エピローグ

 薄暗い雲の立ち込める空の下。公衆トイレの前でトシロウとヨシュアは隣り合って、壁に身を預けていた。


 トイレのすぐそばの大型モニターでは、宝晶製薬をはじめとする大企業の重役たちが変死を遂げた事件のニュースが流れている。しかし、街行く人々はそんなニュースには目もくれず、俯いたまま自分たちの生活を営んでいた。


「ジェムの利権か……」


 ニュースを見上げながら、ヨシュアは言う。


「これまでジェムの売買を取り仕切っていた宝晶の独占は崩れた。……これからどうなるんだろうな」


 ぼんやりとヨシュアは尋ねる。トシロウもモニターを見上げる。モニターの中では派手な服を着たキャスターが事の真相を、想像や妄想も含めて騒ぎ立てている。トシロウはモニターから目を逸らし、空を見た。


「さあな。俺たちの知ったことじゃない」


 そんなトシロウを見てヨシュアはふっと笑い、同じように空を見上げた。


「そうだな、俺たちの知ったことじゃない。その通りだ」


 ヨシュアは身を預けていた壁から離れて、歩き出そうとする。その背中にトシロウは声をかけた。


「もう行くのか?」


「ああ。仕事だよ」


 そう言うとヨシュアは肩をすくめてみせた。


「どんなに世界が変わっても、仕事が無けりゃ食っていけないからな」


 ヨシュアはトシロウに背を向けたまま、片手をひらりと振った。


「じゃあな、アウトロー。またそのうちな」


 片足を軽く引きずりながら去っていくヨシュアの背中を見送っていると、トシロウの背後のトイレから一人の少女が戻ってきた。


「おまたせ」


 少女――アンバーは、トシロウのハンカチで手を拭き、それをトシロウに返した。そして背負っていたぬいぐるみを前に持ってくると、しっかりと抱えなおす。――その腕に抱かれたぬいぐるみはもう二度と動かない。


「ヨシュアは?」


「仕事、だそうだ」


 二人は手をつなぎ、目的地に向かってゆっくりと歩き出した。







 ピ、ピ、と規則正しい電子音が響いている。それが煩わしくて、ガーネットは目を開いた。もう随分と長く眠っていた気がする。どうして私は眠っていたんだっけ。ぼんやりとした頭で考え――あの時あった出来事を思い出し、ガーネットは飛び起きた。


「ラピス!」


 目に入ったのは白い壁と天井。清潔なベッドとシーツ。病室だ。混乱するガーネットに、ベッドの傍らの椅子に腰かけた少女が声をかけた。


「おはよう、ガーネット」


「……ラピス?」


 ガーネットと同じく患者服を着た少女――ラピスラズリは、読んでいた本を閉じると、ガーネットに抱き着いた。とくん、とくん、とラピスラズリの疑似心臓が動く音が聞こえる。ガーネットは向かい合う彼女の顔に手を這わせ、ぺたぺたと触って確認した。


「生きてる」


「うん」


「生きてる……!」


「うん、生きてるよ」


 ガーネットは顔をぐしゃぐしゃに歪めると、ラピスラズリに抱き着いて、声を上げて泣き始めた。ラピスラズリは仕方なさそうな顔で彼女を抱きしめ返し、ぽんぽんと背中を軽く叩いた。


「――声、かけなくていいのか?」


「うん」


 病室の外でそれを聞いていたトシロウはアンバーに尋ねる。アンバーは微笑みながら頷いた。


「きっともう大丈夫」







 自動ドアをくぐり、二人は病院の外に出る。外には雨上がりの匂いが立ち込めていた。病院の庭には人はあまりおらず、ぬかるんだ地面を二人は踏んで歩いていく。


「アンバー。お前はこれからどうするんだ」


「どうしよう」


 ふと尋ねてみると、アンバーは少し考え込んだようだった。しかし、すぐに顔を上げると、アンバーはトシロウを見上げてきた。


「……トシロウ」


「なんだ」


「一緒に生きよう」


 ともすれば恥ずかしくなってしまうようなセリフを、微笑みながら堂々とアンバーは言う。トシロウは呆れながら、口を開いた。


「……そういうのは」


「俺が言うものなんじゃないのか?」


 にやりと笑ってアンバーは言う。その笑顔がどこかオウルバニーの姿と重なった気がして、トシロウは眉尻を下げた。


「帰ろう、トシロウ」


「ああ、そうだな」


 サイバーサングラスをかける。電子ネオンが光り輝く。病院の敷地を出て、二人は雑踏に紛れていく。だけど、いつも黒雲の立ち込める空には、珍しく太陽の光が覗いていた。

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アンバー -amber- 黄鱗きいろ @cradleofdragon

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