第46話 続く茶番

 俺達は、そのまま霊峰を下ることにした。

 ノーラが腕を放してくれないのだが、身体の一部を失った俺の状態も心配だったのだろう。

 よって自然と俺達の足取りは遅くなる。


 下山の途中、俺がかつて修練に励んだ森や林、荒行を積んだ滝、そして棲家としていた洞窟等を通り過ぎる。

 その都度、俺は彼女に当時のことを語った。

 熊と遭遇して数時間睨みあった話、流木が直撃しそうになった話、蝙蝠の羽根は意外と旨かった話、等々。

 あまり面白くなかったかもしれないが、彼女は一々微笑みながら相槌を打ってくれる。


 ここは秘境だけあって、まるで世界には彼女と俺しかいないように思えてしまう一時だった。


 俺の昔話も尽きようとしているところ、二つの人影が見えてきた。

 察するにサミエとリンデの二人、彼女達はノーラの『試練』が終わるまで待機していたのだろう。

 二人とも健在で何よりであるが、これで女三人揃うこととなった。


 もし彼女達が望むのであれば、俺が以前サミエに告げた通り、また家族のような暮らしをさせてもらうとする。

 しかし彼女達が冒険稼業に勤しむのであれば、今の俺は足手まといになるだけなのかもしれない。

 もはや自分の身すら守れないのだから。


 そんな俺の憂鬱をよそに、ノーラは俺の腕を放して、向こうにいる冒険仲間に手を振ってみせた。


「サミエさぁん!リンデさぁん!見て見て、先生ですよ!」


 恐らく思いもしなかったことに戸惑う二人、そんな彼女達に向かってノーラは駆け出していった。

 そして両手に彼女達の腕を取って、再び俺の元に駆け寄ろうとする。

 相変わらずの姉妹ぶりは微笑ましかったが、俺は一体どう二人に接すればいいのだろうか。

 彼女達にもそれぞれ俺に対する様々な想いがあるのだから。


 それぞれ鉄拳や平手打ちくらいで済めばいいのだが。



 覚悟を決めようとしていたその時、俺の目の前は真っ暗となる。


「ふはははは、愛しい男を返して欲しくば、この私を倒すことだな!」


 そして野太い声が響いたが、何となく聞いたことがある台詞だった。

 俺の知る限り、こんないかにもな文句を考えられるのは一人しかいない。

 そう決め付けると同時に俺の視界が開けた。


 なんとそこは見覚えのある地下通路。


 そしてかつて上司としていた女性もそこにいた。


 あれから五年くらい経っているのだとしても、彼女は全く変わりがなかった。

 これくらいの年齢になると五年とかいう月日は、悪い意味で変化が訪れるが、彼女はそれをも感じさせなかった。

 そんな不老不死ぶりも今更といえば今更なのだが。


「ほら、早く来なさい。あなたにはやってもらうことがあるわ」


 ボスは俺と再会したことを当然のごとく、挨拶もなしに話を進めた。


「確か、俺はクビになったんだろう?」


 彼女はどうか知れないが、俺は彼女とほんの数時間前に話をしていたのである。

 俺にとっては久しぶりでも何でもないのだが、彼女の態度に嫌味の一つくらいは言ってやりたかった。


「なら、その左腕の再生が報酬よ!」


 前と同じような展開であることは、もはや笑い話。

 詳細と同様に俺の肯否すら省略されたが、やぶさかではない。

 俺も丁度、腕の欠損で劣等感を抱いていたところなのだから。


「だが、あの刀もないし、もはや俺は剣士ですらないぞ?」


 だからといって俺はもう剣の道には戻れない。

 もう剣士としての魂は、元の左腕と共に消え去ったのだから。


「それはもういいから、急いで魔法を覚えて頂戴!」


 魔法とは、先程見たあの炎の類いのことであろうか。


「覚えろったって、そもそも一体何をさせようってんだ?」


 果たして俺に出来るのか、という以前に疑問はある。


「魔王に決まっているでしょ?他に人手がないのよ!」


 まさかとは思ったが、まだ魔王候補は不在だったようだ。

 恐らく存在しているように見せかけていただけなのだろう。

 先程俺をさらった際の声も然り。


 ボスは結局この数年間、たった一人だったのだろうか。

 彼女に色々言いたいことはあるが、今は只ひとつ。



「短髪のあんたも綺麗だったぜ?」



 俺の前を進む彼女は無口のままだった。


 多分俺は、どのノーラに対しても、自発的にこんな言葉を掛けたことはない。

 これは一番年上であるノーラ、つまり目の前のボスにとっても初めてのことかもしれない。


 そんな彼女が今どんな顔をしているかは、残念ながら、本人以外誰もわからないだろう。





 兎に角こうして俺は、……マジでまた魔王やんのかよ?!







                      終


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