電子の海でまたいつか
《伝説の幽霊作家倶楽部会員》とみふぅ
第1話 線路は続くよ死地までも
「私はね、電子の海をさまよい続ける1匹の魚なんだよ」
目の前の彼女、木下
この世の中が一人でいることを許容してくれるような世界だったなら、どれだけ良いことだろうか。
僕、永瀬
昔から他者との触れ合いを拒み、仲良しこよしの人の輪を嫌い、周りに対して孤独ではなく孤高なのだと謳って日々を過ごしてきた。
人間は愚かな程に嘘つきだ。
教室で顔を付き合わせて笑い合う彼ら彼女らは、その実、心の中では笑っていない。彼らは相手に嫌われまいと、周りから浮かないようにと、必死に求められた『キャラ』を演じている。その光景を近くで見せられていると、何とも言いがたい吐き気がする。そんな彼らと付き合うくらいなら、自分はずっと
そんな僕にも心の拠り所がある。
VRMMO……つまりはオンラインゲームの中だ。ここでは相手の機嫌など気にする必要など無いに等しい。ここにいる彼らはただ『楽しむ』ために、各々の望むままに遊んでいるのだから。おかげで学校で腹の探り合いをする彼らよりもまだ信頼できる。
もし機嫌を損ねたとしても、所詮は顔も知らない相手だ、学校と違って報復を受けるわけでも社会問題に発展するわけでもない。
『グオオオオオッ!!』
「うるさい」
牛の姿をした筋骨隆々の怪物が、人の身の丈ほどもある戦斧を振り下ろす。目の前に迫るそれを右手に握った剣で軌道を逸らすようにいなすと、僕は現実での鬱憤を晴らすように荒々しく攻め立てる。
HPが0になると怪物は断末魔をあげ、その場へと倒れると跡形もなく消え去り、ドロップアイテムがボックスに収納される。
……昔はこんなやつにも苦戦したんだっけ。
僕はゲーム画面が映し出されたパソコンの前で溜め息をつく。そこには現実の僕とは似ても似つかない、目付きの悪さが特徴である青年のアバターが指示を待つかのように佇んでいる。
これらは全部2D。現実にはいない、手を伸ばしても決して届かない存在。
どれほどおぞましい見た目をした怪物も、見慣れれば所詮はポリゴンの塊でしかない。だから咆哮をあげようと怖いなんて感じない。ただやかましいだけだ。
冷めた感情を呼気として吐き出し、僕は新たな獲物を求めて移動する。
すると、突如━━。
『助けてくだしゃあ!!』
『全体チャット』に救援コメントが掲載される。急いで書き込んだのか、最後は見事に打ち間違えていた。
移動しながら発信場所を確認すると、僕が今いるエリアの目と鼻の先だ。
普通のプレイヤーならここで颯爽と助けに行ってフレンドになったり恩を売ったりするのだろう。
だが僕はそんなことしない。ここはパーティでも苦戦する高レベルのダンジョン。ミイラ取りがミイラに……なんてここではザラだ。ソロプレイにフレンドなんて関係ないし、なにより時間の無駄だ。
僕は発信元から離れるように移動し━━。
『助けてくださあ!!』
二度目のテキスト。それと同時に動きが鈍る。背景が停止する。
一瞬のうちに何が起きたか理解する。オンラインゲームにおいてもはや伝統な『処理落ち』である。
思わず額から嫌な汗が流れた。
再び画面が動き出したときにはプレイヤーを表す青い点と、それを追う無数の赤い点がマップ上で明滅して……。
『助けてください!!』
三度目の救援信号。それはもはや救援依頼じゃなくて『死の宣告』にしか見えない。それがカクカクとしながらチャットに載ったときには……。
僕のアバターも発信者らしき少女も復活エリアへの転移を待ちながら、モンスターの群れの中で死んでいた。
ふざけんなぁぁぁぁぁっ!!
僕は耳にはめたイヤホンをパソコンへと叩きつけた。
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