じいちゃんの店

「こりゃぁ若い子の料理だねぇ!へいちゃんはやらなそうだ」

「でも、継衛つぐえが好みそうな感じでもないわねぇ」


 そう、私が元々、メインにいくつもの小鉢をつけることはしない。大皿にメインを盛り付け、みんながこぞって手を伸ばす光景が好きだからだ。


「この小鉢の中身…こりゃあつけダレか」


 吟味した祖父がそのうちのひとつを持ち上げてにおいを確かめる。


「ん!?梅干しか!」

「餃子に梅干しっ?」


 微妙な表情の山原さんをよそに、祖父は右口角をくっとあげた。


「小鉢の正体はそれぞれ餃子のつけダレ。上から順に、ラー油胡麻ダレ、梅生姜ダレ、味噌柚子ダレなの。好きなもので食べてね」


 すかさず祖父が餃子を掴み、梅生姜ダレにつけ頬張る。


「すごいな、梅が強いとばかり思っていたが、刻んだ大葉に醤油ベースがよく絡む!さっぱりした食べ心地が旨味を引き立てる」


 はあ、ともったいなさそうに息をもらす祖父を見て、我慢ならんとばかりに二人も箸を伸ばす。


「んっ!口にいれると、小籠包を食べたみたいにタレが溢れてくる!」


 いったいどんな仕掛けが?と見る山原さんに、種明かしをする。


「なかに、ゼリー状の和風だしを入れたんです。昆布やかつおをベースにしたことで、和風なタレにもよく合うでしょう?」


 すると今度は祖母が声をあげる。


「味噌柚子ダレもいいわね、香りがたつし、お味噌ってとってもあうのねぇ」

「神戸の方じゃ味噌ダレが主流だなんてところがあるらしいが、たしかにこの辺じゃ珍しいな」


 そこに柚子をいれることで和風に仕上げた甘口ダレは、醤油ベースと違って餃子にぐっと乗り、口の中でとけだす。


「溢れる肉汁、ダシ、それらを調和し、新しい味わいを感じさせる特徴的なタレ…こりゃぁしてやられたもんだ」


 祖母、山原さんが頷き、微笑みあう。


「すこし言いづらいんだが…」


 祖父は顎をさわりつつ重たげに口を開いた。しばしの沈黙に、隣からはやくはやくとつつかれ、しかたなさそうに箸をおいた。


「お前の料理は面白い。年寄りのおれにゃあ、とても思い付かん代物しろもんだ………今回のことで痛感したよ、体が無くちゃ何にもできねぇ。そしてその原因がこの店なら、引退だって考えなきゃならん」


 山原さんも祖母も口元は微笑んでいるがうつむきがちだ。


「でもお前の姿を見て、このメシを食って、任せてもいいって思った。おれが逃がしてきた客も多く入るだろう…」


継衛つぐえ


 私はよほどひどい顔でもしていたのだろうか、祖母が心配そうに見つめている。私の頬にはいつの間にか滴が伝っていた。


「じいちゃん、わたし…」


 祖父は黙っていた。でもその真意が、言葉の続きがなんなのか、私にはわかる。


くうにはいろんな酒飲みがやってくる。飲んだくれや、すこし引っ掻けたい人や、常連さん……いろんな経験をした、楽しい」


継衛つぐえ…」


「でも!」


 ばんっとカウンターを叩いて、祖父ばりにしたり顔で右口角をあげてやる。


「じいちゃんの店なんて、ぜーーーーったい!継がない!」


「はあ!?おまっ…おれだってこんが…っバカ孫に!やるなんて1っ度もゆうてねぇねっかや!」


「そういう空気を察してますー!」


 餃子の乗ったカウンター、厨房と客席の離れた近いその距離でいがみ合う私たちを尻目に、山原さんと祖母は乾杯していた。


 きっと祖父の言葉が本音であることはわかってる。認めてくれた。憧れの人に。嬉しくないはずがない。だからこそ、


「じいちゃんが店をやらなきゃ。私は、それを越えるから」


 あなたの店はけして継げない。


 祖父の怒鳴り声の向こう側、合わさったグラスの隙間から、「よかった」と聞こえた。私をけなす意味でなく、祖父のこれからの健勝を祈るものだと、誰でもわかる。


 唸りをあげた引き戸の向こう、のれんの隙間から提灯の明かりがのぞく。照らされたものに、大きな掛け声が揃った。


「いらっしゃいませ!」

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ニートは今日から店長になります わたなべひとひら @eigou

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