第3話 図書室にて

 結局のところライカとはそれ以上の話はなかった。

 「じゃ、わたしも部活あるんで、まあ、雀ッチとは別でバレー部っすけど」

 だそうだ。

 どちらにせよ雀の部活終了までは話はできないため、断る理由なく彼女を見送った。相手も顔合わせだけ簡単にしておきたかったのだろう。

 手持無沙汰になった圭介は、本来の目的に従い、図書室へと足を運ぶ。

 飲食禁止というルールを除けば、なんだかんだで居心地がいいのだ。

 図書室に入ると受付の図書委員の女子が読んでいた本を膝の上に置き、軽く一礼してくれた。

 「?」と思ったが制服のリボンの色が黄色だったのを確認、一年生だ。

 二年生である圭介は軽く手を挙げて「ども」と先輩気取りしてみる。

 とりあえず奥へ移動、テキトーな席に座りやりたくない明日の小テストの勉強でもとノートと筆箱をカバンから取り出す。

 30分は稼ごう、と低い目標を設定。

 ……10分後、目標は達成されないまま勉強を早々に切り上げた。

 「飽きた、もういいや」

 と言い残し、勉強道具をカバンにしまい込んでそこら辺の本棚で面白そうな本を物色。

 「マンガで分かる歴史の本」なるものを取り出しマンガのところだけを読む。

 うん、面白くない。でもいいや暇つぶしにはなるだろうと元の席に戻って読みふける……


 夕日が差し込んでいる。

 いつの間にか寝ていたらしい圭介はその朱色によって覚醒した。

 「ふぁー」と大きく伸びと欠伸、とりあえず目覚めの気持ちよさを味わいながら、どれくらい寝ていただろうと図書室内の壁掛け時計確認のため首を横に向ける。

 ……雀と目が合った。

 一瞬の沈黙の後、すぐに時間を確認。6時30分を少し過ぎたころだ。

 「えと……いつからいた?」主語のない質問。

 「んー? 5分くらい前かな?」

 少し考えるしぐさを見せてから答える。

 どうやらそれほど待たせてはいなかったことを知り、少し安心する。

 「ごめん、寝てた」

 と、一応形だけでも謝ってはおくのだが。

 「いいよ別に、暇ではなかったし」

 などと言って雀は手元の「マンガで分かる歴史の本」を閉じて圭介に差し出す。

 どうやら圭介が寝ている間にひったくっていたらしい。

 「おぅ」と本を受け取ったところで雀が軽く笑う。

 相変わらずの笑顔である。

 「ライカちゃん、遅いね?」

 と、先ほどの依頼人について話題を振ってきた。

 「まだ部活中なんだろ?」

 と返すと、雀が不思議そうに首を傾げる。

 「どうかしたか?」

 「圭介、ライカちゃんと会ってたの?」

 そういえば、と思う。

 放課後に別れる前にもらった情報にはライカが部活に入っていることは含まれていなかった。

 「お前と別れた後に会ったんだよ。能力が本物か確かめたかったんじゃないのか?」

 「ふーん」

 などと、訊いておきながらあまり興味のなさそうな返事を返してくる。

 「ま、ならいっか」

 いったい何がいいのか。聞き返そうとしたがやめておくことにする。

 雀が何を考えているのかいまいちよく分らない表情をしていたためだ。

 こういう時は何か深いことを考えているのではなく、特に何も考えていないのだということを、圭介は知っていた。

 聞くだけ無駄になる。

 などと考えているうちに、雀は既にカバンから取り出したポッキーにかじりついている。

 「……食べる?」

 圭介の視線に気づき、袋から取り出した一本を向けてきた。

 「ここは飲食禁止なんだけどな……」

 などと軽く正論をぶつけてみたが、やはりというか、雀は笑って返してきた。

 「うん、だから共犯がほしい」

 だろうと思った。

 「……もらう」

 誘惑に負けて寝起きの糖分補給を決め、雀が向けていた一本を指でつまみ、口に含んだその瞬間

 図書室の引き戸がガラガラガシャン! とけたたましい音を立てて全開まで開かれる。

 それをやった張本人であろうショートカットのツインテール娘は廊下側から笑顔で片手をあげながらズカズカと図書室内に入ってくる。

 「いやー、わりわり先輩がメッチャ気合入っちゃったみたいでなっかなか帰してもらえなかったッスよー」

 と、ドアの騒音にも負けないほどの元気な音量で全く悪びれていない謝罪を繰り出したのは、誰であろう沢渡ライカである。

 「あ、あの、図書室内ではお静かにお願いします……」

 先ほどの図書委員の女子が先輩であるライカに弱弱しい声で抗議する。

 うん、よく頑張った。と、圭介は内心で受付ちゃん(勝手に名付けた)を称賛しておいた。

 対するライカは笑いながら後ろ頭を掻き、

 「あー、わりっすね。まぁ見た感じわたし以外にお客さん三人しかいないみたいだしセーフっつーことで」

 と言ってきたので受付ちゃんも「は、はぁ……」と勢いで押し黙ってしまう。

 圭介は図書室内を軽く見回してみたが、いるのは圭介自身と雀と受付ちゃん……。

 一人はお客さんじゃなく仕事をしている人なのだが、関係なくカウントされてしまったらしい。

 雑だなーと思っていると、ライカが圭介たちに向き直り、少し思案顔になった後、

 「あ、あー、あーあーそういう事ッスか」

 と、何か納得したように手をたたく。

 「何か?」

 圭介が尋ねると、ライカはニヤニヤと笑いながら

 「いやー? 圭介ッチは可愛い女の子に囲まれて幸せだなーとね」

 などと言ってきた。

 それを聞いた雀は「そういうんじゃないんだけど」といつものセリフを呟いて軽く笑い、受付ちゃんはキョトンとしてしまう。

 「はぁ、もういいや、とりあえず行こう」

 と、ため息交じりに話の進行と場所の移動を勧める圭介に「うん、そうだね」「了解ッス」と二人が図書室をあとにする。

 そして図書室を出る直前、ライカが後ろをついてくる圭介たちの方向に振り返り、少しだけ目を細め微笑を浮かべる。

 「あと、ココでは飲食禁止ッスよ?」

 圭介と雀は、互いに顔を見合わせて「あはは、」と苦笑いを返すのみだった。

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