冒険。

 とある満月の夜。正確な月日はわからないが、前1044年のある日であることはまちがいない。

 ドラグは、今まで食事の量も控えめだったがその日の夕食を死ぬほど食らうと、湾で一番美しい女、ジャクインアの寝所へ向かった。ジャクインアは、美しい乳房と美しい尻も持っていたという。男が女の寝所へ行って行うことは一つだ。

 ドラグは今までの穏やかな男の仮面を脱ぎ捨てると、ジャクインアの父親と母親を殴りつけ昏倒させると、無理やりジャクインアを犯した。文字通り、"ジャクインアでいった"。

 そして、100ルードのスルルギのつたで編んだ縄を持つと約束を取り付けてあった、二人の湾の漁師を伴うと岸壁へ向かった。

 ドラグは、岸壁の上で下帯したおび一つになると(ジャクインアを犯したときから下帯をつければいいだけのはなしだった)躰にスルルギのつたの縄を巻きつけしっかり結えた。二度三度結び目を確かめた。

 そして縄の片一方の端は岸壁の上の一番大きな岩に結びつけた。

 ドラグは、二人の漁師に流暢な共通語で語りかけた。

「私に、帰り路分の泳ぐ力は残っていないだろう、二度縄を引っ張るのが合図だ、二人で思いっきり引っ張ってもらいたい」

 二人の漁師は同じように頷いた。

 そして、ドラグは、岸壁から、スワンより美しい、スワン・ダイブを行い、真っ暗な荒波がぜる厳海湾へ飛び込んだ。



 ドラグは、泳いだ。泳ぎに泳いだ。とにかく、泳いだ。それしかなかった。悲餓死ひがし"の<泣き叫ぶ岩面の原>も馬など使っていなかったし、道先案内人や地図さえ使わなかった。

 ただ、力の限り歩きに歩いただけだ、そして、力が尽きると倒れた、ただそれだけだ。

 今回も同じことだった。

 海流のことや、潮目について、一切知らなかったが、オンリー・バーズの方向だけは知っていた。

 息継いきつぎのたびに見えるからだ。

 オンリー・バーズは、そこにあった。ドラグはそこへ向かった。ただそれだけだ。

 しかし、高い波も、海流も、恐ろしい速さの潮も同時にそこにはあった。

 岸壁で佇む二人の漁師には、もう二度どころか、幾度も引っ張られる合図が来ていた。しかし、たった、70ルードの距離だ、ドラグがものすごい荒れた海の波濤の中、懸命に白波をあげて泳いでいるのも同じく見えていた。

 ドラグが泳ぐ、海流に流される、息継ぎをする、そこへ高波が襲いかかる。

 これは、ドラグとオンリー・バーズとの死闘だった。

 ドラグは荒波と海流によりジグザグを強いられていた。もうどちらのジグが波でどちらのザグが自分の泳ぎなのか、分からなかった。ただ一つ明白なのは、次のザグを逃すと、オンリー・バーズには辿り着けそうにないということだった。

 ドラグは苦戦していたが、前1044年から、岩に古代ランリック文字で刻まれ、<ヘルム・ザ・バイト噛みつきヘルム>によって語り継がれて来た男だけは、あった。

 この男は、やってのけた。

 幾度も流され、幾度も息継ぎをうやむやにされ、海水を飲み込みながらも、オンリー・バーズ近くの岩礁もどうにか避けて、到達した。この男はやってのけたのだ。

 おそらく、巨人族タイタンズ以外では始めてオンリー・バーズに触れた。そしてそのオンリー・バーズの岩を掴んだ。これは、ジャクインアを犯したことより偉大なことかもしれなかった。

 ドラグは躰をオンリー・バーズにあげると、暫く仰向けになり大きく口を開け、息をして休んだ。

 これは、自分の意志というより、必然だった。躰が悲鳴をあげていた。。"悲餓死ひがし"の<泣き叫ぶ岩面の原>踏破に比べれば、遥かに短い時間だったが、同様か、それ以上の疲労感があった。

 岸壁に居る二人の漁師は、縄の進み方が止まったことと朧げに見えるオンリー・バーズの岩肌に人らしきものが見えることで、ドラグが島についたことを知った。

 赤の他人で縄の番をしていただけだが、ふたりともどこか誇らしかった。また、この二人は、ジャクインアの件を知らなかった。



 ドラグは、疲労のあまり、数分意識を失っていた、それぐらいの疲労感があった。

このまま休めるなら、この島に住むのも悪くないとさえ思った。

 ドラグがうつらうつらしているときに、鳥がドラグの大きく広げた二の腕をつついた。いや、ついばんだのか?。

「痛い!」

 ドラグは、叫んだ。さすがオンリー・バーズと呼ばれることだけはある、鳥がいっぱいいるんだな、そうドラグが思い、目を開けると。


 そこには、竜が居た。


 最初は、大型のトカゲかと思ったが、ドラグを威嚇するようにシャァーっと吠えたときに、自身の体躯を大きく見せるためか、背中にある翼が一気に開いた。翼の全幅は竜の全長ぐらいあった、そして、鼻の孔からは、種火のような小さな炎が鼻息とともに、シューっと吹き出た。

 これで、ドラグは思い切り寝ていた躰を起こし、のけぞった。

 しかし、竜は思いの他、小さかった。ドラグを威嚇するため前足をあげ後ろ足だけで立ち上がったが、ドラグのひざ辺りまでしかなかった。

 これには、ドラグも笑いだしてしまった。

 ドラグは、グランドス大陸でこの竜より大きなオオトカゲをみたことがあった。村の僧侶の話だと、巨人族タイタンズの時代の前からの生き残りだそうだ。

「この程度か、竜とは」

 ドラグの笑い声は止まらなかった。


 一方、厳海湾の岸壁に立つ、二人の漁師は縄の放ち進み方が止まったことに安堵していたが、驚いたことに縄は、更にスルスルと進みだした。

 ドラグが動き出したらしい、もしくは、波か、もっと大きな力に引きづられているか、、。

 

 ドラグは、オンリ-・バーズの岩肌を昇りだした。オンリー・バーズは、丁度、ニキビの痕みたいな形をしていた、この岩を昇れば、厳海湾から全く見えない内側が見られる筈だ。

 岩は、ゴツゴツしていたそこを下帯だけでゆっくり身長に虫か、それこそトカゲか、ヤモリのように這って登った。

 岩肌は、想像以上にゴツゴツしていて、指先は切れ血が滲んだ。岩肌は、頂上に向かえば向かうほど急峻に、なった。

 そして、不思議なことに、夜の海を泳いで下帯一つなのにドラグは暑かった。

 ドラグは、手探りで、一歩、いや一掴みか、一掴みづつ登った。

「うん!?」

 片手が、あげてもなにも掴まなかった。頂上に着いたらしい。竜も大したことなければ、オンリーバーズの岩肌の登攀も大したことない。

 笑い出したいぐらいだ。

 ドラグは、両手のかいなをかけ、躰を腰のあたりまで、頂上に持ち上げた、これで、火山口の内部、オンリーバーズの内部が見えるはずだ。満月のはずなのに、どうもこの島は方角のせいか、くらくてよく見えなかった。

「中は、、」

 ドラグは、よく見ようと躰を伸ばすと、バランスを崩してしまった。

「おわっ、、、」

 ドラグは、頭から、火口の中に落ち込んでいってしまった。流石にドラグも焦った。

 うろこがあり極彩色ごくさいしょくでありながら透ける様に白いバリバリした薄い加工された石の破片の塊の場所に落ち込んだところで、ドラグは止まった。

 こんな石というか、鉱物なのだろうか、それとも、宝石なのか、とても美しい、、、。

 ドラグは、形容の出来ない、小さな白くて極彩色の破片の池に落ち込んだ感じだった。

 しかし、ここは、暑い。それも異様に暑い。内部には火山口があるかと思ったが、全然見当たらない。

 それより、卵だ。あんな小さな竜でも翼の生えたトカゲで竜には違いない。   

 どこかに巣があるはずだ。

 ドラグは腰をかがめ手探りで、探しだした。それより先に目が暗闇に慣れてきた。

「おおっ」

 ドラグは声を上げてしまった。これが大失敗だった。しかし、遅かれ早かれ結論は出ていたかもしれない。

 そこには、バリバリしたものが、きちんとした楕円形の球形をして立体として存在していた。

 とにかく壊れていなかった、いや正確には割れていなかった。

 そして、なにより美しかった、何かに色を例えることは不可能だった。それはドラグに学がないから表現できないのではなく、本当にこの世のものとは思えなかった。

 あのオオトカゲより小さい、ただ羽の生えているだけのトカゲの卵というより、物質として貴重で高価そうだった。なにより価値がありそうだった。

 極彩色は、見方と淡い月光のあたり方によって、色が変化した。そして、それは、透けていて白く、中には、なにか居た。

 また、立体物として巨人族が創ったなによりも、曲面のすべてがおそらくどんな女性の躰より滑らかで美しい曲線を描いていた。

 大きさは片手でどうにか、持てる程度。

 ドラグは、手当たり次第にその卵を掴むと下帯に入れ込んだ。といっても、三つか四つ掴んで入れたのは、二つか三つ。


 その時、火山の内火口が、せり上がった。暑いと思ったのは、おそらくこのせいだ。

 ドラグはそう思った。

 噴火が再び始まったのか?。見た感じはそうだった。

 ドラグは、噴火口をこんな近くで見ることも始めてだった。

 見惚みとれたとしてもしょうがないだろう。

 巨大な噴火口が、せり上がり、小さな二つの噴火口から白い蒸気がシューっとあがった。 その音に驚いて、ドラグは一つの竜の卵を落としてしまった。

 バリーン。

 卵は割れた、粉々に、割れたことにより、無理やり外に出された、中に居た、幼く、ひ弱で、弱々しい、生き物は、ぬめぬめし苦しそうにぜーぜーと喘いでいた。

 そして、その生き物は、その大きさから信じられないほどの大きな声で鳴き叫び、一緒に炎を吐いた。

「ギェエエエエエエエエエエエエエエエエエエ」

 これが、きっかけだった。

 噴火口は、恐ろしいほど高く大きくせり上がった。

 そして、噴火口は、ぱかっと大きく裂け、耳をつんざくような咆哮とともに、ドラグがみたことのないような炎を真上に拭き上げた

「ギグェエエエエエエエエエエエエエエエエエ」

 その炎もあかりで辺りが見えた、そこには、より集まった巨大な竜たちが幾数十匹も居た。

 せり上がった、火口は、人の背丈三人分ぐらいは、あった。しかし、それは、全身ではなかった、ただの頭だけだった。

 もちろん火を吹けど、火口なんかではなかった。そのことは、もうドラグにもわかっていた。


 竜だ。いや、竜たちだ。

 それも、かなり怒っているようだ。

 

 一つは、落として割ってしまったが、ドラグはまだ、三つか二つ卵を下帯や手に持っていた。

 回れ右をすると、火山のふちを急いで両手を使い駆け出し昇りだした。

 ドラグは腰を抜かし、四つん這いだった。丁度竜のように。

 岩だと思って掴んだ大岩は、中ぐらいの竜だった。竜は首をもたげドラグのほうを見ると、

「ギグェエエエエエエエエエエエエエエエエエ」

 咆哮をあげた。

 あまりの咆哮の凄さに耳を塞いだため、ドラグはまた一つ卵を落とした。

 しょうがなかった、火口のふちをもう一度昇るためには両手が必要だ。ドラグは、縁に手をかけ躰を必死であげた。そのころには、ドラグの後ろ、火口内部では竜たちの咆哮だけでなく、翼をはためかせる音や、うろこが擦れ合う音まで聞こえていた。

 ドラグは、下帯の中の卵の位置を若干気にしながら、お尻を下にして、火山外輪の外側を海に向かって滑り降りた。降りたというより、転げ落ちたというほうが正確かもしれない。

 丁度、最初に出会った、小さな膝の大きさ程度の竜のところに戻ってきてしまった。これも、当然だろう。

 しかし、さっきと状況が大きく異なっていた。小さな竜でも飛び上がっており、ドラグに対して炎を吹いた、ドラグは咄嗟に避けたが、右の眉毛と右側の頭髪の一部と右手で顔を覆った為、右手の下腕をやや焦がして火傷を負った。

 しかし、所詮小さい竜なので、羽ばたこうと羽をすばめた瞬間に顔をかばってあげた右手の裏拳で竜の頭部を思い切り打ち付けた。

「どけっ」

 ドラグも叫んだ。

 殴られた小さな竜は、地上にはたき落とされると、これまた、信じられないほどの大きさの叫び声をあげた

「ギェエエエエエエエエエエエエエエエエエエ」

 どの竜も叫び声だけは、恐ろしく大きい。

「馬鹿っ」

 ドラグが、後ろを振り向くと、巨大な竜が火口から飛び上がり全身を晒そうとしていた。 ドラグは、はたき落とされた小さな竜の頭を踏みつけて、起きあがったり飛び上がれないようにすると、躰にえつけた、スルルギのつたの縄を狂ったように引っ張った。

 泳いで戻るのなんて到底ムリだ。

 頭を踏みつけられているのに、竜は、大声で叫び声をあげ続けた。

「ギェエエエエエエエエエエエエエエエエエエ」 

 叫び声で仲間に位置を教えているのは、一目瞭然だ。先に飛び上がったらしき、中位の竜がドラグめがけて、口を大きく開き急降下を仕掛けてきた。

 何度も何度も縄を引っ張ると、

 岸壁の二人から返事らしき、"アタリ"がスルルギのつたの縄を通して帰ってきた。

 と、思ったら、 

 ドラグは、縄に引っ張られて、空中に飛んでいた。中位ちゅうぐらいの竜とは、ギリギリのスレ違いだった、ドラグはそのまま、厳海湾の海へ落ちた。

 

 海中でドラグがしていたことは、下帯に入れ込んだ卵をどうにか落とさないように気をつけることと、何度か、必死に息継ぎのために顔を水上に両手を必死にかいてあげて息をすること。

 ドラグは、屈強な漁師二人を選んでいた。

 ドラグは、釣り上げられた魚のように、白波をあげて垂直の切り立った岩の岸壁に向かって、引き上げられていった。

 しかし、その前に、岩礁地帯が、ドラグを待っていた。

 ドラグは、避けることは無理なので、必死に躰を丸め、手と足で防御の姿勢をとったが、一つの岩に左手で守っているところにぶち当たった。ドラグは、声にならない悲鳴を海中であげた。痛みが、左手から、全身を駆け巡る。

 左手は骨折したか!?。

 そのせいで、ドラグはやや減速したものの、今度は、切り立った垂直を引きづられながら、文字通り、魚のように釣り上げられていった。

 卵だけは、守らねばならぬ、、、なんとしても、。ドラグは生きて歩くかごだった。

 ドラグは、つり上がった。そして、ドラグの厳海湾での冒険は終わった。

 が、竜の怒りは修まっていないし、この湾の悲劇はたった今、始まったばかりだった。

 岸壁にあがった、ドラグの血まみれの悲惨な姿に二人の漁師は、凍りついた。

 が、そんなもの所詮他人の痛みだった。もっとひどい事が二人の漁師を待っていた。

 漁師は、魚やサメへの対処法は知っていても竜への対処法は、全く知らなかった。

 湾のたった一人の辺境にはべる僧侶は、もう竜など巨人族タイタンズの時代の前に滅んだと住人に教えていた。

 これも、無理からぬ事で、今でこそ、竜騎士ドラグーンは当たり前になり空を騎士を乗せ人にぎょされ飛んでいるが、このころには、人の前には、一匹も竜は居なかったのである。

 竜は老人や親が子供を驚かしたり、叱りつけたりするときの言葉の中にしかいなかった。

 ただ単なる叱りつけるときの単語だったのだ。

 それが、大小様々色先数、形も無数に島から飛び上がり、厳海湾に来襲していた。

 ドラグを引き上げた凍りついた二人の漁師がまず犠牲になった。

 ドラグを襲う為、オンリーバーズの外周部で急降下した中型の竜がその急降下した速度をかし、湾をドラグに負けないぐらいの高速で渡りきると、岸壁をドラグの後、数秒後の地点から舞上がり、二人の漁師の目の前に現れた。

 竜は天性の殺し屋でもあった。これは、今戦争の兵器を担っている竜騎士ドラグーンを見てもらえば、簡単に理解できる。

 うずくまっているドラグを無視し、二人のうち、右の漁師を翼をはためかすときに翼についた第二のとげで全身を斜めに切り裂いた。逆に鮮やかに切り裂きすぎてあまり出血しなかったほどだ。

 そして、頭は、左の漁師の上半身をすっぽりとくわえると、漁師の躰を上下で二つにちぎり、下の部分は、引きちぎりながら、湾へ落とし、上の部分は食べてしまった。

 竜はそのまま、一羽ばたきで再び上空へ。

 右の漁師の返り血はドラグが全身で浴びることに成った。

 目の前で助けてくれた、二人の漁師を殺された、ドラグは人に竜をもたらした英雄といえども、ほうけたようになり、座り込み、立てなかった。

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