雪降る月夜にドブネズミ
さじみやモテツ(昼月)(鮫恋海豚)
第一幕
唯一少女に訪れた奇跡、と言えるのは
俺の住処は町外れにあるボロ小屋だ。風の強い日には家の中でピゥーピゥーと笛の音が鳴る事もある。下手くそなフルート奏者が居る訳じゃなく、覚え立ての口笛を吹く少年が居る訳でもない。夏は涼しいが、冬はとてつもなく寒い。唯一の自慢は、静かな所って事だ。
同居人はほぼ寝たきりの病弱な婆さんに、華奢な少女。病弱な婆さんは置いといて、少女の顔がそれなりに美しければ、それなりのドラマチックな物語がそれなりに始まって、それなりのハッピーエンドでそれなりに幕を閉じるだろう。だがそんなモノは選ばれた人間にだけ訪れる奇跡ってやつだ。その奇跡に、この少女が選ばれる確率は低いと思っている。
バラバラになった腕時計の部品を箱に入れて、それを振るだけで組み立てるぐらいには、金物窃盗団が盗品を保管する倉庫に雷が落ちてタイムマシンが出来上がってしまうぐらいには、好きになった相手が生き別れの妹で、その妹が好きなのは生き別れになった弟で、弟は義理の母親に恋心を抱いてて、でも義理の母親だと思っていた相手は生き別れの姉だったぐらいには、少女が選ばれる確率は低いと思う。
なぜなら奇跡ってやつは結局、見た目の綺麗なヤツが好きなんだ。このボロ小屋に住む少女の目は腫れぼったいし、鼻は極端にデカい。それなのに口元は極端に狭まっている。大きな顔に色気の無いそばかすがあって、十三の年頃にしてはツルペッタンコな胸も、容姿を語るには大事な所だろう。奇跡が意志を持っているとすれば、まず第一審査で落とされるだろうさ。
ちなみに俺の主観的な侮蔑の言葉を並べてるつもりはない。客観的事実というのは、とても残酷だという事だ。
唯一目を引くとすれば、艶のある金髪だ。それはもう闇夜を照らす満月の様に、水を浴びたイエローローズの様に、金貸しが見せびらかす金塊の様に、一際綺麗に輝いている。だから背後を眺めれば、か弱く美しい少女にも見える。可愛らしげなワンピースでも身に纏って町に出れば、道行くガキ共が顔を確認して、地面に唾を吐き捨てるだろう。
この少女の前に、物好きな王子様が現れて愛を誓う物語も、成長と共に美しくなり幸せを掴み取る純粋なハッピーエンドも、年老いた魔法使いの気まぐれも、今のところ訪れる気配は無い。生まれ落ちた家柄だけが、何かしらの物語を作りだしている。
少女の両親は、どちらも家に居ない。もしかしたら父親は死んでいるのかもしれないが、母親はこの世に居ない訳じゃ無い。家に居ない。死に別れた訳じゃ無いって事だ。俺が少女と出会った一年前から、月に一度しか帰らない。少額の金を机の上に置いて、またすぐに出て行く。言ってしまえば、最低な母親の元に生まれてしまった訳だ。年頃の娘に婆さんの介護を押しつけるような母親の元に。
これで婆さんが優しく穏和で少女の幸せを願うような人物なら、それはそれで幸せになれる可能性もある。しかし現実ってのは悲劇が大好きで、少女にさらなる枷を背負わせた。
まぁ普通に考えれば、当たり前だ。最低な母親を育てた女であるから、最低じゃない訳が無い。言わばその最低な母親もこの婆さんによる育児の被害者で有るわけだ。もっと言えばこの婆さんも誰かしらによる育児の被害者だ。生まれついての癇癪持ちじゃなければと付け加えないといけないが。
「こんな不味いもん喰わせるんじゃないよっ、この愚図っ」
そら婆さんの癇癪がいつものように弾けた。だから俺は少女の部屋へ急ぐ。毎朝の日常ってヤツだ。婆さんの癇癪が弾けた後、少女は苦笑いを浮かべながら部屋に戻ってくる。俺の朝食を持って。
ギシギシと音を立てて近づいてくる足音を聞いて、俺は定位置である窓の縁に腰を落ち着ける。早速部屋のドアが開いた。やっぱりいつもの苦笑いで、婆さんが不味いと罵った蒸かし芋と色味の薄い豆のスープを持った少女が現れた。
「また怒られちゃった」
「チューチュー(あのクソババァ、早く死ねばいいのにな)」
唯一少女に訪れた奇跡、と言えるのはこの俺だ。人間の言葉を解する元ドブネズミ。一年前に町を出て、今はこの家に居候している。
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