真矢 夢の崩壊

真矢 夢の崩壊


もしかして………


入ってきた方とは反対側のフェンスを乗り越え、倉庫から離れる。


もしかして、さっきの女の子は……


その先に思考を伸ばそうとすると、ズキンと頭が痛む。まるで思い出すことを脳が拒んでいるように、警告をしてくる。


何かが崩れようとしている


漠然とそんな予感があった、青空の見えない空から太陽は覗かず、辺りの寂しさをより際立たせている。

それが一掃、その不安を掻き立てた。


「思い……出せ………!」


誰に命じる訳でもなく、欲望を口にする。依然として頭は痛むが、型の合わない鍵をねじ込むように、強引に記憶を引き出そうとする。


頭が痛む、強く思い出そうとする程に、より強い痛みが走る。

立っていられなくなり、地面にうずくまる。


ああ……またか………


どこに余裕があるのか分からないが、頭のどこかでそう思う。

思えば、今まで何もできなかった。


挫折ばかりしていた、何をやっても中途半端で、すぐに追い抜かれて行く。

やりたいことも成果が出ず、守りたいものも守れず、時間の流れに身を任せるだけだった。


庇護欲……


もし、もしもの話だが、もし自分に誰かを庇護しうるだけの力が、知恵が、何かがあったなら、それはどれだけ幸せなんだろう。


いっそう痛みがひどくなる、もうやめろと言わんばかりの痛みだ。

痛みに身体をよじらせる、するとバッグからあの手紙がポロリと落ちる。


ここにはなんて書いてあったんだっけ、確か………


痛みに耐えながら、すがるように手紙を開く、以前開いた時は何も無かったと知りつつも。


「確か……庇護欲」


そう呟きながら手紙の封を再び切る。

以前は何も起こらなかった手紙を、そう


―――「以前」は



一拍も置かずに、手紙が急激に光り出す。太陽のない空の代わりに辺りを照らすが如く光るその手紙には、中身が入っておらず、代わりに光の塊とも言える「何か」があった。


頭痛が一段とひどくなる。最早意識を手放す一歩手前だが、最後の力を振り絞り、その「何か」に手を触れる。






―――――そして、意識は裏へと落ちた







目が覚めると、小学校の校庭にいた。

しかし、これは目が覚めたわけではなく、夢の中にいるのだと感覚でわかる。

しかし先までの夢とは違い、明確に身体を動かせる。夢だと認知できているから、明晰夢なのだろうか。


呆然としていると、窓から微かに人影が見える。何人かで1人を囲んでいるように見える。ひと目でわかる、いじめだ。

助けに行こう、そう思って走り出そうとすると、背後から動物の鳴き声が聞こえる。


振り返ると、道路で猫が鳴いている。それだけかと一蹴しようとするが、その後方からトラックが迫る。

板挟みになり、どうすればいいんだと苦虫を噛む、すると、不意に強い風が吹く。


なんなんだと思い、ふと上を見ると、屋上から今にも飛び降りようとする教師の姿がある。

なんでそんなことを、でも助けないと。


生徒が殴られる


猫にトラックが迫る


教師が1歩を踏み出す


やはり、自分には何も出来ないのか。

どれも中途半端に終わって、一人も助けられず見ているだけで終わるのか。


夢の中ではあるが、確かに、強く想う。


力が欲しい


誰かを守れる力が、誰かの元に駆けつけられる力が―――――



「それがお前の、欲望か」


そう、聞こえた気がした。







今度こそ本当に意識を取り戻す。

まだ朦朧としているが、意識を奮い立たせ状況を確認する。

ベッドに寝ているあたり、道端で倒れていた自分を運んでくれたのだろう。

部屋の雰囲気からして、病室ではないらしい、おそらく普通の家だろう。


目が覚めた以上、運んでくれた人に礼を言おうと思い立ち上がる。


不思議と体が軽いが、特に気にせずドアを開け、家の主を探そうとする。


「……ん?もう起きたか、体の調子はどうだ?」


開けてすぐ、廊下で鉢合わせたのは、室内であるのにコートを着ている、どこか中性的な雰囲気の男性。

きっとこの人が運んでくれたのだろう。


「あっ大丈夫です、えっと…ありがとうございます」


「気にするな、覚醒した気配があったから辿ってきただけだ」


聞き覚えのない単語が聞こえる。


「それにしてもいきなりとはな、お前はかなりの逸材だぞ」


おおよそ、倒れている人を介抱した人が言う台詞ではない。


「まあ、お前はこのままうちに置いてやる。話はおいおいだ」


いい加減ついていけなくなり、口を開く。できるだけ、分かっている風に。


「手紙のことを知ってるんですか?」


手紙が何なのかは分からないが、あの尋常でない様子からして、普通のものではないのは確かだ。ならそれを知っているかで大方の予想はつくはずだ。


「ん?もちろんだ、いきなりだと混乱するだろうから大事なことだけ教えてやる」


男性の声が重くなる。同時に視線も重く感じる。思わず少し後ずさりし、息を飲む。


「お前はもう、こっち側に来たんだ」



それは、俺の日常に対する死刑宣告だった。

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正夢ファンタジア @poti_og

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