ソウルティア・ブレイズ

いある

第1話 邂逅

 熱い。身を劫火ごうかが眼下に、頭上に、四方八方に迫る。息もできないほどの高温に照らされ、肌が容赦なく焼け焦げ、炭へと化していく最中に俺は在った。辺り一面紅蓮に彩られ、原型はもはやない。

 それは例えるなら地獄ゲヘナであり、滅びの極地に他ならなかった。

「…気に入っタ。」

 不意に声がした。耳に伝わる、というよりも頭蓋に直接打ち込まれたような不思議な感覚。けれどもほかに例えようのないものであることも確かだ。ここで自らに声を認識する程の余裕があったことにも遅まきながら気が付かされた。声の主は男とも女ともつかない声音。ともすれば合成音のように聞こえてさえくる。不気味でありながら強大な存在感を放つ声に焼ける体も気にしないまま心を傾けた。

「おまエ、名前はなンて言う?」

 決まっている。万夜真琴よろずよ まことだ。昔から女子みたいな名前で僅かに抵抗があるが案外気にいっている俺の名前。死んでしまった父親が死に際に残した名前。顔も声も写真や動画でしか見たことがないが、厳つい印象でとても病気などに負けるような人間ではないと思った。そんな父が残してくれた名なのだから強く生きられるかもしれない、なんて子供ながらに考えたこともあった。言わずもがな、声の主に言葉を返す必要など無い。だが不意に答えなければいけないような気がした、そうとしか言いようがない。うまく説明できないが胸のうちに沸々と湧きあがる使命感が半ば自動的に口から言葉を紡ごうとする。その感情は逆らうことは許されない、絶対的な命令を彷彿とさせた。

 返すべき答えを思い浮かべる。しかし言葉を口にするよりも早く何者かからの言葉は返ってきた。

「ふぅン?いい名前じゃネ?じゃ、こっチかラも自己紹介っテのすべきかね?」

 そうして奴は名乗った。自らが炎の象徴である事。名をブレイズといい、存在意義は敵を焼き払うこと。物騒極まりない存在だがどうやら本気で言ってるらしい。全世界で起こる爆破テロなんかもこいつの気まぐれで起こされていたこともあるとかなんとか。

 そしてこれから俺と行動を共にするということ。平然と心の中まで読み取りやがるこいつはどうやら女らしい。だが問題なのは情報の内容ではない。

 無条件で信用してしまうこの心理的状況しんりてきじょうきょうである。

 どう考えても眉唾物であるこの話を鵜呑みにしてしまっている。どういうわけかこの子の話には信じさせる魔力というかなんというか得体の知れない何かが潜んでいるような気がしてならない。

「というワけで、これかラよろシくな、相棒」

 紅蓮の炎の中にどこからともなく現れた少女。炎を塗り固めたかの如く赤い瞳は煌々こうこうと揺れ動く炎を写して同じように怪しげに光を揺らす。年端もいかぬ少女には似合わない壮絶な笑みの形に形の良い可愛らしい口元は捻じ曲げられていた。

 彼女の手には不釣り合いな大きさの朱色の大鎌が在った。万物ばんぶつを切り裂く強靭な刃は既に数多の命を喰らっているようにも思えた。炎を切り取って形にしたと言われても信じてしまいそうな程に色は紅蓮。紅き湾曲する刃は炎を受けて一層強く輝く。一度ひとたび見ただけで命を刈り取るためにあるという存在意義を強く伝え、感情の基盤たる魂が震えるのを獲物に明瞭めいりょうに感じさせる。

 そんな死神を思わせる大鎌を携えたまま少女はいたずらを企む子供みたいな表情で再び微笑む。

 あたかも、殺戮さつりく崩壊ほうかいを望む鬼神きしんの如く猟奇的りょうきてきに。



 ――禁忌と呼ばれた《黒魔術》に手を染めた、

             俺と少女の物語が今ここにその幕を上げる。

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