終章 過去、現在、そして未来へ(現代)
第三次世界大戦が終結したといっても即座に両種族のわだかまりが消えるわけではなかった。人族の核兵器への恐れから、魔族の時間兵器研究は継続された。人族もまた魔族の時間兵器増産に対し核兵器増産で応えた。終戦後、製造された兵器が使用される事は現在に至るまでないが、切れない切り札で有り続けている。
人族が保有する核兵器の総数と魔族が保有する時間兵器の総数は1980年まで増加を続けたが、それ以降は軍縮条約により(少なくとも公式発表では)減少した。
両種族の交流は魔族のオリンピック参加や1940年のルルイエ万国博覧会といった形で推進され、民間での緊迫感は徐々に緩和されていった。人族は魔法を脅威ではなく面白いものと捉えるようになり、魔族の若い世代は球形がほとんど使われない人族の不思議で複雑な機械構造に魅了された。日本の料亭でマンモス肉が食べられるようになり、魔族の民族衣裳がイタリアで大流行を起こし、インヴェイダアゲームは世界中で一大ブームになった。
1976年、魔法の完全機械化の実現により、「魔法を使えるか否か」という魔族と人族の垣根は大きく崩れた。
初期型の完全機械魔法のメカニズムは、魔族の脳脊髄液に含まれる細胞を培養し抽出した高分子構造体に電気刺激を与え発生した魔力波長をコバルトレンズで屈折収束させる事で響打を再現したものである。初期型は細胞を培養し高分子構造体を抽出していたため生産量が限られ高価格であり、一ヶ月に一度の内蔵アンプル交換が必要だったが、1987年には高分子構造体の解析により扱いやすい類似構造体を工業的に化学合成できるようになり安価になった。最新式のものは三年毎のバッテリー取り替えが推奨されている。
1978年、リンゴォ社から発売された初の市販完全機械魔法装置「ロード・アゲイン」は一響打の「月光」しか使用できず価格も現代日本円で3万円と高価だったが、予約は20分で完売し、発売当日は商品の強盗が多発するほどであった。人族は魔法に熱狂し、魔族もボタン一つで魔法を発動できる機械を概ね歓迎した。
しかし歓迎しなかった者達もいた。魔法選別主義組織「銀の黄昏」は「魔法とは魔族にのみ許された月神の賜物である」という思想の下にまとまったテログループである。当初は消極的に同調する魔族が多かったが、1985年に人族との融和政策に熱心であった大統領の暗殺事件が起こると一転して蛇蝎のごとく嫌われるようになった。円月教教皇は銀の黄昏に一貫して非難声明を発表し、現在まで続くテロとの戦いが始まった。銀の黄昏は1999年の一斉検挙により主要メンバーが逮捕され解体しているが、一斉検挙を逃げ延びた残党により現在のテロ組織の七割が作られたと言われている。
完全機械魔法装置は年々進化し、2014年にはとうとうテレパシー式による響打数の限界を上回った(56回に到達した)。昔ながらの杖は陳腐化し、今では誰もが腕に発動機を装着している。軽量化とファッション性も追求され、毎年新しいモデルが発売されている。
魔法の機械制御は難易度の高い複雑な響打の再現を容易にした。それは良い事ばかりではなく、時間兵器すら(停止型のみではあるが)テロに利用されるようになってしまったのだが、皮肉にもテロ対策のために時間魔法の研究は推進され、重力・時間・空間の三要素の解明が進んだ。その集大成の一つ、2015年の平行世界観測は読者諸兄の記憶に新しいだろう。DDDDCが公開した公式動画は、驚くべき事に魔族がはじめから存在せず人族のみが栄えた平行世界の存在を示している。「USA」は2015年の流行語大賞になった。デイオ・ブランドウ曰く「観測できれば干渉できる」。異世界訪問が実現するのはそう遠い未来ではないかも知れない。他にも行政の管理の下で治療法が存在しない重篤な状態に置かれた患者を時間停止させる医療処置がルルイエ合衆国の幾つかの州で認められるなど、時間魔法の平和利用が行われている。
西暦2016年。第三次世界大戦から100年が経過した。
400万年前、夜空に浮かぶ月を見上げていた魔族は、遠い子孫が異世界の月を目にするなど想像もしていなかっただろう。
歴史は、人生は、思いもよらぬ事の連続である。しかし、過去に学び、現在を鑑み、未来に希望を持ち、魔族はこれからも何が起きようと前に進んでいくと作者は信じる次第である。
魔族史 クロル @crol
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