エピローグ “墨“による一方的戯言

「世の中には大きく分けて二種類の人間がいる」なんて、大風呂敷広げて言う人っているよね。あれ、言ってて恥ずかしくないのかなぁって、いつも思うんだ。


 人間って地球上に六十億とか七十億とかいるんでしょ? それなのに、黒か白かで分類できるわけないじゃんねぇ。


 しかもその分類って所詮一時的で変動的なものだよね。オーロラみたいにゆらゆらと変化していくからこそ魅惑的なのに、それをベタ塗りしたみたいにカテゴライズするのは無粋だよ。


 もし万が一、この世界がモノトーンだったら、きっと目茶苦茶つまらないと思うんだ。まぁ水墨画なんかはその濃淡が味わい深さの神髄みたいなところはあるけれど、でもモノクロテレビよりカラーテレビの方が感動が大きいよね。そんな世界だったら、“墨“なら幻滅して生後一週間以内に自殺する自信があるよ。


 けどまぁ、分類したくなる気持ちはわかるよ。世界は人の目には到底捉えきれないほど色が無限に溢れているけれど、綺麗な色には綺麗な名前があってこそ映えることもあるもんね。和の色なんてまさにそう。思色おもいいろ(※赤系統の色)とか濡葉色ぬればいろ(※緑系統の色)とか移色うつしいろ(※青系統の色)とか雲井鼠くもいねず(※白系統の色)とか、名前を聞いただけでワクワクするもんね。


 まぁ何にしてもだよ、大雑把に分けるにしても、さすがに二種類はないよ。せめて五種類はほしいところだね。赤、黄、青、それに黒と白で五種類。そう言うと「黒と白は色ではない」って上げ足を取る輩が少なから現れるけれど、そういうの面倒臭いから無視するね。


 あぁそれと、これは余談だけどーーそもそもこの話自体余談のようなものなんだけどーー、メジャーな色には、意味や願いが込められていることがあるでしょ? 赤なら『情熱』、黄なら『希望』とか、そういう奴。


 “墨”ね、そういうのは人によりけりだと思うから、それも無視するね。赤を見て落ち着いたり、青を見て興奮する人が、知り合いにいるんだよ。


 勿論、意味があること自体は否定しないよ? ただその人が赤系統の色をしているからと言って、情熱的な性格とは限らないし、精神が興奮しているとも違うってこと。だから“墨”の目に映っている色っていうのは、んー何て言うのかなぁ、その人が重ねてきた時間とか経験とか、そういうのが色になって滲み出てくるって感じかな。こんな話自分からしておいてなんだけど、“墨”自身この現象のことよくわかってないんだよねぇ、アハハ。


 あ、それでね、一昨日だよ、一昨日。遂に会いに行っちゃったんだよ、白虹お兄ちゃんに! 夜の病院に侵入して。


 いやぁ、凄くドッキドキしたよ! あ、別に病院の雰囲気が怖くてドキドキしたって意味じゃないからね。まさか白虹お兄ちゃんじゃあるまいしねぇ。


 白虹お兄ちゃんね、すこーしだけだけど、白くなっていたんだよ! 今サラっと言っちゃったけど、これ、凄いことなんだよ! むしろ有り得ないことって言っても過言じゃないくらい凄い! わかる?! これって、“墨”たちにとっては超絶なる吉兆なんだよ!!


 ちなみに白くなるっていうのは、白っぽくなるっていうのとは訳が違うからね。例えて言うなら……そうだなぁ、古くなった油彩画の絵の具の一部が何かの拍子に剥がれ落ちて、下に隠れてた色が露になるって感じかな。


 普通はさ、色って混ざり合うものなんだよ。感化され合うっていうか、影響され合うっていうか。隣合った別の色、つまりは他人とか外の世界との接触によって、端っこの方が絵筆を使ったように混色されるんだよね。稀に内側から色が湧き出てくることもあるんだけど、いずれにせよ、色って自然と混ざるんだよ。けど白虹お兄ちゃんには、それとは全く別の現象が起きている。不思議でしょ?


 不思議といえば、君の色もかなり不思議だよね。もう十年近くの付き合いになるけど、君の色ってまったくと言っていいほど変化してないんだもん。いつ何時会おうとも、オリーブグリーン寄りの松葉色って感じの落ち着いた色をしている。凄いなぁ。


 その点“墨”は君とは正反対で、常に変化し続けているよ。まったく、自分でもどうしてここまで落ち着きがないのか、甚だ疑問だよ。これが万華鏡みたい二度と同じ色にならないとかなら、延々と鏡の前にいられるんだろうけど、悲しきかな、(※黒系統の色)と鉛の間を、忙しなく往復しているよ。ずっと見てるといまだに眩暈めまいがしてくるから、なるべく自分の顔は見ないような生活がずっと続いているんだ。


 ふと思ったけど、天杜雨祗はどんな色をしていると思う?


 いや、そんなのは百聞は一見にかずっていうか、自分で見に行けよって話だとは思うけどさ……。何て言うか、会いたくないんだよね。棲み分けた方がいいんじゃないかとか、“墨”が油なら向こうは火なんじゃないかとか、色々考えちゃうんだよ。白虹お兄ちゃんとずっと会わないようにしていたのも、あの人とエンカウントする可能性があったからだったわけだし。遠目に見てみようとも考えたこともあるけど、あの人なら眼鏡してても視力が10.0くらいあって、その辺の石ころで狙撃してくるんじゃないかって、変に勘ぐって、結局行動に移せてないんだよね……。


 いずれ会うことにはなるとは思うよ? けど“墨”にはまだまだ、覚悟ができないね。


 何はともあれ。白虹お兄ちゃんが完全な白になるにはまだ時間が掛かりそうだから、これからの白虹お兄ちゃんの活躍と成長が楽しみだねっ!


 ……あのさ、“墨”は確かに「観ながら聞いてていいよ」って最初に言ったよ? “墨”の方から君のところに押しかけてきた訳だから、そのくらいは譲歩するさ。でもね、さすがにちょっと、“墨”の話にノーリアクション過ぎないかな? おまけに人前で観るものとして、AVってどうなの? “墨”的にはものすごーく複雑な気分になるから、そろそろ観るのを止めてもらってもーー


 あ、終わった? 終わったね! それじゃ次はちゃーんと“墨”の話をーーえっ、まだ観るの?! しかもまた近親相姦もの?! 勘弁してよ、もぅ……。

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無才の虹 ~天杜雨祗と殺し屋たち~ 紙男 @paperman

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