蹂躙。

 厳海湾げんかいわんの集落は、もっとひどいことになっていた。

 ひどいということなどないのかもしれなかった。これが、竜の力そのものなのである。

 大小、形、様々な竜が、空中から、地上の集落に向かい炎を吐き、人を切り裂き、人を食いあらし、蹂躙じゅうりん以外の言葉が見つからなかった。

 人々は、逃げ惑い、漁の道具のもりなどで、戦う者もいたが、闘いになるわけがないことは、竜騎士ドラグーンの襲撃を何度も目にしている現代の我々が一番良く知っている。

 現在の戦場いくさばにおける竜騎士ドラグーンの存在は、絶対である。

 竜騎士ドラグーンの数の大小で勝敗の大勢が決すると教える軍学が古い史文しぶんに限らずおおむねである。高等院こうとういんでも偉い将軍たちが従卒から、旗士見習い、総軍督候補そうぐんとくこうほにまで、そう教える。軍隊で所属が竜騎士隊ドラグーンズを外れたら、出世コースから外れたと思ったほうがよい。

 ましてや、竜騎士ドラグーンを持ち得ない軍隊など、女、子供が武器を持たずに戦場いくさばに出るようなものである。

 

 湾の集落が全滅したことは想像にかたくない。

ヘルム・ザ・バイト噛みつきヘルム>の話は、ここで、終わるものだと、私は、思っていた。

 が、続きがあった。


 湾が竜たちに襲われる中、英雄ドラグは、どうなったのか?、ドラグが島へ乗り込む前に犯した女ジャクインアはどうなったのか?。

 <ヘルム・ザ・バイト噛みつきヘルム>は、話を続けた。

 レイプされた直後、ジャクインアは、ショックのあまりほうけたようになり、股間を何度も何度も手で拭いながら集落を幽霊のように歩き、集落の外れまでやってきた。

 そして、陸に上げられひっくり返され、船艇を乾かしている一艘の猟船の中に入った。丁度そのころ、英雄ドラグが卵を持ち帰り、竜の襲来が始まっていた。ジャクインアはほうけたように、竜たちに蹂躙される、己の集落を見ていた。

 己が、あの善良なる"悲餓死ひがし"の<泣き叫ぶ岩面の原>を踏破してきた英雄ドラグに蹂躙されたのだ。

 たかが己の集落が竜に蹂躙されようと、悲しくもなんともない。

 驚くべきは、なんと、そのジャクインアの隠れている目の前に、竜の卵を抱えて逃げてきた英雄ドラグが現れたというのだ。

 史実というか、本当は、逆だろう。英雄ドラグが竜の卵を抱え這々の体で逃げているときに、ジャクインアの目の前にやってきてしまったのだろう。

 呆けた、ジャクインアは、笑いながら、英雄ドラグの前に現れた、丁度逃げ道をふさぐように。

「どこへ行かれる、わが夫君おっとぎみよ」

 ジャクインアは尋ねた。ジャクインアの視線の先では、竜による大量虐殺と蹂躙が行われている。人は物と同じように竜の吐く炎で焼かれ、人は五穀、果実や獣や魚のように竜に食われていく。

 英雄ドラグの視線は定まらず、表情が固まった。同じように、英雄ドラグの背中では、"悲餓死ひがし"の<泣き叫ぶ岩面の原>を踏破し行き倒れた英雄ドラグを助け介抱した住民たちが、人は物と同じように竜の吐く炎で焼かれ、人は五穀、果実や獣や魚のように竜に食われていく。

 竜を人にもたらした英雄ドラグは、ジャクインアに尋ねられ、恐怖のあまり、失禁し、下帯に隠していた、竜の卵を残りをたった二つだが、下帯から落としてしまった。

 しかし、岩だらけのオンリーバーズと違い、ここでは、下地が砂地で卵は割れなかった。

「わが夫君おっとぎみよ、一度ひとたびちぎわししはわが夫君おっとぎみの下帯から落ちた物は、残らずすべて我が物に違いあらねど」

 ジャクインアは、満面の笑みで嬉しそうにそういうと極彩色の美しい竜の卵二つを拾った。

 英雄ドラグは、ジャクインアに怯えるように背を向けると、集落の方へ老人のようにゆっくり、ゆっくり逃げ出した。竜より、自分が犯した女が怖かったらしい。

 竜が、ものすごく聡明で記憶がいよいことは、現在の我々なら一人残らず知っている。

 英雄ドラグが数歩、あゆんだところで、一匹の竜が、英雄ドラグの目の前に悠然と降り立つと思いっきり息を吸い込んだ後、特大の炎を英雄ドラグに向け吐いた。

 英雄ドラグは、炎に包まれ、火刑となった。立ったまま全身燃え焼け死んだ。そして一本の燃え続ける松明たいまつとなった。

 この松明は、不思議なことにこの厳海湾げんかいわんの集落が再建されるまで、何年間ものあいだ、燃え続けたそうだ。

 燃え続けた理由は、<ヘルム・ザ・バイト噛みつきヘルム>の話だとジャクインアが、この松明に鯨油を何年もかけ続けたからだそうだ。

 このジャクインアの拾った二つの卵は丁度オス・メスがいの組み合わせで、ここから人と竜の共生が始まる。竜は恐ろしい生き物だが、賢く幼い頃から育てれば、自分を人だと誤って認識するほど、人になつく。そして、我らが聖国には、竜に龍の字を当て神格化する高等院が推奨する宗派もあるほどだ。

 そして、先に私が、言及したように、竜が一匹残らず飛び立つと、オンリー・バーズは、住民が竜に蹂躙されている間に、轟音とともに海底に沈んだ。厳海湾げんかいわんは、今も人を寄せ付けない恐怖の海域、誰もここの海底を調べることなど出来ない。オンリーバーズが沈んだ理由など誰も知りようがない。

 湾の住人に伝わる、言い伝えでは、生き残りの海底に住む巨人族タイタンズが、オンリーバーズを海中に引き込んだことになっているが、これは、残念ながら私の専門外だ。

 

 私が、<ヘルム・ザ・バイト噛みつきヘルム>のもとから辞去しようとすると、<ヘルム・ザ・バイト噛みつきヘルム>はもぞもぞ、まだ話し足りなさそうにしていた。

「まだあるんですか?」

 わたしが、やんわりと訊くと。

「ジャクインアの氏名うじなを知りたくはないか」 

 そう言った。

「知ってますよ」

 私は、答えた。本当に知っていたからだ。"悲餓死ひがし"の<泣き叫ぶ岩面の原>を踏破し厳海湾を泳ぎきり竜の卵を盗んだ英雄ドラグのように縄でえられ吊り降ろされた切り立った岸壁の岩に風雪ふうせついや、おもは波か、で、削られ、その溝は浅くなっていようとも、しっかと古代ランリック文字で、刻まれていたからだ。

 ジャクインアの氏名うじなは、ブレイダス。

 ジャクインア・ブレイダス。

 そう、このすっとけた老人<ヘルム・ザ・バイト噛みつきヘルム>は、ジャクインアの子孫なのだ。

 しかし、この湾の住民の四割が、このブレイダス性だが。

 私は、遠路はるばる厳海湾から、高等院のある、聖都せいとフレンテルアノを目指した。

 もちろん、私は、英雄ではない、だから"悲餓死ひがし"の<泣き叫ぶ岩面の原>は避けてだが。

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