が揺れと同期して、上下に激しく動くのを見て、麒麟がコホンと咳払いする。


「す、すみません。あまりにもあれだったので……」

「言いたいことはわかります。大国の恐ろしさを身をもって体感してますよ。なんにしても合流出来て良かったです」

「oh? 皆お知り合いデスか?」


 キョロキョロと見回すグレースに、遼太郎は軽く紹介を行う。


「平山と申します。こちらは真田さんです」

「玲音だ。そいつの姉だ」


 玲音が麒麟を指さすと、グレースは大きく手を打った。


「オゥグレイト! シスターですね。アイムグレース!」

「よろしくお願いします」


 それぞれ自己紹介を終えると、ようやく遼太郎とグレースはお互いを観察し合った。

 両者ともに見覚えがあることは間違いないのだが、どこで出会ったかがわからない。

 しかし、爆乳星条旗ビキニに半分尻が見えているホットパンツと当然ながら強烈な身体的特徴を持つグレースに最初に気づいたの遼太郎だった。


「あれ、もしかしてグレースさんってテキサスファイアの……?」

「ホワット? ユーは……」


 グレースは目の前の青年が、自分にVRゲームの面白さを最初に教えてくれえた人物だと気づいて、目を見開き両手で口を押えた。


「サー! サーではありませんか! イッツアメイジング!」

「あぁ……やっぱり。まさかこんなところで出会うとは」


 遼太郎は苦笑いを浮かべるが、グレースは喜びを隠せずピョンピョンと飛び跳ねまわっている。

 その度にゆっさゆっさと揺れる胸に、彼の目玉はスロットのリールの如く上下運動に忙しい。


「イエス! サー、また会えて光栄デース!」

「は、ははは……お元気でしたか?」

「ハイ、メタルビーストレベルカンストしました! いつでもサーにしごかれる準備はできていマス! いつでもミーを薄汚いメスブタ扱いしてくれてOKデス!」


 麒麟と玲音の視線が鋭くなる。


「雌豚なんて言ってない! 言ってないですよ!?」

「サー! アイラビュー!」


 グレースは慌てる遼太郎のことをお構いなしでベタつくのだった。


「は、はは……今度また遊びに行きますよ」

「オォイェイ!! 皆喜びマス! 絶対お願いしマス!」


 元からテンションの高いグレースであったが、遼太郎と再会したことにより完全にテンションメーターが振り切れてしまい、デカい犬がじゃれついてくるように遼太郎に抱き付いてきた。

 だが、当然ながらゲームのパーソナルガードと呼ばれる接触事故防止機構が働き、遼太郎を抱きしめることができなかった。


「ノゥ……サー、フレンド! フレンド登録してください! パーソナルガードカット! プリーズ!」

「わ、わかりました」


 遼太郎はグレースをフレンドリストに登録すると、設定からパーソナルガードを最小へと変更する。

 パーソナルガードを最小にするとセクシャルな部位以外の力量判定が復活し、抱きしめるなどの親しい人間同士でのコミュニケーションが可能になるのだった。


「オォセンキュー! んーまっ!」


 グレースは抱き付いて遼太郎の額にキスを浴びせるが、唇はセクシャルの部位に指定されている為、ギリギリで接触できないのだった。

 その光景を見て、不機嫌メーターがマックスを振り切れる麒麟。


「あ、あの麒麟さん」

「どうかしましたか? 外国の方はスキンシップが激しくて凄いですね」


 麒麟の張り付いた笑顔と、異常なまでに優しい声色に遼太郎は恐怖する。


「あ、あの! これはですね」

「別に弁解なんてしなくていいんですよ遼太郎さん。ゲームの中でのキスなんて所詮アバター越しの”まがいもの”いや実物がないわけですから妄想みたいなものです。ゲームのアバター同士がどだけじゃれつこうが本物に触れられませんから」


 ウフフと恐い笑みを浮かべる麒麟。

 玲音の方はどうなっているのか確認すると、こちらは全く気にしておらず相変わらず感情を見せない氷の彫刻のような表情である。

 まぁそれは当たり前かと安堵すると、店の中に突如何かが割れる音が響き渡った。

 全員が振り返るとハンバーガーショップのバックヤードから店員らしきゾンビが飛び出してきたのだ。

 一番近い玲音に組み付こうとするが、玲音は惚れ惚れするようなハイキックをゾンビに見舞うと、馬乗りになってゾンビの口の中に銃口をねじ込み躊躇いなくトリガーを引く。

 店内にマグナム弾の鈍い銃声が何度も響き渡る。


「ね、姉さん撃ちすぎ。もう頭ないですよ」

「……無駄弾を使ったな」


 一発必中で確実に敵を仕留める玲音が、珍しく死体撃ちをしたのだ。

 遼太郎の額に見えない汗が浮かぶ。

 あれ、もしかして怒ってる? と

 おかしい、合流して戦力的には良くなったはずなのに、なぜかゾンビなんか目じゃないほどのホラー、いやスリラー的な展開になっているような気がしてならないのだった。

 麒麟たちのもつ拳銃が、どうにもこちらを向いているような気がしてならない。


「レオンもハッピートリガー、ミーと同じデ~ス」


 これ以上煽らないでと戦々恐々とする遼太郎だったが、そんなものはグレースには通じない。

 元より彼女の素がこれなのだから。


「そういえば姉さんと遼太郎さん、職業なんですか?」

「職業なんかあるんですか?」

「ええ、ステータス画面の一番下です」


 玲音と遼太郎は中空を撫でて自身のステータス画面を表示させると、確かにジョブと書かれた項目が存在した。


「ヒモって書いてあるんですが」

「じゃあ無職ですね」

「えっ……」


 遼太郎は誤訳を疑ったが、確かにジョブのところにヒモと表記されている。


「ちなみに私はメカニックという技術者で、ステータスは低いのですが壊れた電子ロックを直したり砲撃ドローンを操作できる職です。一応皆さんのステータスを見てみましょうか」


遼太郎

ID RYOTARO

職業 ヒモ

武器 バール

アイテム 懐中電灯

ステータス ???


麒麟

ID KIRIN

職業 メカニック

武器 9mハンドガン

アイテム 工具

ステータス ???


グレース

ID GRACE

職業 セクシーポリス

武器 軽機関銃

アイテム 手錠

ステータス ???


玲音

ID LEON

職業 金持ち

武器 マグナム

アイテム ゴールドカード

ステータス ???


「ちょっと待ってください! これおかしくないですか!?」

「何がですか?」

「いや、麒麟さん以外職業おかしいでしょ! グレースさんのセクシーポリスって何ですか!?」

「このゲーム落ちてる衣装に露出度が設定されてますので、それが高いほど攻撃値に補正がかかります。エログロは基本ですよね?」

「いやいやいや! それに金持ちって職業じゃないでしょ!?」

「お金持ちがいるのは便利ですよ。このゲーム不思議なことに自動販売機から武器が買えたりしますから、その時お金持ちがいるとリボ払いしてくれます」

「それ、結局とりたてられるのでは……」

「そんなこと言ってしまうと私のメカニックも現実世界だと意味不明ですからね」

「それはそうなんですが……」


 そう考えると自分のヒモが急にまともに見えてきた遼太郎であった。


「あの、ステータスの???ってなんですか?」

「ステータスは自身がZウイルスに感染してるかどうかを判別するんですが、これは研究者という職業のプレイヤーがいれば判別がつくんですよ。ちなみに我々がこの街から脱出するときに一人でも感染者がいればゲームオーバーです」

「研究者がいなくても調べられるんですか?」

「はい、街の病院に行くか、地下にある研究施設に行けば判別が出来ます。そこにはワクチンがありますので、感染してなくても向かった方が良いです」

「なるほど。でも研究者の方が仲間になってくれれば楽ですね」

「気をつけて下さい。研究者はメディックと軍関係者の二種類がいて、メディックはちゃんとした情報を我々にくれますが、軍関係者は感染者を感染させたまま脱出しないとダメなんで、こちらを騙して来ます」

「それは我々では判別がつかないんですか?」

「はい、相手がメディックなのか軍関係者なのか本人にしかわかりません。ですのでワクチンは絶対に取りに行った方が良いです」

「仲間のふりして軍関係者が紛れ込んでくるかもしれないってことですね」

「研究者は感染者がどこにいるかわかるレーダーのようなものを持っていますから、ほぼ確実に接触してきます。ですので、いきなり仲間に入ろうとしてくる人はまず疑った方がいいです」

「なるほど」

「気をつけて下さいね遼太郎さん。これはまだ会ってない岩城さんや桃火姉さんが敵になってる可能性があるってことですから」

「わかりました」


 話が終わり、全員がハンバーガーショップを出ようとした時だった。

 突然けたたましいライフル音が響き、店内に銃弾の雨が降って来る。

 四人は横っ飛びで、観葉植物やテーブルの後ろに隠れるが、銃撃はなかなかやまない。


「この作品ゾンビって銃を撃ってきたりしますか?」

「そんなわけありません! ゾンビが銃撃ってきたら、それゾンビじゃなくていいじゃないですか!」

「確かに」


 遼太郎が麒麟に覆いかぶさるようにして体を守っていると、店内のガラスが銃弾で割れて彼の頭に降り注ぐ。


「ってことは」

「軍関係者側の研究者チームが来た可能性が高いです!」

「研究者って仲間になってくるんじゃないんですか!?」

「接触が面倒なプレイヤーは実力行使で感染者を連れて行こうとします! つまり私たちの中で誰かは既に感染してるということです!」

「なるほど、仲間になってわざわざ人狼ゲームするより、感染者を奪った方がよっぽど早いってことですか。やはりどこまで行っても人間の敵は人間と――」


 遼太郎の呟きは、容赦のない銃声にかき消される。





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更新遅くなってすみません、亀ペースですが更新再開していきます。

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グッドゲームクリエーター ありんす @alince

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