ディアナ・フォン・フェルカスのこと —追補ー

ディアナ・フォン・フェルカスのこと ー追補ー

 ディアナ・フォン・フェルカスもまた、当時の「著名な」女性達と同様、わずかな事柄しか記録に残されていない。フランス南部、スペインとの国境に近いモンフェルメの郷士の娘とされる彼女は、いくつかの修道院を渡り歩いた後、ハルツ山麓の村に女子修道院を開いた。裕福な貴族でもない彼女が、どうやって資金や後ろ盾を得たのかわかっていない。しかし、ディアナと彼女が遺した修道院は聖俗を問わず多くの人々を惹きつけた。とくに医療(薬事)と文芸に顕著な事績があり、後にペストが流行した時代には地域を感染から守ったことでも知られる。

 ディアナはもちろん敬虔なキリスト教徒であったが、どういうわけか魔女であるとの噂も絶えなかった。ハンスという羊飼いの少年は、ある日、「嵐が来るから早く戻れ」という声を空から聞いたという。びっくりして振り仰ぐと、竜の背中に乗った黒衣の女が手を振っており、その女の忠告のおかげでハンスは大事な羊を嵐から守ることができた。その女、いや淑女が修道院長に似ていたと、ハンスが主人に漏らしたのだ。

「あたしが魔女? まっさかぁ。あたしは終生誓願を立てた正真正銘の修道女よ。まあ……それまでいろいろあったかもしれないけど」

「でも、魔女は竜にのると昔から決まっています」

「そういう思い込みが目をくらませるのよ。そうね、遠い昔か遠い未来、ひょっとしたら魔女がホウキに乗って空を飛ぶ世界だってあったかもしれない」

「ホウキ、ですか? いや、さすがにホウキで空を飛ぶなんて」

「そう思うでしょ? でも、そうやって考えれば、もう世の中に存在しない竜で空を飛ぶなんてこと自体、おかしなことじゃない? 人の話にだまされちゃだめ。自分の頭で考える癖をつけなさい。もっとも、あたしも」

 そして、女子修道院長は艶然と笑った。

「さすがにそれは翼の代わりにはならないと思うけどね」

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翼のかわりにはならない 谷樫陥穽 @aufdemmond

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