第2話 無垢《ニュービー》

「それで、何か申し開きは?」


「ご、ごめんなさい……」


僕は今、街に設置された復活エリアの端に佇んでいる。目の前では先程の少女が正座していた。目付きの悪い男が女の前に立っているというのは絵面だけを見れば現実なら即通報されるレベルである。ゲームって素晴らしい……。


それから僕は彼女にくどくどとお説教するはめになった。お金も経験値も何割かもっていかれたのだ、怒っても良いだろう。だがそんな行為も彼女の次の一言で水泡に帰すことになった。


「えっと……トレインってなんですか?」


「……マジかよ」


よりにもよってニュービーだった。他にもネット用語を使って聞いてみたが、全部疑問文で返ってきやがった。その事実だけでもう何もかも面倒になった。


「……あぁ、もういいよ。とっととどっかに行け」


「え?」


「もう言うことはないからとっとと失せろと言ったんだ」


ニュービーには本来親切にするものだが、僕には関係ない。正直言って視界に入るのも鬱陶しい。


「ま、待ってください!」


「……なんだよ」


背中を向けて去ろうとする僕に向かって、彼女は意を決したようにこう言った。


……当時の僕には、その一言が何かの始まりになるだなんて思っても見なかった。


「私、あなたのお金を弁償します!」





そう宣言してから数日後、彼女は本当に僕が損失した分のお金を稼いで還してきた。迷惑料も上乗せして。経験値まではさすがにどうしようもなかったが、もともと彼女の言葉を信じていなかったので、お金だけでも還してきたことに僕は心底驚いた。さすがの僕もこれは感心せざるを得ない。


彼女はニュービーが手放すには惜しいであろう大金を躊躇なく僕に渡すと、僕の反応を見てか、「えへへ、よかったぁ……」と安堵している。


「……ふん、真面目に還すなんて変なやつだな」


「へ、変!?」


だからと言ってそう簡単に態度が軟化すると思ったら大間違いだが。




それ以来、僕が街にいると彼女━━アバター名を『ムク』と名乗る少女はしばしば会いに来るようになった。それもこれも彼女の頑張りを労おうとフレンド申請を行ったせいである。おかげでログイン状況や現在位置がバレバレだ。……別にフレンドが一人もいなかったからって申請したわけではない。断じてない。


「あぁ」とか「うん」とか「そうか」と素っ気ない返事をする僕に、彼女はまるでここが現実であるかのように楽しそうに会話をする。彼女にとっては相槌を打ってくれるだけでも嬉しいらしい。やっぱり変なやつだ。


彼女のレベル上げや武具の素材集めも兼ねて、一緒に狩りにも出掛けた。当然行く先々にいるモンスターは僕からすれば雑魚でしかないのだが、苦戦しながらも戦い、勝利するたびに「やったー勝てた!」と喜ぶ彼女を見るのは、なんだか新鮮だった。




「ムクはリアルだとどんな感じなんだ」


いつも通りの会話の中で無意識に呟く。それを言った直後に、現実の僕はつい舌打ちする。ゲーム内でのリアルの詮索は立派なマナー違反である。自分がそんな初歩的なミスをするとは……。


心を許しすぎだ、馬鹿が。


そんな僕の考えを当然知る由もなく、彼女は「うーんと……」と考え込む。


「……私は普通だよ。特に話すようなことはないかな」


「なるほど、変人っぷりはリアルでも変わらないわけか」


「へ、変人ってなにかな変人って!?私からすれば、うみんちゅ君のほうが変だからね!?名前も含めて!」


「なんだと!いいんだよゲームなんだから!」


弁解しておくと、うみんちゅとは名前の海人かいとを別読みしたものである。変だって?放っとけ。


「そういう君はどうなのさ!リアルはどんな感じなの!?」


「……リアルなんて、ろくでもない。所詮は騙し合って他人のご機嫌をとる場所だ」


「……」


二人の間に沈黙が流れる。周りの音が意識から疎外される。


彼女はなんの反応も返さない。


「……なーんて、冗談だ」


そう言って話題を変えようとすると。


「……ねぇ、リアルで会える?」


「……は?」


突然なにを言い出すんだこの女は……。


「……普段の意趣返しに冗談か?笑えないぞ」


マナー確認のために一度だけ「リアルで会わないか」と冗談のつもりで言ったことがある。そのとき彼女は黙り混み、「……ごめんなさい」と謝ってきた。そのあまりの反応に『まさかこいつ……ネカマか?』と邪推したものだ。


「冗談なんかじゃない」


きっぱりと即答され、その勢いについたじろいでしまう。


「……いいぜ。覚悟があるならな」


オフでの出会い。若干怖いと思いつつも、彼女がどんな人間か興味はある。


僕の強がりの発言に、彼女は頷き自身の住所を打ち明けた。




この後、僕は思い知らされた。本当に覚悟ができていなかったのはどちらだったのかと。



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