失われた『赤い棘』

運命は赤い棘のかたちをして、僕に忘れ得ぬ傷をつけた。
作者である沐川 九馬氏は作品の扉部にそう書いております。

ヒロインの可愛さでしたりだとか、作品の構成の巧みさなどといったことに付きましては先駆者様のレビューがありますので割愛します。また、当然小説であるがゆえ結末に至るまでに様々な出来事が存在し、当然のように全てに意味があり重要なことではあるのですが、内容そのものはレビューであらすじをなぞるより、落ち着けるような場所でしっかり本編を読んでいただいた方が絶対に良いのでそうして頂いて。



私自身、とても平凡で普通でしかない一人間です。だからこそ予想出来てしまい、かつその予想が外れることもなく行われる平凡で普通な主人公の選択と、訪れるその結末。

本屋に平積みにされ『ラスト〜ページでこう来たか、と舌を巻きました』などとレビューされている小説のようなどんでん返し、予想外の展開というものはこの小説には含まれておらず(個人的な感想ですが)ゆえに迫る終わりからまるで自分が逃れられないような感覚。
最後の5章4話を開いた時の『そうなってしまうだろう。なんとなくわかっていた』という諦めのような感覚。

傷だけを残して、全ての赤い棘が抜けてしまい、ただただ痛みと、たださらさらといつか止まってしまう血が流れ出していくような感覚。

青春時代の恋(赤い棘)。自室やアパートから見上げた星空(赤い棘)。暖かいオレンジジュース(赤い棘)。ジュブナイル(赤い棘)。

物語の最後で、主人公はどうしようもなく失った見上げる星空を取り戻してみたいと思ったのでしょうか。自分が赤い棘に付けられた傷は確かに忘れ得ぬものであったと。
そしてそれならばまだ取り戻せると思い。

きっと、取り戻すことは出来るでしょう。


ただそんな運命が赤い棘である限り、どうあれ彼の人生から痛みというものはなくならないのだろう、という平凡な確信を、普通の人間である私は抱いています。