第8話 餅は餅屋




タイミングよく、ドアがノックされた。


 シュリの体がビクッと震える。キースには誰が来たのかは想像がついていた。おそらくリーアムだろう。昨晩ろくに話をせずにこの部屋に閉じこもっていたからそろそろ訪ねてきても不思議ではない。


 つまり一晩一緒の部屋にいたのは隠しきれない事実であるが、同じ寝台で眠ったという事実は今からでも隠しようがあった。


 しかしキースは正直なところリーアムに隠す必要性は感じられなかった。たとえ明るみになっても「一晩過ごしたんですか?良かったですね」と無表情棒読みで言われる場面が目に浮かぶ。あの朴念仁はそういうことに興味がないのだ。仕事が恋人のような人物だ。キースには甚だ理解できない。だが万が一リーアムに尋ねられたときはうら若き乙女の名誉のためにごまかしておこうと思った。


 この状況をもう少し楽しみたかった、というのがキースの本音だ。キースは人差し指をしーっと自分の口に当てるとシーツをシュリの頭から被せた。


 「?!」


 「寝たふり…しといて」


 小声でシュリに伝えた。ため息をつきながら寝台から降りる。はだけた襟元を調えながらドアまで向かう。魔力を大量に使ったせいか体は徹夜明けの何倍も重い。キースは思わずクスリと笑った。しかしシュリのあんな表情を見られたのだ、魔力を使った甲斐があったというもの。ここ数年感じたことのない満足感をキースは味わっていた。


 シュリがベッドの中で大人しく横になっていることを確認し、ドアをガチャリと開けた。


 目の前には案の定、リーアムがいた。


 「…殿下…」

 「彼女はまだ眠ってる。場所を変えよう」


 リーアム眉間に皺をよせ、深刻そうな顔をしていた。昨日、城に帰った時のことを考えたら当然だろう。意識のない血だらけの彼女とあの得体の知れない男。


 あの男は今も大人しく地下につながれているだろう。剣さえ取り上げてしまえばただの人間のはずだ。




 この国には魔術に関する知識が圧倒的に足りない。だからこういうときの対処がままならない。この城に住むようになりほうぼう探し魔術に関する本を手に入れてきたがそろそろ手打ちだ。この国は国外との貿易が一部を除いて禁止されている。国外へ手を伸ばすのは危険だ。国境には警備兵と王直属の偵察隊がいて睨みを利かせている。警備兵はともかく、偵察隊のほうは厄介だ。その実態はつかめていないが魔術を使う。魔術を嫌うイグールとその王が影で魔術を使うなどにわかに信じられないこと。調査は完全ではなかった。偵察隊の実態を掴み、国外に手を伸ばして魔術について調べなくてはならない。できることなら遠い国、ウィルラントの情報を手に入れたいところだ。彼の国は魔術先進国でたしか最近、人と魔族の混血が第一王子の側近になったという。魔族に寛容な国なら貴重な情報を手に入れられるだろう。


 魔術に詳しい人物がもう1人か2人いてくれるだけで違うはずだ。自分一人だけではやれることは限られる。シュリは怪我をしているし、しかもその微妙な立ち位置ではやれる仕事に制限がある。第一彼女に危険なことをさせるわけにはいかない。リーアムは城内の仕事で手一杯だろう。それに魔術に関して頼りになる人物ではない。


 キースはふとある人物のことが頭に浮かんだ。魔術に詳しく、武術にも長けている人物。欠点といえば貴族らしからぬ口の悪さと侯爵家の長男であることだろう。


 思い立ったが吉日。今日中に連絡を取ろう。文句を言われること間違いなしだが背に腹は代えられない。


 そしてことを起こすならば、これから為そうとしていることを隠しておくわけにはいかないだろう。


 シュリへの申し訳なさが改めて胸に募る。


 これからもっと彼女を巻き込んでしまうだろう。




 「殿下?考え込まれてどうしたんです?そんなに彼女の容体は良くないのですか?」


 黙り込んでいるキースへ心配そうにリーアムは話しかけた。考え事から意識が呼び戻される。


 広い廊下にキースとリーアムの二人だけ。太陽の光がやたら眩しく感じられた。


 「彼女はもう心配ないよ。あとは魔力を使わないようにすること。体力をつけるしかない。もう少ししたら目が覚めるだろうから食事を部屋に届けといてね」


 リーアムはほっと息をついた。


 「わかりました。本当によかった。彼女、もうだめかと思いました」


 異性が二人きり&密室、という条件で少し不純な事件があったことはリーアムには想像がつかなかったようだ。純粋に彼女のことを心配してのことだろう。正直あれは出会い頭の事故のようなものだ、とキース心の中で唱える。


 このまま二人だけの秘め事になりそうだ。安心していいよ、と伝えに行きたい。彼女はどんな顏をするだろう。


 キースはしみじみと息をついた。


 「ほんとにね、無事でよかった。それとリーアム、私魔力使い果たしちゃったみたいだからしばらくただの人間になるよ」


 「…は…?」


 鳩が豆鉄砲を食ったよう、という顏はまさに今のリーアムの顏だろう。


 「殿下…人間ですよね?」


 「…君、そうくる?」


 はああと深いため息をついたキースにリーアムは真顔で続けた。


 「本当にお疲れのようですね。しばらくお休みください」


 「確かに疲れているし元気もないんだけど、そうはいかない。街の様子と地下牢の彼は?」


 「街はあの化け物でパニックになっていましたが騎士団が誘導し、今は落ち着いています。2人の姿は目撃されていないものかと。地下牢は静かなものです。逃げ出そうという動きはないと見張りから報告がありました。」


 「…そうか、助かったよ。街は厄介だな。最近ユーベル領あれが増えてきたけど、それに対処できる者がいないというのは致命的だ。」


 私も今は使い物にならないし、とキースは苦笑した。昨日のあの様子でシュリには武術の心得があることがわかった。魔力さえ戻ればあの可哀想な子供たちの対処はできるだろうが昨日のあの様子、させたくはない。それにキースもシュリも魔力の回復に時間がかかるだろう。


 「やはり騎士団では力不足でしょうか」


 「んー、足止めとか被害の拡大は防げるだろうけどね。あれは魔術をかけられた人間だったから物理的な攻撃はほとんど意味がない可能性が高い。ただの人間相手と魔術を使える人間くらいに対処法が違うはずだよ。殴る蹴るしかできない生身の人間と、剣や盾を持ってる完全武装した人間との戦いって感じかな。ま、そんな単純な話でもないんだけどね」


 「魔術をかけられた人間?どういうことです!?」


 不穏な単語が出たことでリーアムは狼狽した。キースはそんな彼を横目に鼻で笑う。


 「それを話すには君にはもっと魔術を学んでもらわないと。まずはこの城の魔術に関する書物をすべて読破することから始めてみたら?ちなみにシュリはすぐ読み終わっちゃったみたいだけどね」


 「うっ…」


 「いやーほんとに人手が足りない。リーアムには魔術よりも城の仕事を優先してもらうよ。専門でしょ?魔術がらみの事件は厄介だ。不本意だけど餅は餅屋…イリヤを呼ぼうと思う。彼に連絡とっといてくれる?私は先に地下牢覗いてくるから」


 「ダグラス子爵なら先ほど城に到着されました」


 「…はい?なんで?」


今度はキースが鳩に豆鉄砲、の番だった。


 「実はその件でお部屋に伺ったんです」


 リーアムはげんなりとため息をついた。


 「ご本人は殿下に言いたいことがあるそうですが…」

 

 「彼から城にくる時は悪いことが起きたとき」


 二人の声が重なった。この二人の間でジンクスとなっている言葉だ。


 「これ以上何か起こるのは勘弁だよ…」


 キースの切実なつぶやきが廊下に木霊した。

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魔法と言葉は使いよう mint歩 @mintayum

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