番外編SS

かぼちゃづくし

 まないたの上の大きな南瓜を前に腕を組む。

 昼過ぎのこと、姉さんが仕事へ行こうとしていたところに千夏が持ってきた。おじさんが職場からもらってきたもので、千夏の家にもあと三つあるという。かぼちゃの煮物が苦手な千夏はすでにげっそりとしていた。うちもこれがすべて煮物になると考えると他人事とは思えない。嫌いではないけれど、たくさん頬張るものでもない。

 そんな思いが顔に出たのか、出しなに姉さんが言った。

「ねえ春彦、わたしかぼちゃプリンが食べたい」

 とびきりの営業スマイルを向けられ、ぼくは思わず返す言葉を見失った。そのすきに姉さんは電車に遅れるからと慌ただしく出ていってしまう。

「春彦あんた、かぼちゃプリンなんてかわいいもの作ったことあるの?」

「……いや、ない」

 かろうじてそう答えると、千夏は同情と笑いの混じった目で肩を叩いて帰っていった。それからかれこれ三十分、立派な南瓜を見つめている。

 何度か食べたことはあるけれど、作ったことはない。カスタードプリンにただかぼちゃが入っているだけのように思うが確信がない。家にはレシピ本のたぐいがないので調べることもできない。ないないづくしでため息が出る。

「なんだ昼間からため息なんかついて」

 いつのまにか隣に立っていた義兄さんが小さく笑う。

「それがさ……」

「聞こえてたよ、かぼちゃプリンだって?」

 義兄さんは手際よく煎茶をいれながらぼくを見やる。眼鏡の奥の涼しげな目がいたずらっぽくきらきらしている。ぼくの困った顔を見て楽しんでいるのだ。

「義兄さん作ったことある?」

「いいや。でも作り方の見当ならつくよ」

「ほんとに?」

「むかし、お義母さんが作ってくれたから」

「まじで!」

 ぼくは義兄さんに向かって手を合わせて頭を下げる。

「お願い、手伝って。このとおり!」

 義兄さんはしばらく黙っていたけれど、前髪のあいだからちらりと見あげると妙にふんわりと微笑んでいた。

「いいよ」

 義兄さんの記憶に従い、カスタードプリンを作る工程に裏ごしした南瓜を混ぜることにした。水っぽくならないよう南瓜はアルミホイルに巻いてオーブンで火を通す。そのあいだに牛乳をあたためて砂糖を溶かしベースをこしらえる。

 小気味よい音をたてながら卵をとく義兄さんはふと思い出したように、それにしてもと苦笑まじりに呟いた。

「作れない無理って言わないところが春彦らしいね」

「言うまもなく言い逃げされたらどうしようもないよ」

「追いかけていくことはできたろうに」

 そう言われれば否定はできない。けれど姉さんにあんなふうにねだられて断るすべなんて、ぼくにはなかった。

「ばかだって思うんでしょ」

 乾いた笑いを洩らしながら言い捨てると、驚いたように義兄さんがこちらを見た。ぼくも驚いて目をしばたかせていると、義兄さんは苦々しいような、懐かしがるような、ひどくいとおしむような歪みを片方の頬に浮かべて目を細めた。

「まさか。それは春彦の美徳だよ」

 ときおり義兄さんは言葉と表情がちぐはぐになる。そういうときは決まって最後にとてもひりひりと悲しそうな目をするのだった。だからぼくはそれ以上その話には触れないようにする。

 そういえば義兄さんはさっきお義母さんがかぼちゃプリンを作ってくれたと言っていた。お義母さん――つまりぼくの母が作ったのなら、きっと姉さんも食べたのだろう。そのときのことを聞いてみたかったけれど言葉は重く、やがて喉の奥のほうへと沈んでいった。

 裏ごしした南瓜を混ぜると淡いクリーム色が一気に色づいた。大きめの耐熱皿に流し込んでオーブンで蒸し焼きにする。流し台の片付けが終わるころには部屋には自然な甘みが持つやさしい香りが漂っていた。

 時計の針が四時をさす。そろそろ夕飯の支度をはじめるころだ。ぼくは大きく伸びをしながら義兄さんにたずねた。

「ねえ、今日はなに食べる?」

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

春と食卓 望月あん @border-sky

★で称える

この小説が面白かったら★をつけてください。おすすめレビューも書けます。

フォローしてこの作品の続きを読もう

この小説のおすすめレビューを見る

この小説のタグ