第4 電子の海でまたいつか
「ムク急げ!」
「ひぃ~!」
背後を大量のモンスターが追撃してくる。モンスターの一撃が肉体に当たるとHPが大きく削れるが、それと同時にDX回復ポーションをがぶ飲み。この行為がもう何度も繰り返されていた。
彼女のお願い。それはあるダンジョンへ向かう手伝いだった。
『虹の森』と呼ばれるそこは、未だに誰一人正面からのクリアが成されていない場所だ。少なくとも戦いながら進めば一層目で死ねる。
結果、僕らがとった手段はゴリ押しだった。
貯めに貯めていたお金の力でバフ効果を含めたポーションを大人買いしたのだ。なんだか気分が清々した。
今回ばかりはトレインも気にしていられない。万が一プレイヤーがいたら……まぁ、ドンマイ。
だがここまでしても一撃でHPの大半をもっていかれる。もし処理落ちなどすればそこで終わりである。耐えろ!耐えてくれ!リアルマネーで新調したパソコン!
そんな色々な意味で胃が痛む重圧に耐えながら、どれほど走っただろうか。
「はぁ、はぁ……」
現実の僕は息を荒げ珠の汗を流していた。それほどまでに必死だった。
「ねぇ、海人君!見て!」
ムクの言葉に画面を見る。ゲーム内で本名を呼んだことを僕は咎めなかった。何故なら。
「━━」
言葉にならないとはまさしくこういうことか。
先程までの鬱蒼とした森が開けると、辺りに淡い光が満ちる。
円形にくり貫かれた場所の中心には、堂々とそびえる大木。その身に付ける葉は七色。
光が葉を撫で、反射し、周りの木々へも色彩が拡がっていく。その中をユラユラと飛び交い舞い踊る蛍達。
これらも所詮、2Dに過ぎない。本物じゃない、作られた景色。なのに……。
目から何かが止めどなく溢れる。頬を伝うそれは虹色の雫。
「綺麗だね」
「……ふん、まあまあかな」
「もう!こんなときくらい素直になりなよ!」
だって仕方ないだろう。人生で初めて、偽物だと思っていた世界に心奪われたのだから。
それから数日後、夢玖の容態は悪化した。
身体への長時間の無理な負荷が原因だった。彼女の両親や医師が騒ぐ中、それでも夢玖は最後まで後悔などしていなかった。
「ありがとう、海人君。私の最後のお願い、聞いてくれて」
「……あんなのでいいならまた聞くよ。今度は何処に行きたい?海底に沈んだ神殿?洞窟の奥に咲き誇る花畑?」
彼女は弱々しく首を振る。
「私にとってこの世界は偽物で、あの世界こそが本物だった。でも分かったんだ、君のおかげで」
僕の顔に、彼女は弱々しく手を添える。
「死にたくない。そう思いながら死ぬことができる。なんて素敵なことかしら……」
「夢玖……」
「海人君にとって、私はどんな存在だった?」
一瞬どう答えるべきか躊躇うも、僕は思ったままを口にした。
「……唯一、心を許せた人だよ」
その言葉に夢玖は目を丸くするも、嬉しそうに微笑む。
「……えへへ、やっと素直になってくれたね。……うん、最後にそう聞けてよかった。私の人生は無駄なんかじゃあ無かったんだね……海人君」
私も、あなたに会えて幸せでした。
ありがとう。またいつか……。
「……ばか。それは僕の台詞だよ」
零れ落ちた涙は彼女の涙と一つに溶けると、小さな宝石となって煌めいた。
魚は人魚に憧れた。自身の未来を選択する自由を持っていたから。
それでも魚は人魚になりたいとは思わなかった。一生をかけても巡れないほどの景色や出会いが、この広大な海には眠っていると知っていたから。
少年は魚に思い焦がれた。自分の世界で必死に生きて泳ぐその在り方を、彼は美しいと思ったから。
彼らはもう、一緒になることはできないけれど。共に歩み合ったその軌跡が消えることはない。
旅立つ君がいつか帰ってくることを信じて。
僕は君を待ち続けるよ。
ありがとう。さようなら。
電子の海でまたいつか。
電子の海でまたいつか 《伝説の幽霊作家倶楽部会員》とみふぅ @aksara
★で称える
この小説が面白かったら★をつけてください。おすすめレビューも書けます。
カクヨムを、もっと楽しもう
カクヨムにユーザー登録すると、この小説を他の読者へ★やレビューでおすすめできます。気になる小説や作者の更新チェックに便利なフォロー機能もお試しください。
新規ユーザー登録(無料)簡単に登録できます
この小説のタグ
関連小説
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます