エピローグ
二代目マザーからのお知らせです
暖かな日差しだった。
密閉された〈ドーム〉内では到底浴びることのない暖かな日の光。
風そよぐ草原の上で悠々と身体を横にして日差しを浴びていた。
優しくも厳しい地球。
その地球に住まう住人たち。
一度は人類の手で崩されるも長い歳月により地球自身が崩れた環境を再生させた。
もう二度と崩してはならない。
暖かな日差しの中、何度も頷いてしまう。
ふと影が射し、一〇代の少女が隣にいた。
少女は太陽と変わらぬ微笑みを浮かべ、手を差し出した。
ああ、こんな顔も出来るんだな、と差し伸べられた手を握り返す。
――Complete.
無機質な機械音声が響き、これが夢だと自覚した。
目覚めた時、記憶の齟齬はなかった。
あの時、自分は〈レト〉と相打ちになり、そして機能停止、いや死んだ。
重要なメモリを破壊され死んだはずだ。
目覚めれば、身体はカプセル型のベッドに収められ、半円状の蓋が開かれていた。
『おはようございます。ソウヤさん』
懐かしい声がした。
いや、懐かしく感じるもその声音に幼さはなかった。
天井から投射される光が一〇代後半の少女を形作る。
純白のワンピースに背中まで伸びた黒髪であるが、くりっとした瞳は変わらずとも成長したカグヤがそこにはいた。
「……か、カグヤ、なのか?」
『はい。カグヤです。待っていましたよ』
待っていた、の意味がソウヤには分からなかった。
『ずっとずっとあなたが目覚めるのを待っていたのですよ』
「おれ、確か死んだはずだよな?」
『確かに死を定義するなら、そうなりますが〈ロボ〉の残骸にあなたのデータが破損した形で奇跡的に残されていました。生身の人間で例えれば四肢損失の危篤状態だったわけです。後はサルベージして破損データの修復作業に移行。一部データが修復不可能でしたが〈地球のマザー〉が蓄積した検分データと〈シートン〉に保存された観測データを合わせて再修復。次いで実体をナノマシンで構築、そして先ほど、実体構築作業と意識定着作業が完了したという訳です。何分、初めての試みなので随分と時間がかかってしまいましたが、違和感や異常はありませんか?』
「い、いや、どこにも……」
生身と聞かされようとソウヤは実感が持てなかった。
手足を動かしても顔に触れても実感が沸かなかった。
生身と写身の違いとは何なのか、再度疑問に至ってしまった。
「それにずっと彼女はあなたが目覚めるのを待っていたのですよ?」
「彼女……――まさか!」
カグヤの視線先をソウヤが追えば、とあるカプセルに行き着いた。
半透明の上蓋から覗く顔立ちを忘れるはずがない。
「サクラ……」
カグヤと同じように成長しており、カグヤが『肉体年齢は一八ぐらいで、今のソウヤさんと同い年です』と捕捉する。
『あなたが目覚めるまでコールドスリープで待っていたんですよ』
「サクラが……」
『それとサクラから伝言です。目覚めたらぶん殴る。人に心配かけさせた罰よ。そのためだけにあんたを修復し生身の肉体を用意したんだから、と』
伝言を聞いた瞬間、ソウヤから笑いがこみ上げてきた。
殴られる理由ぐらい把握している。
怒っている。
怒っているからこそ殴る。
手痛いが根が素直ではない彼女なりの再会の祝砲だ。
『彼女を起しますか?』
「……頼む」
『わたしの計算ではソウヤさんが一〇〇%そう答えると予測していましたので、既に解凍作業を開始しています』
もう笑うしかなかった。
次いでサクラが目覚めた時にどのような言葉をかけようか迷っていた。
『ほら、もうすぐですよ』
チャンスは待ってくれるはずもなくカプセルの上蓋が開かれる。
中よりサクラの姿が露となり、ソウヤはゆっくりと歩を進めた。
さて、何から話そうかな、と頭を捻りながら。
カプセルより伸ばされた手を、そっとソウヤは握りしめた。
――彼女の手は柔らかく、そして温かった。
二代目マザー、カグヤからのお知らせです。
西暦六一三〇年一二月二二日、人類は再誕しました。
そして、西暦六二三〇年一一月二五日、ソウヤさんとサクラは再会しました。
――完――
人類の滅亡した地球で...... こうけん @koken
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