第11話-5 戦いの果てに
緋桜の妖気が完全に消えたことを感じ取ると、二階堂はその場に崩れ落ちた。
足が小刻みに震えている。体力の限界以上に動いていたというのもあるだろう。だが、それ以上に、緋桜に対して純粋に恐怖を感じていたようだ。終始、死と隣り合わせだったのだから無理もない。
(そうだ! 蒼矢……!)
息をついたのもつかの間、二階堂は蒼矢の安否を思い出した。
重い体を引きずって彼と別れた場所へと戻る。そこには、戦闘モードのまま血溜まりに伏している蒼矢の姿があった。
「蒼矢!」
駆け寄って声をかけるが反応はない。
「蒼矢! 返事してくれよ、なあ。蒼矢!」
彼の体を揺さぶるも、やはり反応はなくて。
最悪の事態が脳裏に浮かぶ。
(そんなこと、あってたまるか!)
頭を振って最悪な思考を追い出すと、二階堂は蒼矢の首筋に手をあてた。弱々しいが脈はある。
「よかった、生きてる……」
と、二階堂はつぶやいて安堵する。
蒼矢の傷の具合を診ると、もうほとんど塞がっていた。
「さすが妖怪だ……」
血溜まりができるくらいの傷なのだから、その数は多く深いはずだ。なのに、傷口はもう塞がっているのだ、驚かずにはいられない。
この様子だと、家で寝かせておいても大丈夫だろう。
そう判断した二階堂は、蒼矢を担いで公園の駐車場へと向かう。
公園内は、いつもの静けさを取り戻していた。
花見客を横目に進んでいくと、スーツ姿の男が駆けてきた。見知った姿に、なぜか目頭が熱くなる。
「二階堂! 大丈夫か――って、ボロボロじゃないか!? それに、その左目……!」
駆け寄るなり声をあげるスーツの男――二階堂の友人であり警察官の榊祐一である。
どう答えていいのかわからず、二階堂は苦笑いを返す。
「通報を受けて来てみれば……一体、何があった?」
「……人を襲ってる妖怪と
二階堂が言葉を選んで答えると、榊は険しい表情をして場所を尋ねた。
「この奥だよ。……悪いな、榊。あとは頼んだ」
そう言って、二階堂は歩き出す。
不穏な言葉に友人を振り返った榊だったが、今は職務が優先と公園の奥へと向かっていった。
どうにか駐車場に着いた二階堂は、助手席に蒼矢を乗せて自身も運転席に座る。シートに体を預けると、意識が沈むような感覚に襲われた。
(まだダメだ。家に着くまでは、しっかりしないと――)
二度三度、大きく頭を振って意識を繋ぎとめると、二階堂は車を発進させた。
ほんの数分程度が長く感じられるドライブを経て自宅に到着した二階堂は、助手席の蒼矢をリビングに運びソファーに寝かせる。
「おっ……と!?」
突然、視界が歪みソファー近くに倒れてしまった。蒼矢からもらった勾玉の効力が切れたのだろう。
(あれ? おかしいな。つまづいたわけじゃないのに……)
起き上がろうとしても力は入らず、体は鉛のように重い。自宅に到着したという安心感もあって、二階堂はそのまま意識を手放した――。
気がつくと、視界には見慣れた天井が広がっていた。
起き上がって周囲を見回す。そこは、二階堂の自室だった。
(あ……れ? いつの間に自分の部屋に……? ソファーの横で倒れたはず……)
いくら思い出そうとしても、倒れてからのことは思い出せなくて。二階堂は首を捻る。
ふいに、扉からノックが聞こえた。
振り向くと、蒼矢が顔を覗かせる。
「やっと気がついたか。お前、一週間近く寝てたんだぜ?」
そう告げる蒼矢の声は、とても優しいもので。
「ごめん」
二階堂は、申し訳程度の謝罪をした。
「いいよ、あいつに殺されなかっただけマシだからな」
と言って、椅子に腰かける蒼矢。直後、神妙な面持ちで、役に立たなくて悪かったと告げた。
「そんなこと……! 僕がここにいられるのは、蒼矢のおかげなんだから」
二階堂の言葉に、蒼矢は柔らかい微笑みを返した。その瞳の色は、いつもの濃い藍色に戻っている。
「なあ、蒼矢。あの時、目の色が金色になってたけど、あれって……?」
二階堂が気になっていたことを口にすると、
「ん? ああ、あれか。本気で相手を殺そうとした時に、ああなるみたいなんだ」
と、蒼矢はどこか他人ごとのように答えた。
戦闘に支障はなく見え方にも違いはないので、本人にとっては気にすることではないらしい。
「そっか。じゃあ、緋桜と戦ってる時に、僕の刀が琥珀色に光ったのは……?」
「おそらく、俺の力のせいだろうな。ほら、まだら模様の勾玉、飲み込んだろ? だからだよ」
勾玉を飲み込んだ影響で、一時的に二階堂の力と蒼矢の力が融合したのだろう。
「そうだ、緋桜はどうなった?」
蒼矢の問いに、二階堂は事の顛末をかいつまんで話した。
「――この町ではもう人は襲わないって言って消えたけど、どうなることやら」
そう言って、二階堂は肩をすくめる。
「大丈夫だって。あいつがそう言ったんなら、この町で人を襲うことはもうねえよ」
と、蒼矢は断言した。
どうして? と、二階堂が視線を向けると蒼矢は、
「あいつ、自分が言ったことは律儀に守る奴なんだよ」
だから大丈夫だと告げる。
遠くを見つめる蒼矢の表情は、わずかに哀愁を帯びていた。
(腐れ縁だって言ってたけど、蒼矢にとってはライバルみたいな存在だったのかな……?)
二階堂がそんなことを考えていると、
「そういえば、数日前に榊が見舞いに来たぜ」
「ああ……。この間、心配と世話かけちゃったからな……。あとで、お礼しないと」
「お礼、か……。じゃあ、温泉旅行とかどうよ?」
蒼矢が提案する。
「男三人で?」
「ああ。ちょっと遠出してさ、旨いもん食って温泉入って……最高じゃね?」
「いいかもな、そういうのも。あとで榊に言ってみるよ」
と言った直後、二階堂の腹の虫が空腹を訴えた。
「あ……」
二階堂は、ばつが悪そうに苦笑する。
「腹によさそうなもの、何か作ってくるよ」
けらけらと笑いながら、蒼矢は立ち上がって告げた。
部屋を出ようとしてふと立ち止まると、蒼矢は振り向いて、
「これからも頼りにしてるぜ、相棒!」
少し照れながらそう告げて部屋を後にした。
「……まったく、こっちまで照れるじゃないか」
つぶやく言葉とは裏腹に、二階堂は嬉しそうに顔をほころばせる。
蒼矢の対等な相棒として、ようやくスタートラインに立てたような気がした。
「さて、と。たぶん、体
決意を言の葉に乗せると、久しぶりの蒼矢の手料理を期待しつつ、二階堂は身支度を始めるのだった。
幽幻亭~人と妖狐の不思議な事件簿~ 倉谷みこと @mikoto794
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