第7話ぬくもり



———あたたかい。


ふわふわとした心地で頭が回らない。シュリは重たい瞼をゆっくり開けた。寝ぼけ眼で起き上がる。


 いつの間にか寝台で眠っていたらしい。清潔なシーツと薄い寝巻き。穏やかな朝。よく眠ったような気がするが、体のダルさが抜けないのはなぜだろう。


 違和感がある、とシュリはふと思った。いつ自分は着替えて眠ったのか。自分の寝台はこれほど広く豪華だったのか。


 嫌な予感がして再び寝台に目を落とす。シュリの横には同じように薄いシャツ姿のキースが眠っていた。


 ———フリーズ。


 シュリは必死に記憶を辿る。キースと街に出て、アレルギーの少年に遭遇し、そしてフレアメルの悪魔祓いに出会った。そこまでは覚えている。しかしその後について必死に考えても、テープを切られたように思い出せない。なぜ自分は殿下の寝所にいるのか、冷や汗が止まらない。


 ひとつ、殿下に声をおかけして何が起きたのか聞く。


 ふたつ、寝たふりをする。


 みっつ、なにも見なかったことにし、逃げる。


 ———どれもできない!


 「———シュリ?」


 一人で百面相をしていたらキースが目を覚ました。彼にしては珍しく、寝起きらしい気の抜けた顔をしていた。キースは横になった状態でシュリを見つめている。視点はいまいち定まっていない。


 「・・・あっあの、殿下・・・」


 シュリが恐る恐る話を切り出そうとしたとき、キースの手がシュリの頰にふれた。


 「!!?」


 一気に顔に血液が集中した。恥ずかしさに首のあたりまで赤くなっているかもしれない。


 「・・・よかったー。あったかい・・・」


 そう言ってキースは長い長い息をついた。キースのほっと安心したような笑顔にシュリは言葉を続けることができなかった。


 「・・・いやほんと、激しい夜だったわー。私をこんなにさせるなんて、シュリはなかなかやるね?」


 「———で、でんか!!?」


 シュリは気恥ずかしさで声が裏返る。反対にキースはいつも通り意地の悪そうな顔でニヤリと笑っていた。この状況を楽しんでいるようにも見える。起き上がるのでもなく、余裕の笑みを浮かべてベッドに横になったままだ。


 「ははっ。慌てちゃって〜大丈夫、私はなにもしてないよ〜。シュリが元気になったから冗談言ってみたくなっただけ」


 キースは優しげな瞳で笑った。シュリはほっとする。やっと気になっていいたことを聞くことができる。


 「あの、私はあのあとどうなったのか…記憶が曖昧で」


 たくさん粗相をしたのではと恐る恐る尋ねるがキースはなんでもないような反応を返した。


 「うん。シュリが倒れちゃったあとね。私は例の悪魔祓いを連れて城に戻った。彼は今も地下牢にいる。あとはここで一晩シュリの手当をしていたよ。傷の具合はどう?」


 シュリは自分の手を見た。あの青年の持っていた剣を握って、皮膚がただれた。今は包帯をぐるぐる巻きにされている。包帯から血が染み出す様子もない。そして痛みは随分とましになっているような気がする。ただ包帯の下はひどい状態だろうからしばらく物をもつことを控えたほうがよさそうだ。


 「はい、昨日の激痛が嘘のようです。今は普通のやけどに近い感覚です」


 「そっか、よかった〜。この傷からどんどん魔力が流れていくし、時間が経つにつれて傷は深くなっていくしで大変だったよ。あの悪魔祓いの剣、厄介だね。一晩中シュリに魔力を送り込んでたんだ。傷口が落ち着いて血も出なくなる頃には私も力尽きたってわけ」


 キースはシュリに徹夜覚悟で魔力を送りこんでいた。しかし傷口から魔力の流出が止まりシュリの呼吸も穏やかになったところで気が抜けて眠ってしまったらしい。同じ寝台で眠るつもりはなかった。正直まずいことをしたと頭を抱えたが、自分の言葉や行動にいちいち反応して青くなったり赤くなったりするシュリが面白くてたまらない。彼女の素の部分が垣間みえたようだ。


 「え?え?そんな殿下申し訳ございません!!!」


 シュリは慌てて頭を下げた。

 気絶して殿下に城へ運び込まれ、徹夜で殿下直々に手当をされ、殿下の魔力をしぼりとり、挙句の果てに殿下と同じ寝所で眠るなど言語道断。許されるはずもない。


 キースはきょとんとした顔でシュリに言った。


 「あれ?シュリ敬語に戻ってるよ?それと殿下じゃなくてキース!君を助けるのなんか当たり前だよ。君は大切な私のパートナーだし、なによりシュリは私を庇ってくれたじゃないか」


 「かばう?」


 きょとんとした顔にキースはむくれた。


 「もしかして忘れちゃった?昨日の戦闘で、悪魔祓いが子どもを殺したのは私だと言ったあのときだよ。まさか君が私の前に出てくるとは思わなかったな」


 そう言ってキースはクスクスと笑った。


 「嫌われ者の私にあんなことを言ってくれたのは嬉しかった。でも、戦闘のときは急に飛び出したりしないこと。本当に心臓が止まるかと思ったよ。いいね?」


 「…すみません。もうしません」


 しゅんとしたシュリの頭をキースは優しく撫でた。


 「…?!」


 シュリの心臓が跳ねる。起きてからずっと心臓が激しい音で動いている。不整脈でもおこしそうな状態だがこれも全部キースのせいだ、と無理やり責任を押し付けた。


 しかしそんなシュリの心中を知ってか知らずか、キースは至って真面目な顔でシュリに話しかけた。


 「私はシュリの行動を信じる。だから君を信じようと思う。あの悪魔祓いがなんと言おうがね」


 急に真面目な顔をしたキースとその真剣な言葉に、なんと反応を返したら良いのかわからない。シュリは困惑した。


 あの悪魔祓いはシュリのことを悪魔だと言った。あの剣に反応し、シュリのように実際の刀傷以上の傷を負うのは悪魔だけだということなのだろうか。例えそれが事実であっても、シュリは悪魔ではない。それは信じて欲しかった。


 「…ありがとう」


 信じてくれている人に本当の事を伝えることができないというのは胸が痛む。本当は真実を伝えたい。

 隠していることは他にもある。


 「ふふっ。嬉しいよ」


 これ以上この話を続けると隠していることをどこで話してしまうかわからない。話を変えてしまうことにした。

 真実を言ってしまいたい気持ちを心の奥に押し込み、横で当然のように落ち着いてしまっているキースに尋ねる。


 「ところで…この状況はいくらなんでもまずいんじゃないかな…?———うん、お互いに」


 「———あ」


 タイミングよく、ドアがノックされた。

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