継衛流・おもてなし餃子

『ホームに列車が入ります、到着いたしますのは、17時2分発、○○行きです、お忘れものにご注意ください』


 耳慣れたアナウンスを、より丁寧に読み上げた低音は、聞きなれないダンディなものだった。


 提灯にあかりを点し、のれんを提げれば、今日もくうの営業が始まる。


 早々にやって来た山原さんにお通しの豆板醤トウバンジャン漬けを出して二人を待つ。予定ではあと30分ほどで戻るはずだ。


 私は料理の準備をする。今日のメニューはサプライズ、私なりに考えた、『お客様』の祖父母を迎えるための一皿なのだ。


「先に酒を飲むのは行儀がわぁれかや」

「ふふ、少しならわからないんじゃないですか?」


 したり顔の私たちを見ていたかのように、タイミングよく引き戸が大きく唸った。


「おお~、久しぶりの店らねっか!」




 *




「で、兵ちゃんお土産は?」

「なんでぇ、おれがいるだけで最高の土産だろうがよ」


 がははははっと笑い飛ばすと、店内は鮮やかさを取り戻す。私が繋いでいた色が、祖父の笑い声で新鮮に塗り直されるよう。


「ばあちゃんも座って、私するから!長旅だったし」

「そーぉかい?じゃぁ私も久しぶりにいこうかね!」


 手酌を呷るような仕草をして、山原さんの隣に祖父母が揃って腰を据えた。一杯目は日本酒というのは山原さんの決まりで、祖父母もそれに乗った。


「じゃぁつぐちゃん、ふたりに出してやってよ!」

「ほーお、継衛つぐえの料理かぁ、楽しみだなぁ?」


 ニヤニヤとする祖父を尻目に、私は冷蔵庫から餡を取り出した。カウンター越しに祖父母が見つめる。


「あら、餃子のタネ?」


 そう、これは餃子の餡…でも祖父母が作る餡とは少し違うものだ。


 そしてこれを皮に包んでいく。中央に餡をのせ、周囲に水をつけたら、なるべく空気を抜いてヒダをつくる。


「おいおいつぐちゃん!ヒダがあんまり少なくねぇか?たったの二つって!」

「個性的な見た目だな。いわゆる一般的な餃子よりも四角い印象だ」


 そう、餃子はヒダが多ければ絶対美味しくなるわけではない。いかに空気を抜けるかが重要なのだ。


 鍋に油をしき、粉をすこし払った餃子を並べ、火をつける。底に焼き色がつくまで待ち、お湯を餃子の半分ほどまで注ぎ、蓋をして蒸し焼きにする。


「このあたりは兵ちゃんと同じような感じなんじゃねぇか?」

「そうねぇ、見覚えのあるごく一般的な手順ね」


 数分して皮が透明になってきたら、蓋を取り残りの水分を蒸発させる。


 ジュウジュウジュワジュウ


 繊細な、でも強い焼ける音が聴覚を刺激する。そこにおいしいものがあると本能的に思わせる。


 そして鍋肌に胡麻油を回し、ジュワアアア!と芳ばしさを解放!餃子をパリッと仕上げる大事な手順だ。


 もちろん焼き目を上にして、そのきつね色に視覚も支配されたところで、カウンター越しに餃子を差し出す。


 真っ白な丸皿に並べられた餃子、その横には5センチほどの小さな小鉢が3つ。山原さんが喉をならす。


「お待たせしました、継衛つぐえ流おもてなし餃子です!」

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