第4話 ライカの素性

 ライカの案内の下、圭介たちは演劇部の備品管理室に移動していた。

 衣装や小道具などが段ボールに入ってあちこちに置いてあったが、意外なことに散らかっているという印象はなく、むしろ物が多い割には片付いている方だった。

 その中に入り、てき適当に見つけた折り畳み式の机とパイプ椅子を組み立て、ライカ一人と、その向かいに圭介と雀が座る。

 ライカによると、演劇部の部員らとかなり仲が良く、話をしたところ快く部屋を貸してくれたとのこと。

 その中で今、ライカが圭介たちに相談事をしていたのだが

 「えっと、悪いけどもう一回言ってくれないか?」

 圭介の要求に、向かいに座るライカが表情を崩さずに答える。

 「完全自立思考搭載半自動動力供給言動理解可能型魔導傀儡人形ッス」

 ダメだ何回聞いても覚えられる気がしない。

 「メンドイからオートマタでいいッスよ?」

 「よし、そうする」

 ライカからの申し出を即採用。素晴らしきかなカタカナ表記。

 「んで、お前の作ったそのオートマタがどうしたって?」

 ズズッと音を立てて目の前のお茶を啜りながら尋ねる。

 「いやー、実は目を離した隙にどっか行っちゃったみたいなんスよ」

 同じくズルズル音を立ててお茶を飲みながら答える。

 「困った困ったー」などと言いつつ全く困っていないように見えるライカを前に、圭介は微量な不信感を覚えつつあった。

 「どこかに行ったってことは、場所とかは分からなかったの?」

 雀も二人同様、お茶を飲もうとして

 「熱!」やめておいた。

 「それが出来上がった翌日の出来事で、GPS機能とかそういうのつける前に出て行かれたもんだから、わたしとしても全く所在不明の音信不通状態なんスよ」

 やれやれと大げさに肩を竦めて見せる。

 「完成前にそれくらい付けておいてくれよ」

 「女の子いじめるの反対ッスー」

 講義は試みるが適当に躱されてしまう。

 「まぁそんな訳で、いなくなったわたしの娘を探すために、鑑定士クンのお力をチョコーっとお借りしたいッスよ」

 「圭介……」

 雀が話に入ってきた。

 圭介とライカが同時に雀のほうを向くと、ふーふーチビチビと、熱いお茶を猫舌で味わいながらライカをしっかり見据える雀と目が合った。

 「鑑定士じゃなくて、圭介って呼んで」

 一瞬の沈黙。

 それからふぅ、という圭介の吐息とフッというライカの苦笑が混ざった。

 雀はキョトンとして「何か変なこと言った?」と首を傾げる。

 雀の問いに、今度は苦笑する圭介と、ニヤニヤと下卑た笑いを張り付けたライカが同時に雀を見つめる。

 「いやー、あんたたちが気持ち悪いくらい仲いいなーと思っただけッスよー」

 先に言葉を発したライカは、ニヤけ面を雀と圭介に交互に送る。

 圭介もまた、廊下で初めてライカに会った時、雀のことを名前で呼ぶように言ったことを思い出して苦笑を返すのみだ。

 「ハイハイ、んじゃあそんなラブラブなお二人さんに免じて、これからは二人とも名前で呼ばせてもらうッスよ」

 いまだニヤニヤと笑いながら、両手を挙げて降参のポーズをとりながら宣言。

 「とりあえず話を戻そうか。雀もそれでいいだろ?」

 圭介が言うと、雀もこくりと頷く。

 「おうおうイチャラブしてるッスねー」

 とライカが横やりを入れてきたところで、部室の扉が開き先ほど図書室に圭介たちを迎えに来た方のライカが入ってきた。

 こちらの方は先ほど説明を受けたとおり「オートマタ」である。

 圭介は能力的に気づいていたが他人の目があったためあえて黙ったままここまでついてきた。

 「ライカちゃん人形一号ッス」

 何号まであるのだろうか。という疑問を頭の隅に追いやり、ライカちゃん人形のほうを見ると、急須とポットを乗せたお盆を両手に抱えている。

 お茶のお替わりを用意してくれたらしい。

 ライカと圭介の空になった湯呑みにお茶を注ぎ、雀はようやく半分になったぬるめの茶を死守したところで部室を出て行った。

 「そういえば、何で人形の方で図書室に来たの?」

 雀がこれまで誰も口にしなかった疑問を口にするが、

 「多分、俺の能力を確かめたかったんだと思う。廊下で会った時もそんな感じだったし」

 初めて圭介とライカが会った時、雀の能力を確認するために無言で廊下にもたれかかり圭介が声を掛けるのを待っていたのだろう。

 あの時無視していたらどうなっていたのだろうか。

 「よくお分かりッスね? 何スか、それも鑑定眼力みたいのでわかっちゃうんスか?」

 「いや、なんとなくそんな気がしたんだ」

 と、気のない風に返しておく。

 隣で雀も「なるほど」と頷く。

 「なあライカ、一応確認しておきたいんだが、お前の能力は人形を操ることか?」

 「ありゃりゃ、何すか? 能職で呼ばないって決めた先に、いきなり能職の確認ッスか?」

 圭介の質問に軽口で返すが、まじめに聞いていることは伝わっている。

 やれやれと肩を竦めながらライカがもう一度口を開く。

 「わたしの能力は人形を作って操るってのが正解ッス。自分で作った人形以外はピクリとも動かせないッスよ」

 新しく淹れられたお茶を飲みながら自分の能力について大雑把に語るライカを前に、雀はライカの能職について「人形使い」というものを思い浮かべたが、すぐに思考から外す。

 そんなファンタジーな名前はまずありえない。

 「奇術師か?」

 考えてる雀の隣で圭介が先に口を開く。

 「まぁ、当たらずも遠からずってところッスかね。パペットマスターとか人形使いとかじゃないだけ、まだ能職についてはかなり認識ある方ッスね?」

 「そんな能職あるかよ」

 ライカの発言に、雀と圭介が同時に苦笑した。

 そもそも能職とは、自分の持っている能力を現実の職業に見立てて、最も近い職業名をつけられる「能力によって区分された職業名」のことである。

 今話に出てきた人形使いやパペットマスターは勿論、魔法使いや天使など、ゲームや漫画ではおなじみの職業や種族は能職の名前に使われない。

 「私は造形士ッス」

 お茶を飲み干し、一つ息を吐いてからライカが能職名を語る。

 キョトン、と雀が首を傾げる。

 「造形士って、フィギュアとかプラモデルとかの?」

 「そうッスよ。意外だったッスか?」

 質問に質問で返されたが、雀は首を振って否定する。

 「ここにいるみんな、そんな感じだし……」

 と言って圭介とライカを見た後、自分を見る手段がないのでとりあえず胸に手を当てて存在アピールだけしておく。

 鑑定士、伝達人、造形士。

 そんな名前を付けられたが、だからと言ってそれに見合った能力も才能もあるわけではない。あくまでも名付けられただけのものだ。

 「結局、能力と職業なんてかみ合わないんだ」

 自嘲気味に笑いながら圭介が吐き捨てる。

 そんな圭介の手を静かに雀が握った。

 ――人形探し、手伝ってあげよう?

 雀の思考が流れ込んでくる。

 見たものの素材が分かる。

 能職を持ちながら、結局あまり役に立たない自分の能力に若干のコンプレックスを持っていた圭介にとって、それでも全くの無力ではないことを認識できるこの機会は、ある意味圭介自身にとっても救いなのかもしれない。

 顔を向けると、いつもの笑顔で雀が迎えてくれる。

 「……わかった」

 雀の顔がパァっと明るくなり、ライカが「ん? なにが分かったんスか?」と首を傾げる。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

能力と職業はかみ合わない 岩木翔太 @samana

★で称える

この小説が面白かったら★をつけてください。おすすめレビューも書けます。

フォローしてこの作品の続きを読もう

この小説のおすすめレビューを見る

この小説のタグ