第6話 グレー
「・・・違うって言ったら信じる?」
キースが灰色の青年に問う。二人の間にただならぬ緊張感が漂っていた。
「・・・いや、そんな魔力をたれ流しにさせてるやつが人間なワケないだろっ!!」
言うや否や青年が剣を振るった。
「シュリっ!!」
「っ!?」
青年は速く、シュリは動作が追いつかない。切られることを覚悟した。
しかしキースがとっさにシュリの腕を掴み、庇う形で青年から遠ざける。
キースの青い炎と青年の剣がぶつかり合った。
「!?」
キースが魔術を使えば敵ではないと思ったのもつかの間、キースの炎がずるりと溶け出した。剣に触れている部分がまるでアイスが溶け出すようにぐずぐずに溶ける。
青年がニヤリと笑った。
不利と判断したキースはシュリを脇に抱え、後ろに大きく飛んだ。
慣れない浮遊感に呼吸が止まる。
「・・・っ!!」
「・・・舌、かんでない?」
戦闘中だが、普段と変わらない声色でキースは話しかけた。少しほっとする。
「・・・大丈夫。ありがとう」
落ち着きを取り戻す。
「安心した。さて、シュリはあれがなにか知ってる?」
彼が人間であることは二人の間で確認しなくてもいい事項だ。その上でその正体が不明なものといえば彼が手にしている大きな剣。
「たぶん。予測だけど」
シュリは頭の奥にある蓄積された魔術の知識を引っ張り出す。前に本で読んだことがあるのを思い出したが実際に見るのは初めてだ。
「かまわない。あれがなにかわからないと私たちは不利だ」
シュリは慎重に言葉を紡ぐ。
「あれは破魔の剣。魔術が効かないのはそのせいだと思う。たぶんあの人は遠い東の国フレアメルの悪魔祓いだよ」
「・・・なるほど。それで魔術が効かないのか・・・」
キースが考え込んだ。
「おい、作戦会議は終わったのかよ?」
しびれを切らした青年が再びこちらへ向かってきた。
疾い。巨大な剣を持っているとは思えない俊敏さ。
「・・・仕方ない。私は体術が苦手なんだけどな・・・」
キースはそう言いながら前に進み出た。
「・・・え?グレンさん?」
痩せているキースと大きな剣を軽々と振り回す青年とどちらに分があるかと問われたら青年のほうだ。武術に無縁に見えるキースが肉弾戦に持ち込むのは意外だった。
キースがコートの中からナイフを出した。しかし巨大な剣と相対するにはあまりに頼りない。
青年がこちらに向かってくる。その間合いはどんどん縮まっていく。
キースは駆け出した。一瞬で間合いを詰め、首に容赦ない回し蹴りをくらわす。
青年はそれを片腕で防いだ。とんでもない力だ。間髪入れずキースは身体を捻り青年の背後に回る。ナイフで背を狙った。
キースの手から放たれたナイフは青年の腕をかすりはしたが傷を負わせるには至らなかった。しかしキースはその行動を予測していたらしい。青年が避けた瞬間を狙い、拳を繰り出した。
次は防ぐことができず、拳が肩にめり込んだ。青年は吹き飛んだ。もんどりを打って倒れる。
剣の斬撃をまともにくらっては勝ち目がない。キースは敵の懐に入り込み、剣を使わせる間を与えない。
文化系なのは見た目だけのようだ。
「・・・さぁ、なんで悪魔祓いの君が私たちを襲うのか教えてもらおうか」
キースは立ち上がる青年に言った。
「・・・人間に害をなす魔族は許さない・・・」
青年がぼそりと呟いた。
「ちょっと待って、私たちは人間を傷つけたりしてない!」
シュリは思わず叫ぶ。青年がシュリを睨みつけた。
「・・・ふざけるな。あの男は子どもを殺しただろ!」
青年が剣を構えた。刃が光に反射して輝く。刀身にはかすかだが文字が刻まれているのが見えた。
「・・・もしかしてあの時見てて・・・?」
思い出したのはキースが異形を消滅させた時だ。異形の消滅ののち、痩せぎすの少年が現れた。その少年が消えていく様だけを目撃したのであれば納得がいく。
「俺はあの男が子どもを殺すのをこの目で見た」
「それは違う!」
シュリは叫んだ。しかしその叫びは青年に届かなかった。
青年がキースに襲いかかった。
「———だめ!」
シュリはとっさに青年の目の前に躍り出た。
「シュリ!?」
シュリは魔力を両腕に込める。青年は容赦なく剣を振り下ろした。シュリは剣が自分の真上にくるのを狙った。青年の手首を掴んで魔力を一気に注ぎ込んだ。魔力を一気に注がれると脆弱な人間の身体は持たない。剣を使えなければ彼はただの人間だ。
青年の腕が魔力に耐え切れず、皮膚が裂けた。血飛沫がシュリにかかる。
「ぐっ!!」
青年は痛みに剣を握る力を緩めた。シュリはその隙を逃さなかった。青年を一本背負いの要領で投げ飛ばす。
シュリはすぐに自分の背より長い剣を奪い引きずりながら青年から離れた。
「っ!」
キースはシュリが青年から離れた瞬間を見計らい魔術を使う。青年の真上に鋼鉄の檻が出現し、落下した。ごうん、と大仰な音があたりに響いた。
「・・・クソッ」
鋼鉄の鉄格子では丸腰の人間は逃げられない。危険はなくなった。キースはシュリに駆け寄る。
「シュリ!」
キースはシュリの腕を掴んだ。剣をシュリから引き剥がす。
「持たなくていい!手が!」
両手から煙が出ていることにシュリは今まで気づかなかった。剣に触れている部分が焼け焦げている。気がつけば手首から手のひらが血でびたびたになっていた。
「・・・あれ?なんで・・・?」
「すぐ治すから」
キースは治癒魔術を使った。シュリは両手がぽかぽかと暖かくなるのを感じる。柔らかい光がシュリの両手を包んでいた。やがてその光は徐々に小さくなり、消える。
「・・・え・・・?」
治癒が完了したと思っていたのに、シュリの傷にはなにも変化が見られなかった。キースは驚いた。
「・・・お前、悪魔なのか・・・?」
檻の中から青年が言った。呆然としている。
「いや・・・そんなはずは・・・」
キースはシュリの手を握り魔力を込めた。内部からの回復を狙うがそれでも効果が見られない。
シュリは意識が朦朧としていた。やけどのせいだろうか、頭も身体もふわふわとしていて頭が働かない。視界も白くもやがかかる。
「・・・無駄だ。悪魔にその剣は猛毒だ。魔術もなんも効かねぇよ」
シュリは声を絞り出した。
「私は悪魔じゃない・・・魔族・・・」
ついに立っていられなくなりその場に座り込んだ。
「!?シュリ!」
すぐにキースはシュリを抱き上げた。キースは青年を睨みつけた。
「時間が惜しい。君も我が家へ招待しよう」
足元に魔法陣が浮かび上がる。キースは空間転移を使い全員を城に転送した。
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