第89話 玲音のゾンビ講義

 その頃、遼太郎と玲音は難なく市街地を進み、街の中心部を目指している最中だった。

 玲音はホラーゲームだというのに隣の遼太郎がにこやかな顔をしているので、小さく息を吐く。


「お前もホラーゲームには向いていない類だな」

「そうですか? 僕は人並みに怖がると思いますが」

「嘘をつくな、ゾンビに囲まれても微動だにしなかったくせに」

「そこはやはり職業病でしょうか。怖いと言うより、このゾンビどうやって倫理審査通したんだろとか、生成されるゾンビのジェネレーターどうなってんのかなとか、その辺の技術ばかり気になって」

「お前も私とかわらんだろ。ちょうどいい、問題だ。恐いVRホラーゲームを作るならどういったゾンビを作る?」

「えっ、ゾンビ限定ですか?」

「そうだ。プレイヤーに恐怖させる為のものだ」

「そうですね……やはり攻撃力を上げたり、移動速度を早くしたりするでしょうか?」

「私にそんな企画書を持ってきたら、目の前で破り捨ててやるからな」

「ありがとうございます。その時さげすんだ目で見ていただけると助かります」

「?」

「いえ、お気になさらず」

「なぜ没かわかるか?」

「ありふれているからですか?」

「違う。私の言った恐いからズレているからだ。私は怖いものを持って来いと言った。攻撃力の高いゾンビを見て、お前は恐怖するか?」

「それは、殴られて死ぬのでしたら恐いんじゃないでしょうか?」

「それはゲームが失敗するから恐いのであって、ホラーの本筋である恐怖の部分からそれている」

「なるほど……」

「そしてお前が言ったゾンビの移動速度を上げる。これが一番の悪手だ」

「えっ、そうなんですか? でも最近のゾンビものじゃ走って来るの多いですよ?」

「あれは映画という媒体で、ゾンビイコール遅いという概念を壊そうとして、ホラー部分よりアクション性を高めスピード感を重視している。映画は長くても2時間だ。トラブルの爆発力が大きい方が面白い。それに対してゲームは10時間近くプレイする。速いゾンビばかり集めてもいいかもしれないが、恐らくそれはホラーゲーではなくアクションゲームと呼ばれるだろう」

「た、確かに。昔レジェンドオブゼルダがWIIIIで発売されるとき、プレイヤーはてっきりWIIIIコントローラーを剣に見立てて振り回すものだと思ってましたけど、実際クラシックコントローラーでしたもんね」

「当たり前だ。100時間もWIIIIコントローラー振り回してられるか」

「腱鞘炎になりますね……」

「いいか平山、ゾンビが走ってきたらそれはもう別にゾンビじゃなくていいんだ。全力で走って来る殺し屋と恐怖感はかわらん。ゾンビシリーズを世に広めたジョージロメオ監督の作品”ゾンビーフ”は見たか?」

「いえ、すみません見てないです」

「古い映画だが一度見ろ。監督のリビングオブデッドならば何度もリメイクされているから、そちらの方が見やすい」

「れ、玲音さんゾンビモノ好きなんですね……」

「一度ホラーゲーム制作に少しだけ携わった。あの仕事は最悪だった。一本まるまる死体食ってるゾンビ映画ばかり見せられたからな。麒麟なら発狂してもおかしくない」


 玲音はその当時のことを思い出しているのか苦い表情をしている。


「それはご愁傷様です」

「ゲームを作る上で必要なのは知識と創造性だ。何も知らずにそのジャンルのゲームなんぞ作れん」

「確かに、有名RPGをやったことない新人がRPG作りたいなんて言っても怒られますね」

「成功したからには成功した理由がある。それを調査分析できないものにゲームを語る資格はない。話を元に戻すが、恐ろしいゾンビはどう作るかという話だ」

「はい」

「正解は下手にいじらないだ。ゾンビはあれで完成されているクリーチャーだ。あれを下手にいじって定着している例を見たことないだろう」

「確かに……でも、何もしないってそんなのありですか?」

「そのかわりプレイヤー側に細工する。ヒントは今の状態だ」


 玲音が周囲を見渡すと、薄気味の悪い声が響く、夜の街が広がっている。


「……暗闇ですか?」

「そうだ。プレイヤーの視覚を遮る。人間はどれだけ文明が発達しようが闇を恐れる。目に見えないというだけで恐怖するだろう」

「なるほど、ゲームで視界を狭めるのって雰囲気以外にもちゃんと理由があったんですね」

「もう一つ」


 玲音は自身の耳を指さす。


「聴覚ですか?」

「そうだ、暗い道に薄気味悪い音を鳴らすだけで人間の恐怖心は急激に上昇する。人間は想像する生き物だ。暗がりから何か音が聞こえるだけで、自身の記憶スペースから勝手に恐ろしいものを想像して勝手に恐怖する。その昔サバイバルホラーを確立したゾンビゲームを知っているか?」

「それは勿論。映画にもなってますし、僕も一作目からアーカイブでプレイしました」

「なら話は早い。あれの一作目当時PSファーストの性能が低すぎるために3Dグラフィックの描画性能が追い付かず、本来はロードを何度もさしはさまなければならなかった」

「知ってます、扉を開ける時扉がアップになる演出ですよね? ロード時間をうまく隠す方法だと思いました」

「それは我々がそういう仕組みだと知っているから技術と演出に関心したが、当時のプレイヤーはこの扉を開くとどうなるのかと、自身で恐怖の想像を膨らませた。それはゾンビも一緒だ。あいつらは鈍いから恐ろしいのだ」

「ノロいイコール恐怖ですか?」

「ノロマだとプレイヤーに襲い掛かってくるまでに時間がある。その時にプレイヤーにはいくつもの選択肢が頭に浮かぶ。逃げる、戦う、隠れる。戦うと決めたら何で戦うか? 弾は温存しなくていいのか? 他にも潜んでいるのではないか? そういった思考が、プレイヤーの恐怖心を増幅させていく」

「あっ……よく考えたら僕最近新作をプレイしましたけど、あの作品ほとんどの敵って歩いてきますね」

「逆に速いクリーチャーは思考させる暇がない。ゲームの場合速い敵に対しては、ほとんどのプレイヤーは迎撃するという思考に至る。むしろそれしか浮かばない。速くて強い敵は一瞬だけ恐ろしいが、倒してしまえばそれまでだ。それに速い敵が多すぎるとプレイヤー側は恐怖するより、上手く敵を倒すことに集中してしまう」

「なるほど……その点ゾンビはプレイヤーに恐怖を与える時間が長いんですね」

「だからこそ奴らは狂暴であり、一緒にいたくないと思える嫌悪感を催す容姿をしている」

「そう考えるとゾンビってよくできてますね」

「設定的にもいくら倒しても出てこれるようになっているしな。もう一つ弾薬や時間制限を設けることで、心理的に焦らせる方法で恐怖心を煽ることができる。ただし、やりすぎるとプレイヤー側がストレスを感じすぎて途中でやめてしまう可能性がある」

「制限の方はゲーム難易度にも絡んでくるからですね。終始敵じゃなくて数字と戦わされるのは嫌ですね」


 二人がゾンビについてあれこれ話していると、すぐ近くの大通りから銃声が聞こえてきた。

 もしかしたら誰かが襲われているのかもしれないと二人は路地を出て大通りに出た。すると遼太郎は丁度走り込んできた女性と激突した。


「ホワット?」

「グレースさん早く! もう来てますよ!」

「ん~痛くはないんですが、どいていただけると助かります」


 別のプレイヤーがぶつかり、恐らく自分の上に馬乗りになっていると思われたが、遼太郎の視界は謎の星条旗によって塞がれ一体どうなっているのかわからない。


「オーソーリー!」


 ようやく星条旗が視界から離れると、それが凄まじい爆乳を誇る女性の胸を支える頼りないビキニだと知って驚く。


「すみません、これは結構なもの……ん?」

「ホワット? ユーどこかで……」


 グレースと遼太郎が両方で、ん? この人見たことある気がすると思っていると、それと同時に彼女達を追っていた大量のゾンビ集団が間近まで迫ってる。

 玲音が前に出て手近なゾンビの頭をマグナムで吹っ飛ばしていくが、とてもじゃないが対処できる数ではない。


「おい、いつまで寝ころんでいる。早く逃げるぞ」

「は、はい!」

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