第3話 現実と虚構

「……やっぱりここだよな」


僕が今いるのはとある施設の前。


そこは重症患者を手術するための集中治療室が完備された大病院だった。




面会の旨を伝え、看護師が本人へと確認をとる。許可がおりると、僕は看護師にその場へと案内された。


個室に入ると、そこに彼女はいた。


「こんにちは。そしてはじめまして……かな?」


窓から射し込む光に照らされて長い黒髪がきらきらと輝く。

その姿はゲームの中の彼女と非常によく似ていて……そして、一般的な女性と比べて明らかに華奢な体格だった。


「本当に会いに来てくれるとは思わなかったな」


夢玖は柔和に微笑むも、僕はただ押し黙る。かける言葉が見つからない。


「……せっかく会えたのに挨拶もないの?マナー違反だぞ」


彼女はむぅと唸り口を尖らせる。


「……なんで」


「ん?」


「……なんで、会おうと思ったんだ?」


「会いたいことに、理由なんている?」


「それは……」


言葉を遮り、夢玖は苦笑いを浮かべる。


「……なーんてね。そう言えたら良かったんだけど。……本当はね、あなたに会うのが凄く怖かった。いつもぶっきらぼうで、アバターは怖いけど、それでもこんな私にいつも付き合ってくれる君を、本当は優しい人なんだろうなと思った。だから、こんな私を見て嫌われたくなかった」


「だったらなんで……」


彼女は腕を伸ばして、僕の胸に当てる。


「あなたに、この世界で生きてほしいから」


「……え?」


「私はね、幼い頃からずっと病院で過ごしてきた。私は外の世界を知らない。どれだけ望んでも、自分の足でこの世界を知ることはできない。そして……私はもう長くない」


長くはない。その言葉に息が詰まる。


「私の病は治らない。どうあっても治らない。ならばせめてゲームの中でも良い、この世界にとっての虚構フィクションでもいい、少しでもこの目で多くの物を知りたかった」


僕がゲームにログインするとき、夢玖はいつもそこにいて、僕がログアウトしてからも長い間一人で居続けた。


彼女は僕といないときは色々な場所を巡っていた。


夢玖にとってそれが唯一許された旅だった。


ときに肉体が悲鳴をあげることはあったけど、それでもよかった。どのみち終わると分かっているなら、苦しくても自身の望みのためにこの命を使いたい。燃え尽きるその時まで。


「私はね、電子の海をさまよい続ける一匹の魚なんだよ」


「……魚?普通そこは人魚じゃないの?」


そんな風にしか返せない僕に、彼女はふふっと笑う。


そして彼女は僕に真面目な顔で視線を向けた。


「海人君、君にお願いがあるの」

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