第6話 団欒
場所は移って俺の部屋。購入してきた服や食材が机の上に置かれている。時計の針は午後六時を指しており、夕刻から夜へとその時間帯を変え、日本の空は夜の帳を下ろし始めていた。
「変じゃナいだろうカ…?」
恥ずかしそうに頬を染め、若干涙目になったような瞳が所在なさげに泳ぐ。純白のフレアスカートの裾を震える手で押さえつけているブレイズは端的にいって非常に可憐だ。羞恥に悶えるような仕草が更なる魅力を醸し出し、俺の胸中に沸々と自分だけのものにしたい、というある種独占欲にも似た感情をそそり立てる。
「…っ!?おまエ、なんてことヲ考えテやがる…ッ!」
「やべえこいつが心読めんの忘れてた…」
ついつい普通に心で思い浮かべてしまうのが俺の悪い癖だ。
今まではすぐに口に出さないという美点だと思っていたのだがこいつと相対する時においては最悪の癖である。
なんせすべて読まれる。
「ん?何々?ボク抜きで通じ合っちゃってる感じ?妬ましいねぇ!!」
実に騒がしい。この騒がしさが心地よいのも事実ではあるが。
別段壁が薄いというわけでもないので多少騒いだ程度で近所に迷惑がかかることがないのが救いだ。この面子で静まり返っている状況を想像するだけで違和感しかない。
現在ブレイズは摩耶によって着せ替え人形にされていた。摩耶のチョイスはやはり間違っていなかったようで明るい活発そうなイメージを持たせたり、一転して物静かな花のようはイメージを持たせたりと服を着ている人間は変わっていないのに雰囲気ががらりとそれこそ180度変化する。
「大体、ワタシはこういう服はあんマり好きじゃねエっての!脱ぐぞ!今すぐ脱グぞ!」
「「お願いします」」
「ああああアあ!?」
あかん、ちょっと調子に乗りすぎた。
気を取り直して。
「まぁほんとに似合ってて可愛いんだよ?やっぱりボクの見立ては正しかったね!」
得意げに胸を張る摩耶。満足げに腕を組み、口角を僅かにつりあげる。
摩耶が胸を張ることに呼応するかのように、女性特有の胸のふくらみが強調される。俺も男だしね。目が吸い寄せられても仕方がないよね。
言わば魅惑の果実。十分に実った胸の果実は女性に興味のある人間ならば迷いなく目を引く存在。変な気すら起こさせるソレは、手を伸ばせば届くのに穢してはならない神域の如し。魅惑と禁断の両立。創造した神は人の理性と本能を秤にかけるために作ったのではないか…そんな訳の分からない理屈もともすればまかり通ってしまいそうだ。
「…!ど、どこ見てるんだよ真琴っ!」
さっきとは一転、慌てながら胸を両腕で隠す。別に隠さなくても見えてるわけじゃないからいいと思うんだよね。何が問題なんだ。
「流石にワタシでなくとモ分かるぞ今のは。目は口ほどに物ヲ言うという言葉ガあるらしいが…本当らしいナ」
「そんな変な目してたのか…死のう。」
幼女に呆れられているようではもうだめだ。潔く腹を切ろう。死ぬしかない。
死という言葉を軽々しく使うなと再三言われてきてはいるが、幼女にゴミを見るような視線を向けられて力強く生きていられるほど気丈な人間ではないのだ。
「死んじゃだめだよ!真琴がいなくなったらボクは何を見て生きればいいのさ!?」
「力強く生きてくれ…そんなことすら俺にはできなかったが」
「真琴おおおおおおおおおおお!!」
迫真の演技。光を失った俺の瞳に放たれた摩耶の絶叫は無情にも俺に届くことはなかった。という設定。
絶叫が余韻を引き、舞い降りる一瞬の静寂。
「何時まで茶番を繰り広げテいる阿呆どもめ」
見かねたブレイズが嘆息しながら俺たちに近づく。
威力を持たない裏拳が俺達二人の額に直撃し、急に入っていた変なスイッチが切れる。
「何をやっていたんだ俺は…バカかな?」
久しぶりに人と盛り上がっていて少々ネジが外れてしまっていたらしい。この場に俺と摩耶二人だけだったらと考えると身の毛がよだつ。
ツッコミ不在の恐怖は侮ってはいけない。
「ふう、ボクも久々に茶番みたいなことをしてしまったよ。柄でもない。」
「嘘つけ」
「それはそうと、そろそろご飯を作りはじめようかな。」
完璧に俺の言葉をすかしながら、話題を切り替えやがった。聞こえてるとか聞こえてないとかそういう話じゃなくてもはや聞いてない。無かったことにしやがった。
いっそここまでくると清々しくもあるが、わざわざ話を盛り返すこともない。
素直に話題を転換させておいて問題は無かろう。
ブレイズは摩耶の発言にやや引っかかる点があるとばかりに首をちょこん、と傾げる。
「ン…?摩耶って料理できルのか?あまりそのよウなイメージは無いのだガ。どちらかというと運動一筋といった印象が…。」
「よく意外って言われるんだよねぇ…。そんなにイメージと合わない?一応ボクだって女の子の端くれ、料理くらいできるさ!」
「料理ができるってのはほんとだぞブレイズ。ただ昔はそうでも無かったような。中学校卒業くらいからはどんどん料理上達してきてたけどそれ以前は俺のほうが上手まであった。」
一度塩と砂糖を間違えた卵焼きを食って脱水症状になりかけたことがあった。塩の塊を食ったというか海水をがぶ飲みしたというか…喉が急激に乾いていき、体中の水分が抜けていくような錯覚に陥ってしまった。下手な拷問より苦しいかもしれない。
ミイラになるかもしれないと初めて本気で思った。吐きだせば良かったんじゃないか、と人にこの話をするとよく言われるのだが一度落ち着いて想像して考えてみてほしい。
控えめに言って可愛らしい幼馴染の女の子が自分のために作ってくれた料理をその
そこで吐き出すようなら男じゃないとは思わんかね。意地を張って病院に搬送されかけたのもそれはそれでつくづく馬鹿らしいが。
「う、うるさいなぁ…!昔のことは昔のこと、でしょ!今なら絶対負けないんだから!」
「…違いない。その通りだ。ブレイズ、こいつの料理には期待してもいいぞ。もう卒業したけど俺たちがいたクラスで行われていた嫁にしたい女子ランキング堂々たる一位だったくらいだからな…。」
「そんなモッテモテのボクが許嫁なんて真琴は幸せ者だねぇ!」
「何時から許嫁になったか聞こうじゃないか。答えろよおい。」
こんな発言は他の男子にはしないのだから好意的に見てくれてるのは間違いない。むしろ自惚れに近いがベタ惚れといって過言じゃなさそうな勢いだ。だが疑問に思うのは俺である必要はない気がするのだ。ちなみに今も軽くクラッときた、惚れそう。
幾度となくハマってきた疑問なのであまり深く追求するのはやめておくが。
「人前でいちゃいちゃするのモほどほどにしてくレ…。だけど中々期待値高そうだナ。その例のランキング、逆バージョンは無かっタのか?」
「逆バージョンって言うと…旦那にしたいランキングってことかな?」
あぁ…。嫌な思い出が蘇る。
「そういえば真琴はランク外だったね…。でもおかしいな。結構いろんな人が真琴に入れたって言ってたんだけど…。」
(まさか全部男子によってもみ消されたとは言えまい…。俺は別に構わんが別のやつらがうっかり口を滑らしやがって一部の女子には知れ渡ってたんだよなぁ。)
正座させられる主犯格の男たち。正に地獄絵図だ。恐ろしい。
放課後の教室、差し込む夕日。
だけどそこにあるのは学園ドラマみたいなロマンチックな展開ではなく。
悪鬼羅刹とも呼べる形相で男たちを睨めつける女子生徒たち。そんじょそこらのヤクザなんかとは比喩にならない禍々しいオーラを放ち、その爛々と怪しく濡れた輝きを放つ瞳は獲物にいつ
正に地獄というかなんというか。針の
よし決めたこれを機に記憶から消し去ろう。
こんな凄惨たる記憶、持っていても邪魔でしかない。
「ま、まぁいいじゃないか俺の事は。
それよりも今日は何を作るんだ?色々買い込んでいたみたいだけど。
酸鼻を極める光景を無理やり振り払うように話題を強引に逸らす。
机の上に広げられている買い物袋からは野菜や鶏肉と言った食材が顔をのぞかせていた。
俺が料理をめんどくさがって休日くらいしか作らないので冷蔵庫には基本的に日持ちする漬物とか飲み物とかしか入っていない。
お惣菜とかの方が俺が作るより手が込んでいて美味しいし手軽なのであまりよくないと分かっていても頼らずにはいられないのだ。だってお惣菜作るのを仕事にしている人のほうがどうしても料理美味いんだもの。仕方ないね。
摩耶には「やっぱり真琴はボクがいないとだめだなぁ!」と偉そうに言われてしまうので多少は料理をすることに決めてはいるのだが。
「んとねー。今日は親子丼にでもしようかなあと思って。卵とお肉が安かったんだぁ!ご飯は炊けてるんでしょ?」
「ああ、今朝食べようと思って結局食べそびれちまったやつな。
炊き立てとは言えないけどな…。」
「あレ?そう言えバ、今日一日何も口にしてナいような…?」
ふと指摘されて俺も気が付く。いろいろ朝からあってハードな一日だったが…。
よく考えてみれば朝は摩耶の乱入、昼は戦闘騒ぎで食事をとる暇などほとんどなかった。どうりでお腹がすくわけだ。
人並みにはご飯は食べる方なので、食べ物を口にしないというのはなかなかないことだった。あったとしてもインフルエンザにでもかかった時みたいなもんだ。
「お腹が空いているのはいいことだよ!空腹は最高の調味料だってよく言われてるから!二人はテレビでも見て待っててね。そんなに時間はかからないからさ。」
「いや、流石に悪いよ…。作ってもらうだけだってのは。」
家庭の仕事は女性がやるべき!という亭主関白な思考を持つ人もいるが俺は違う、と思う。同じ家で過ごしているのなら家での仕事は分担してやるべきだ。
無論言うまでもなく人の考えはおかしいと思ってもそう簡単に否定していいものじゃないし否定するつもりもないんだがな。
「でも別に手伝ってもらうようなことは…ないかなぁ。一人暮らし用のキッチンにしてはめちゃくちゃ広い方だからやれることも十分だし…。
どうしてもって言ってくれるなら、お皿洗いとかしてもらおうかな?」
「お安い御用だ。お任せあれ。」
「ワタシは何をすレばいいだろうカ?一緒に皿洗いでもしようか。」
「そうだな、お願いしてもいいかな。そんなに時間はかからないと思うからさ。」
一人だけ何もしないというのは落ち着かないといった様子でブレイズが申し出る。
その申し出を無下にする必要もない。ありがたく申し出を受け入れ、俺たちは居間の方へ。
学生の一人暮らしにしてはもったいないくらいの広さ。二人くらい、いや三人でも普通に余裕をもって住めるかもしれない。流石に実家の一軒家と比べれば見劣りするものがあるが、一つの家族が住んでいると言われても疑いの念は起きにくい。
だがその割には家賃は安く、結構気に入っている。
どこかで女の霊が出ると聞いたことがあるが、そんな現象にも全く遭遇したことが無い。いない、と断じて否定するつもりはないが別段被害が出ていない以上気にしても精神が疲弊するだけさ。
「おい、その話マジかよ?」
「その話ってなんだよ急に。なんも言ってねえぞ?
…あぁ、幽霊の?」」
「あァ…。摩耶はあまりそういうの得意ではナいんだロ?言わなくていいのカ?」
心の中に抱く感情を見透かせるが故に、摩耶のことに関しては結構詳しい。
確かにお化け屋敷などに入るのはあまり得意ではないようだが結局なんだかんだいって俺にべったりくっつく口実な気がしてならない。
「まぁ得意ではないな。ただ超絶苦手ってわけじゃないから安心しとけ。というかあいつがある種ばけもんみたいなとこある。」
「…あながち間違いでもないから否定できない、な。」
どことなく目を泳がせているような素振りが気にかかる。嘘をついているというか見えない何かに恐怖しているかのような。
「まさかとは思うが、崩壊と殺戮の権化みたいなくせに…オカルトが苦手とか…?」
ぎくぅ!
音がしそうなほど背筋が伸びあがる。髪の毛が一瞬衝撃で逆立つ。不意に尻尾を握られた猫はこんな感じなのだろうか。かわいい。
「う、うううるサい!こえェもんは怖いンだよ!あと可愛くねェ!」
「おー、よしよし。」
「適当に流すな!そして撫でるナ!」
碌に手入れされていないのが目に見えて分かる真紅の炎髪。頭をやや乱雑に撫でるとやめるように促す言葉を発する。
けれども目は続けたければ続けろ、というメッセージを飛ばし続けている。
「体は正直だよ?もっと欲望のままに生きてはみらんかね?」
「やめロただのエロ親父みたいダぞ!」
「心外だなぁ…凹むぜ。
つーかブレイズ。お前髪もちゃんと手入れしたら?これはこれで好きなんだがちゃんと手入れしたらその美人さんに拍車がかかるぞ。」
その間にもわしゃわしゃと髪を撫で続ける。なんだか娘というか妹というか。
けれども女性としても魅力的。親しみやすい年下の女性というイメージが近い。
後輩だ後輩。
「周りの目なンて気にしねエよ。…おまエが望むなラ、まァ、吝かではないガ。」
「生憎俺はラノベ主人公みたいに『え?なんて言った?』とはいかねえんだが今日は触れないでおこう。」
そろそろ撫でるのもやめておくか。やや名残惜しみながら炎髪の中から手を引きぬく。
手持無沙汰になった右手が向かうのは机の上で充電器のコードに繋がっていたスマートフォンだ。充電が完了していることを示す緑色のランプが点灯している。
コードを引き抜いてロックを解除。電気というものは魔術というエネルギー革命が行われてもなお使用されているエネルギーの一つである。
人間とはそう簡単に新しいものに慣れてはいけないらしい。現状で満足してしまうともうそれ以上進まなくて良くね?ってなるのは今も昔も変わらないみたいだ。
「ちょっとブレイズ、こっち向いてみ?」
「ン?どうしたんダよ藪から棒に。」
顔をあげたブレイズの先にあるものはスマートフォン。
もっと言えばそのスマートフォンに付属しているカメラのレンズ。
「おまエまさか…」
パシャリ。
軽快な音声が発せられ、撮影が完了したことがその音声を以て報告される。
画面上には不思議そうな表情をした
身長の差によって俺の事を見上げるような形になっている。即ちそれは上目遣いになっているということを意味していて。
「超かわいいなお前。待ち受けにしよ。」
「おまっ、人に見られタらどうすルんだよ!変な目で見られルかもしれナいぞ」
顔を真っ赤にしてわたわたと手を振りながら行動をやめさせようとするがその動作もどことなく覇気がない。先刻のようにやるなら勝手にしろ、といったニュアンスを感じさせる。
「えーと…『娘が超絶可愛い件について』…っと。身内しか見てないだろうし大丈夫だろ。送信。」
「待テ、誰が娘だ」
身近な人間にのみ公開しているタイムライン。勝手に画像を転送するような真似はしない人間しか閲覧できないように規制はかけてある。
問題としてはコイツが純粋にかわいすぎるのと俺が放った『娘』というワード。波紋を呼ぶことは明白だがはたして。
通知が来るにはまだ時間がかかるだろうと見切りをつけて、一旦スマートフォンを置く。
「かんせーい!我ながら今日のは良い出来かも!ささっ、みんな食べよっ!」
弾むような声音聞くだけで元気が出るというのは決して過言じゃない。
どんなにつらい気分の日でもこいつの底抜けな明るさに救われていたことは否めない。
お盆に乗って運ばれてきた親子丼からは作りたてを証明するかのように湯気が立ち上り、卵のえも言われぬ優し気な香りが鼻孔を
先ほどから並んで椅子に座っていた俺達に向かい合うような形で摩耶が椅子に腰を下ろす。
にこやかな表情を浮かべながら食べるように促す。
目の前に置かれた親子丼は煌めくような卵とその下から顔を覗かせる鶏肉が見た目から食欲をそそる。卵は半熟、上に乗せられた三つ葉が全体の印象を引き締めていた。
照明の光が卵に当たって照り変えることで更にその魅力を醸し出している。見た目という点では今まで食べたどの料理よりも完成されていた。
問題は味の方だ。…とはいえこれで味が悪いはずもなく。
口中に広がる出汁の旨味。卵から染み出すように出てきた出汁がこれまた鼻孔をくすぐる。上品でありながら優し気な味わい。けれどもあくまで出汁は脇役だということを知らしめる鶏肉と卵の融合。まろやかな甘みとしっかりとした鶏肉の弾力。一流の店が使っているような高い材料ではなく、安価で誰でも手に入るような食材。
なのに。なのに何がここまで味を高めている?
決してご飯も炊き立てなわけじゃないのに親子丼に姿を変えた瞬間に眠っていた旨味を全開放したかのような引き立ち具合。
「正直、予想以上だった…。なんだこれおいしい。もう他になんて言ったらいいかわからない」
「この世界の料理といウものハ全部こんなに美味いのか…?それとモ摩耶の料理がおかシいだけなのカ?」
「確実に後者だ。こんな料理ばっかなら世の中は肥満体系しかいなくなる。」
心から、本気でそう思った。
「昔から親子丼好きだったでしょ?ボクの料理で初めて美味しい!って言ってくれた料理だもん。つい頑張って修行しちゃった。
初めて君がボクの料理で心からの笑顔を見せてくれたんだよ、一番の得意料理にしなくちゃ気が済まないのさっ!」
なんだその寄り道しちゃった、みたいなノリは。一切の陰り無く、咲き誇る花のような笑顔で努力してきた過程の話を語りだす摩耶。笑顔はとても魅力的で、彼女本来の魅力というものに拍車をかけていた。
そもそもこれは料理が得意だとかそういう次元じゃない。料理には詳しくないが俺には分かる。本気で研究したやつの味だ。その道のプロフェッショナルじゃないと出せない味。
そんな偉業をこいつはこの齢で成し遂げやがった。末恐ろしい奴め。
「摩耶…お前店でもやったら?普通に繁盛するぞ。一寸の疑いも無く。」
「んー。悪くはないかなぁなんて思ってもみたけど、やっぱりこの味は大事にしたいんだ。ほんとに大切な人にだけ作ってあげたいって思うからっ!」
「お、おう…そうか。その大切な人とやらはきっと幸せ者だな。摩耶にこんなに想われてさ。とっても美味しい料理も作ってもらえて。ちょっと羨ましいぜ。
摩耶はいいお嫁さんになるよ、きっと。」
「そんなに褒められると照れちゃうよっ!これはもう摩耶さんと結婚するしかないねっ!ねっ!」
どうしてそう結びつくんだ。
何故そこで俺の存在が介入する。理解できない。
「ん?あぁ…そうだなするしかないよな。」
「そうだよね!やっぱり結婚しよ…ふぇ!?」
…あ?今、俺なんつった?取り返しのない言葉を発してしまったような気が。
あまりに遅すぎる理解。思考回路がマヒしているのか、時々わけのわからない言葉を口走ってしまうことも少なくない。
料理があまりにもおいしいので食事に全神経が集中してしまう。必然的にほかの思考回路がお留守になっており、ぶっ飛んだ日本語が口から飛び出してしまうのかもしれない。
これが胃袋を掴まれるということの恐ろしさ…ッ!
いや、絶対違うな。
「今更気が付いテも遅イぞ…。気持ちは分からなクもナいが…ワタシも男だったラ落とされていた自身があル。致し方あるマい。」
隣からブレイズの複雑な感情を込めた言葉が投げかけられる。しょうがないね、といったある種の諦めすら感じさせる。
「えへへぇ…真琴のお嫁さんかぁ…」
だめだ。どうしようもなく可愛らしい。運動一筋かと思ったらこういう家庭的な面もあって。男子の理想を体現したような女性。
それに加えて容姿も可憐で胸の大きさも小さくない。いや小さいのもそれはそれでいいんだけども。世界中どこを探したらこんな美少女を見つけられるのだろうか。
よしんばいたとしてもその少女と幼馴染になる確率なんてそれこそ天文学的数字だ。ありえないと言い換えてもいい。
「ふふ…皆に広めてあげよ…。」
だらしなく頬を緩めて頬に手を当てている姿も魅力的だ。
…ハッ!?完璧に魅了されていた思考が唐突に我に返る。
「オイちょっと待てや。物事にはやっていいことと悪い事ってのが…!」
俺が持つ最大の反射速度でやめるよう促したが…耳には届いていない。
完全に自分だけの世界に入りこんでこの世界とのチャンネルを遮断し、自分の身の上に事にしか意識が持って行けていない。うわ言の様に言葉をつぶやきながらスマートフォンの上で指を滑らせる。
「ふむ、『旦那と娘と私で食卓を囲んでます(*´▽`*)』…っと。」
「ナチュラルにワタシも含まレるようになっテきたナ。慣れつつあルこともまた怖イ。」
何がまずいって摩耶の広い友好関係に俺たちが晒されてしまうことだ。悪用とかされる以前に俺が公開していなかった範囲まで広がってしまうのだ。
(めっちゃいじられるんだろうなコレ。通知が鳴りやまないだろ絶対)
これから訪れるであろう波のような通知の存在に頭を痛めながらも
俺達は本当の家族のような温かい時間を過ごす。
いや、あるいは家族に本物も偽物も無いのかもしれない。
――三人で食卓を囲める幸せを今の俺はただ享受していればいいだけなのだから。
真っ暗な室内。
何枚ものパソコンモニタが証明の役割を果たすほどに青白く輝き、闇を鮮烈な光で照らし、亜麻色の髪を持つ少女をぼんやりと浮かび上がらせていた。
椅子の上に体育座りをするという珍妙な体勢のまま画面を見つめる。
画面には拡大された銀髪の青年。朗らかな笑顔を浮かべる青年の顔をうっとりと見つめて恍惚に似た表情を形作る。
「やっと…見つけたのですぅ…。あたしの王子様…。待っててくださいねぇ…迎えに行きますから…ぁ…!」
漏れる吐息はやや甘い。呼吸もどこか荒く目には涙が溜まっていて、どこか熱に浮かされているかのような印象を受ける。
「あたしも軍に入ってぇ…あなたのサポートをするのです…。何番目の女でもかまわないのですぅ…。だからぁ、抱いてくださぁい…!」
とある街の一角。
青年にとっての
また一つ、新たに息づきはじめていた。
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