きびそ

オカワダアキナ

きびそ

 きびそとは、蚕が繭をつくる際さいしょに吐いた糸のことだ。繭の糸口。太くて硬いから、生糸の材料にはほとんど使われない。実習で習った。

 ゆうこ。きみが白い糸をつむぎ、撚り、織ってくれないかと、わたしのための白い旗をつくってくれないかと、わたしは未だに、だらしなくこいねがってしまうんだ。


 われわれのいた造形芸術学部は来年度からデザイン学部に名前を変え、キャンパスも移転するらしい。山と山と山に囲まれたまなびやは、放棄される。経営がよろしくないのだろう。母校は美大単科というわけではなく、経済学部や工学部などほかの学部もあるから、収支やニーズにあわせた学科の整理はまぬかれない。

 テキスタイル科はちいさな学科で、十数人でこじんまりと製作や研究をおこなっていた。キャンパスの裏山で拾った木の実や摘んできた花を材料にすることがしばしばあって、いつも工房は何かの葉や枝で散らかっていた。たかだか十年前のことなのに、まったくおとぎ話だ。砂がざりざり鳴る床にすわって、パンをかじった。

 ゆうこが大学に残っていたことも、学部が名前を(おそらくなかみも)変えてしまうことも、先月はじめて知ったのだ。このキャンパスでおこなう最後の学園祭です、卒業生もぜひ遊びに来てくださいと、ハガキの案内が届いて驚いた。あわてて検索してみたら、大学のホームページでゆうこは丸い目を向けていた。立場としては専任助手という名がついて。あのこはずっと糸をたぐり、布を織っていたらしかった。


「のっぺ汁いかがですかあ」

「4時からライブやりまあす」

 十年一日どころではない、百年一日だ。大学はわたしたちがいた頃となんら変わりなく、屋台で鍋をかきまぜているなかにゆうこやわたしがまぎれていてもおかしくはない。駅前すら、たいして変化がないのだ。町ごと、山ごとタイムマシーンのようだった。息ぐるしい。

 じっさい、わたしは、はたちのわたしとすれちがってしまった。西棟からテキスタイル科の工房へつづく渡り廊下、はたちのわたしははたちのゆうこと並んでいた。山から吹いた風に曝されて、髪やエプロンがばさばさはためいた。旗だ。十一月の風はつめたく、土のにおいが濃い。はたちのわたしたちは靴下をはかず(作業で水をあつかうから脱いで履いて洗濯してが面倒で)、にせもののクロックスでぱこぱこ音をたてて歩いていた。風になんか目もくれず、はぜる実に鼻も慣れて。ふざけて腕をからませて、手なんかつないで。

わたしは廊下に転がっていた枝をよけて歩いた。

 テキスタイル科の展示はうつくしかった。天井から吊られた手織りの布たち、ろうけつ染めのゆかた地、フェルトをもちいた立体造形など。期待や記憶に沿い、超え、うねる。息が詰まった。

 繭から糸をつくる生糸実習のようすも展示されていた。この町はかつて養蚕と絹織物がさかんで、地域と連携した実習をおこなう。キャンパスが移転するのはもったいないように思われた。

「繭を煮て、糸を引き出していくんです」

 近くにいた学生が説明してくれた。ふうん、そうなの。相槌をうつ自分の声はよそゆきで、他人の声だった。

「卒業生の方ですか?」

「……いえ、ちがいます」

 奥の展示室、段差ありますから気をつけてくださいね、学生は親切に教えてくれた。


 とくにめだつせいせきはなかったが、しゅうしょくかつどうはあっというまにすんだ。あのころ、いっしゅんだけけいきがよかった。ないていがでて、ただただほっとした。そつぎょうご、いばしょがあること。まなんだこととちょくせつかんけいはなくとも、どこかにぞくし、かねがもらえるということ。そのやくそくは、なによりわたしをあんどさせた。よねんかんかけて、わたしはわたしのまけいくさの白旗を織っていたのだと、かえってゆかいですらあった。

 ゆうこは、インドに織物のべんきょうをしにゆくといった。わたしはゆうこをばかだとおもったし、あまえているとおもったし、かのじょのじっかがかねもちであることもふくめ、うらやんだ。いみふめいにおおげんかになった。そうしてかのじょの糸と布をおそれた。

 ゆうこがそつぎょうせいさくでつくったおおきなおおきな白いぬののタペストリーは、それはそれはうつくしくて、白旗すらわたしはかのじょのようにはつくれないのだと、わたしにつくらせてはくれないのだと、わたしにむけてつくってくれたわけではないのだと、はなのおくがいたんだ。なみだはでなかったが、いまでもかすかにいたい。


 学部再編ということで、研究生や卒業生の作品も展示されていた。きびそをもちいた織物。シルクでありながら、シルクでない、不揃いで強いたたずまいだった。ゆうこの作品だとすぐにわかったのは、わたしに神通力があるからではない。ゆうこがひょっこりあらわれたからだ。

「来るんなら連絡してくれたらよかったのに」

工房の外にある古いベンチに、わたしたちは腰かけた。ゆうこがポットの麦茶をいれてくれた。そしてベンチに落ちていたほそい枝を拾い、もてあそび、ぱきんと折った。

「それならハガキにメールアドレスでも書いておいてよ」

「研究室のアドレスは変わってないよ」

 ゆうこはにやりと笑う。まったく百年一日だ。やせた身体とみじかすぎる髪。

「うちの科は統合になるんだよ」

「らしいね」

 まあ仕方ないやね、ゆうこは歌うように言った。

「働き口はあるの」

「どうかな、内緒だよ」

 ゆうこが右手をむすび、ひらく。彼女が話すときの緩慢な仕草、癖だ。ゆうこは身長のわりに手ばかり大きい。手を指を、つめたい水にひたして染色をおこなったことを思い出す。つめのあいだに染料がはいってとれなくなった。短いつめの指をならべて、ふれあわせたこと。

「……インドはどうだったの」

「いつの話だよ、もう忘れたよ」

息をこぼすようにゆうこが笑い、風がざわめいた。天気がいいから十一月のわりに寒くない。

 あんたこそ、とゆうこがやさしくわたしの腹にふれる。

「何ヶ月? おめでとう」

 しかたのないことだけど、胎のなかの子は、タイミングよくうごいてはくれなかった。はらの壁ごしに、ゆうこの手にノックなりキックなり、してほしかった。

「おなかだって繭だね」

 十年たってもゆうこの言うことは意味不明で、やっぱり鼻の奥はぎゅうっと痛んだ。


 きびそでつくる糸は太く、ごわごわと硬い。荒い、さいしょの糸。蚕の呼吸のためか、節がある。蚕だってはじめて糸を吐くときは、息はぎこちないのか。きびそはいびつで、織るのは困難だ。原糸を裂き、ほかの繊維とまぜるやりかたを模索していると、ゆうこは日々のしごとを語った。

 わたしのはらも繭だというのなら、わたしのはらをほぐし、たぐったら、糸のはじまりがみつかるだろうか。呼吸の痕跡はあるだろうか。いちどだけよっぱらって、冗談でゆうことキスしたときの、息。わたしはわたしのきびそで赤んぼになにかを織ってあげることについて夢想した。かかげたつもりの白旗は、ほそい枝の竿が折れたため(折ったため、折られたため)、ちぎれて飛んでしまった。山の風にふかれて、風になる。負けることすらゆるしてくれず、糸も布も、わたしたちをくるんでしまう。それはとてもやわらかく、あたたかくて、ああそうだった、山から下りる風が、産着だった。


〈了〉

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きびそ オカワダアキナ @Okwdznr

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