少女の幸せだけを守る、健気で皮肉屋なドブネズミ

 この小説、主人公はただのドブネズミ。そしてただのドブネズミが、不幸な少女を守るために奔走します。
 ですがこの主人公、良くも悪くもドブネズミ。人の言葉の意味もわかるし頭も多少回りますが、人の言葉も話せなければ特殊な力があるわけでもない。結局少女の話を聞いてやることしかできない無力さが何とももどかしいのです。
 それでも、少女を見守りながら境遇を少しでもよくしてやろうと頑張るドブネズミの姿についつい感情移入してしまいます。ですが白馬の王子さまのように紳士的にはいかず、比喩と皮肉たっぷりの悪態をつきながら奔走するのが何ともドブネズミらしい。
 手を変え品を変え繰り返される、下品でしかない比喩やユーモアに富んだ皮肉、そしてドブネズミ目線の小言やドブネズミジョーク。まどろっこしい言い回しだらけですがスラスラ読めてしまい、この作品の味となっています。個人的に好きなのは「例えば前歯の欠けたドブネズミを二匹並べたからって、急に一際長い前歯を持ったドブネズミが現れる道理は無い」という言い回し。これだけ見ると意味不明ですが、展開と勢いの中で読むと中々しっくりきてお気に入りです。

 そしてこの物語、読者の感情を揺さぶるのがとんでもなく上手いです。
 「奇跡ってやつは結局、見た目が綺麗なヤツが好きなんだ」冒頭に出てきた言葉ですが、この物語そのものです。お世辞にも綺麗とはいえないみすぼらしい少女と、飼われて清潔になったとはいえドブネズミに過ぎないドブネズミ。奇跡が起きない世界で平凡な幸せを手に入れるのがこんなにも大変なのかと、そして不運に抗おうともやっぱりドブネズミは人間の代わりにはなれないのかと、気づけばドブネズミと一緒に一喜一憂していました。そんな物語だからこそ、最後のほんの少しの奇跡が輝いて見えました。

 文庫本一冊ほどの分量ですが、つい一気に読めてしまう良作でした。ぜひ大人にこそ読んで欲しい童話です。