第9話 旦那より

 ここまで、俺の不思議な嫁の話に付き合ってくれてありがとう。ちょっと前に、旅行先のホテルのくだりで、チラっと登場した旦那だよ。ここらで、ちょっと味替えはいかが?

 ふだんは無口な方なんだけど、語りだすと長いってよく人に言われるから、そのつもりでいてくれよ。

 嫁が、さんざんおばけの話をしててナンなんだが、俺は、ほんとうにおばけには縁がなくって、おばけの方から俺を避けて通ってるとしか思えないくらいに霊感もなく、自慢じゃないけどお化け屋敷に入っても、真顔でサクサク進んでいっちゃうほど、鈍いタチなんだ。でも、ヤバい体験なら、俺にもあるから、聞いてくれ。


 高校一年の夏休み、高校に入ってから仲良くなった友達がいて、そいつの家に自転車を小一時間飛ばして遊びに行ったんだ。そいつの家は、俺の街のいちばん北の方で、指折りの心霊スポットとして知られる、でかい池のすぐ側でさ。真っ昼間だったけど、ちょっと池に遊びに行ってみたんだ。そいつの話じゃ、ブラックバスが釣れるってことだったんだが、池を覗き込んでも、鯉かブルーギルか、あとはなんだか汚い藻みたいなのしか見えなかった。

 池の向こうに、新しい綺麗な病院があって、それが遠くに見えた。池の東側に小道があってさ。俺たちはそこに自転車を停めて、何の疑いもなく、林の中へ続くその道を進んでいった。家のすぐ近所なわけだから、そいつが案内役みたいになってて、ちょっと得意気なのが鼻についた。

 で、何のかはそいつも知らなかったんだが、何かの慰霊塔みたいなのが立ってて、そこで小道は終わってるはずだったんだ。昔、その慰霊塔の横のでかい木のところで、カブトムシを取ったことがある、と自慢してたっけ。

 で、俺は言った。

「なんやねん。こっちにも、道続いてるやんけ」

 そいつは、変な顔をした。こんな道は、見たことがないという。

「ほな、一緒に探検しようや」

 俺たちは、二人で、慰霊塔の横を通りすぎ、ここまでまっすぐ続いていた道の、更に奥へと続く道を、また真っ直ぐ進んでった。

 俺は、慰霊塔の横を通りすぎたとき、空気が変わったのを感じていた。


 少し歩くと、林は終わった。視界は一気に拓けて、右側には、俺の背丈の倍くらいの高さの、低い崖みたいなのがあって、その上に幼稚園みたいな建物があった。夏休みなのに、子供の声とか、ピアノの音とかが聞こえた。

「お前も、ここかよってたん?」

 通っていたどころか、友達は、そこに幼稚園があることを知らなかった。で、左側は、また崖になってて、こっちはちょっと高い。病院みたいな、汚くてでかい建物があって、崖の下を覗き込んで数えると、目の高さで、ちょうど三階だった。そのとき、さっきまであんなにうるさかったセミの声が、全くしなくなっていることに気付いた。それに、病院みたいな建物の窓越しに見える廊下には、冬物みたいな厚い生地のパジャマを着た、爺さんや婆さんが、やたらとうろついていた。でも、ナースとか医者とかは一人もいない。

 勿論、そいつに聞いても、首を横に振って、こんなところには病院も、老人ホームも無いって言う。もう、そいつの顔は真っ青になってて、俺はそれがおかしかった。

 ちょっと先に、屋根つきの、戸のない小屋みたいなのがあって、自販機があった。

 その時分、缶ジュースと言えば、120円で、今とおんなじ、缶からは取れない、折り返すタイプのプルタブだった。でも、その自販機のジュースは、全部100円だった。100円と言えば、俺がもっと子供だった頃の値段だ。100円を入れてジュースを買うと、そのプルタブは、昔、

「見て!結婚指輪!」

 とか言いながら指にはめて遊んで、

「アンタ、指切るえ!」

 と血相変えた婆ちゃんに怒られた、缶から完全に切り離すタイプのやつだった。値段はともかく、そのプルタブを見て俺はちょっと変だと思った。で、どのジュースも、デザインが昔のやつだった。コーラも、ポカリも、ファンタも、コーヒーも、全部。確か俺が小学校の二年か三年くらいのときには、ペットボトルの飲み物も、どの自販機でも売られていたはずだったけど、その自販機にはペットボトルなんてなかった。

 

 そもそも、東側の小道に入る前、池の反対側に見えた新しい病院があったところに行くには、池の西側から大きく道路を回っていかなきゃならない。

 分かるか?俺たちが入った東側の道は、ずっと真っ直ぐの一本道だった。だから、仮に俺たちの見た建物がその病院だったとしても、池なんか回り込んでいないんだ。結構でかい池だから、歩いて回り込もうと思ったら、30分くらいはかかるんじゃないか。でも、まだ自転車を停めてから、15分くらいしか経ってなかった。

 あるはずのない道。慰霊塔を通りすぎたら、空気が変わった。蝉の鳴き声も止まった。地元の奴も知らない幼稚園。で、病院の中をやたらうろついてる爺さんや婆さん。極めつけは、時代遅れの缶ジュース。

 これは、ヤバイやつだ、と俺の直感が警告した。気付くのが遅すぎるだろ、というツッコみは勘弁してくれ。

 俺たちは、慰霊塔のところまで走った。そしたら、蝉の声がする。俺はおばけより、虫の方が嫌いだけど、そのときばかりはセミの声が救いの神の声に聞こえた。後ろも見ず、自転車まで戻って、そのまま帰った。


 あとで調べてみると、俺が生まれてからすぐくらいのときまで、そこにはでかい精神病院があって、本当かどうかは知らないが何かの間違いで池に入ってしまって死んでしまう人が結構いたっていうことを知って、マジで怖かった。とにかく、あの自販機のデザインのジュースが、100円で売られていた時代に、その病院はトラブルが多いからとか、経営難だからとかで取り壊されて、今はなんにもない。幼稚園のことは、調べても分からなかった。


 そんな馬鹿なことがあるかって思ったけど、あったんだから仕方ない。それ以外にも、やっぱり、高校の修学旅行のホテルで、廊下の端の、あり得ないところに変なドアがあって、翌朝には消えてたとか、そういうことは何度かあった。

 あれ、もしかして、俺って霊感強いのか?おばけは見たことないけど。


 じゃあ、ウチの不思議な嫁にバトンを戻すよ。読んでくれてありがとうな。

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おばけの話、聞きたいですか ユキ マツ コトブキ @seira519

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