身勝手で美しくて残酷な、〝運命の赤い棘〟

この物語は、「とても良くできたライトノベル」であり「ジュブナイル」です。主人公の少年は、世界の裏側で戦いを繰り広げる特殊能力者の少女と出会い、青春の時を過ごします。
 世界観設定はよく作り込まれており、普通に商業誌で見れそうなほど。
 そんなしっかりした世界を舞台に、「もし、バトルラノベの主人公が、ただの凡人だったなら?」という仮定を緻密にシミュレートしたら、このような物語になるのではないでしょうか。

 そう、作品紹介では「無力な少年」と書かれている主人公ですが、彼は無力ですらない、悲しいほど「普通」の人間です。時折主人公らしい活躍や前のめりな姿勢も見せますが、それが時として事態を悪化させます。
 リアルに生きるごくごく普通の人間が、彼と同じ立場に置かれた、そんな行動を取るのも致し方ない。それは分かります。分かりますが、物語の主人公であり、ヒロインの隣にいる唯一の人物である彼が、そのようなどうしようもない凡人のままなのが、とても辛い。

 言ってみれば、主人公の凡庸さは、ある意味読者の反映そのものでもあるかもしれません。最終話の彼の選択も、自分だったら、同じような選択を取ってしまうでしょう。
 それでも、その凡庸の殻を破る行動を、私たちは普段フィクションの世界に求めている。
 この作品が凄いのは、そうしたある種の逆張りを、巧妙な計算と演出の元に行い、面白さをしっかりと提供している技術の高さです。
 ヒロインのクレンちゃんはしっかりと可愛らしく、悲劇的な結末へ向けての期待や恐怖、戦慄を煽りながら、ふっと弛緩する楽しい展開や恋愛描写も差し挟む。なんとも綺麗にまとめたものです……!

 そして。この物語は、誰もがありえたかもしれない「若気の至り(ジュブナイル)」を描き出しているという点が、何より特筆すべきことではないでしょうか。
 彼女のような特殊能力のヒロインに出会ったことが無くても、それはすべて「忘れて」しまっただけ。「本当の自分」は、悲しく美しい一人の少女と出会い、共に過ごし、強く思い合っていたのだという幻想を抱くことも出来るかもしれない。
 そんな美しく、ひたすらに身勝手で残酷な、青春の幻。
 それが、きっと〝運命の赤い棘〟の正体なのだと思います。

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