咲希 夢の崩壊

到底受け入れることができない光景が広がっていた。


既に見慣れている例の銀髪の彼、そして何故か私の手には握ったこともない銃が握られていて、さも当然のように彼に向けられている。


訳がわからず混乱していると、彼が口を開く。


「いい加減、これで最後にするぞ」


何のことよ、そう言いたいがやっぱり口が開かない。


「いいけど、死ぬのはあなただから」



なんでそんなことを、そう言いたいが言えるはずもなく、意識は段々と薄れていった。














意識を取り戻す、どうやらまた寝てしまったようだ。

窓からこっそり抜け出してふらふら歩いて駅前に差し掛かった時、ふと目に入った男の顔に妙に引っかかるものがあった。

直感的な衝動に身を任せて同じ電車に乗ったはいいが、「夢で会ったことありますか?」なんて聞けるはずもなく、こっそり見える位置に座って様子を伺っている。


それにしても、見れば見るほど夢の彼に似ている。ただ一つ、髪の色を除いてだけど。


電車が停止する。彼はどこまで行くのだろう、ぼんやり考えていると彼が立ち上がった。

なんとなくさっきまで銃を向けていた(といっても夢の中だけど)相手に姿を見られるのは嫌だったから、ドアが閉まるギリギリで、彼に見えないようにこっそりと電車を降りた。


彼はやけに静かに、まるで何かに怯えるかのように歩みを進める。

私もそれにつられ、足音を立てないように、見つからないように、こっそりと進む。



彼を追いながら景色を見渡す。

人気の感じられない住宅街。

もちろん人は住んでいるんだろうけど、風化して色あせた家と静寂からは寂しさしか感じなかった。


しばらく歩いていると、気づかないうちに、寂れた工場跡地が眼前にあった。

ただぼんやりしていただけかもしれないが、彼を追いかけているうちは住宅が並んでいる記憶がある。

狐に摘まれた気分になるが、慌てて彼の姿を追う。

彼は既にフェンスを乗り越えて工場跡地の中に入って行っていた。


フェンスの前に立っていると、一つ前の夢のことを思い出す。

確かあの門の前のような場所だったはずだ。


その時初めてはっとする、まさか彼は夢の情報だけでここを突き止めたのだろうか?なぜそこまでするのだろう。

私のように衝動的にならいざ知らず、ただの夢のためにわざわざ調べるのだろうか。

もしくは既にあの団体に加入していて、純粋にここに戻ってきた可能性もある。

いずれにしろ私にできることは、彼と鉢合わせないためにフェンスの前で待っていることだけだった。




体感時間にして数分、もしかすると1分も経っていないかもしれない。

それどころか数十秒という可能性もある。

とにかくそれほど時間が長く感じられる状態でフェンスの前に立ち尽くすが、いても経ってもいられない。


どうせ現実では初見なのだから、会っても不都合はないじゃないか。

そう自分を強引に納得させて、遂にフェンスを乗り越える。


多分急ぎ足で見覚えのある倉庫跡に向かう途中に彼が出てくる。

そんなつもりはなかったが、思わず心臓が跳ね上がる。

心拍も鮮明に感じられる、緊張していた。


しかし彼はそんな私の緊張をよそに、逃げるように倉庫の向こうへ行ってしまった。

結局対話叶わず、倉庫の前に取り残された。


呆然としていると、中から物音と、話し声が聞こえた。



「行ったっぽいね」


「なんで来たんだ?」


「さあ、夢に誘われたんじゃない?」


「……また増えるの?」


「3人だけだろ、もうちょいいた方がいいじゃねーか」


「教育をするのは僕なんだけどね」



突然頭痛がする。何か記憶のベールを無理やり剥いだような感じだ。

扉の向こうの話し声も聞こえない、なんとか思い出そうとうずくまっていると、突然目の前の扉が開かれた。



「……あ?」


「…………あっ」



終わった、なんとなくそう思った。

こんな工場跡地を根城にしている集団なんてロクな人間じゃないに決まってる。

おまけに頭痛のせいでまともに相手の言っていることが分からない、交渉もできない。


長髪の男が何か言いながらこちらに手を伸ばす。これから倉庫に連れ込まれてしまうのだろうか。

恐怖が体を包んだ。

男の手が頭に触れる。

顔くらいは見てやろうと、できるだけ強気に睨む。



―――頭痛が和らぐ。


「…………え?」


「大丈夫かい?まあ夢言慣れには時間がかかるだろうからね、仕方ないよ」


「夢言…?」


何を言っているかさっぱり分からない、たださっきまでかかっていた記憶のベールは剥がされた。

つまり夢の内容を鮮明に思い出している。


「あの白衣の…」


「僕は未来だと白衣なのは本当なんだね、まあとりあいず中に入りなよ、見つかった以上仕方がない」


「は、はい…」




中に通される、内装は陳腐な秘密基地という感じで、それ以上コメントのしようがなかった。

ソファと座布団にちゃぶ台という統一性のなさ、そしてなぜか電波のあるテレビ、電話。

それなりに経済力のある集団なのだろうか。

私がソファに座らされ、前の座布団に長髪の男が座る。

乱暴そうな男と大人しそうな女がいた気がするが、姿はなかった。


「とりあいず、君自信とさっき来た彼について説明しよう」


「はい」


こうなったらヤケだ、自分が何なのかとことん聞いてやることにした。


「君たちはい夢言者に覚醒した、そして君は既に普通の人間より1つ上の次元軸にいる」


「じ、じげんじく?」


二次関数のようなものなのだろうか、自分たちが3次元にいるから、私は4次元にいるのだろうか。


「初代の夢言者が提唱した説でね、人間の覚醒意識の裏側を新たな次元として"夢次元"と定義したんだ。夢の世界だと自分の思うようにできるだろう?僕達は覚醒世界の中で、自身の最も強い欲望に関してのみ夢次元に干渉し、現実の事象として引き起こすことができる。これを一段階上の次元として」


「ストップ!ストップ!よく分からないです!!!」


聞いたことのない単語が黙々と並べられるのについに理解が追いつかなくなる。そんなファンタジックなこと、まともな思考では理解できるはずがない。


「まあ…詳しくは本でも読んでよ、でも君も体験しているはずだよ、破ったのに元に戻る手紙とかね」


「あっ……」


あまり気にしていなかったが、確かに封を切ったはずだ。

あれも夢次元とやらの影響なのだろうか。


「まあ、さっき言った最も強い欲望、その手紙がトリガーになって夢次元と覚醒世界がリンクされる。まあ安全装置なのか、欲望を、宣言しないと強制終了されちゃうんだけどね」


「あっ、それで寝たんですか?」


「うん、そうなるね」


しばらく聞いていると段々と話に慣れてくる。感覚が麻痺してきたのか、それとも受け入れたのか、混乱も落ち着いた。


「慣れてきたって顔してるね、強制的に覚醒させたし無理もないか」


「え?」


まさか頭を触られた時に何かされたのだろうか、それともこの倉庫に何か秘密があるのだろうか。


「普通は何回も訓練して、リンクを完全に繋げるようになるんだけどね、さっきは僕の欲の力で君を強制的にその状態にしたんだよ、イレギュラーだしね。それでその状態になると、身体能力と思考力が向上する。まあ開発はおいおいすればいいさ」


「よ、よくわかんないんですけど、私はもうあなた達の一員なんですか?」


「もちろん」



私の日常は、たった一つの夢と、たった一つの手紙で見事に崩れ去った。

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