第23話 砕けるクリスタル
「てやぁぁぁ!」
とにかく前に進む! 体のあちこちは千切れそうなぐらい痛いし、拳を振るうたびに巻き起こる衝撃は傷ついた私の体に容赦なく響く。
だけどそれがどうした。痛いのは嫌だ。そんなの当たり前だ。できることなら痛くない方がいい。そんなの当然だ。
だけど、『彼ら』はこの痛みに耐えて戦ってきた。それは現実ではない。物語の話だ。
『ヒーロー』たちの物語は現実にはない、空想のもの。誰かが考え、そういう風に描かれた夢物語。
だけど、今、この瞬間だけは違う。私はこのリアルな痛みを感じながら、『ヒーロー』の姿で、邪悪な敵と戦っている!
「ラミネ! 踏ん張りなさい、魔力をガンガン回せ!」
『やってるってぇの!』
クリステックアーマーの各部が異音を発しながら出力を上昇させる。左腕が熱い。ラミネが変化したブレスレットが高温を放っている。それは限界以上にラミネが力を込めているということだろう。
相変わらずマスク内のアラートはうるさいし、ちょっと耳鳴りもしてきた。でも、それで集中力が切れるようなことはない。私の視線は真っすぐとダークメイカーを捉えていた。
「見た目も、性能も、強さも、嫌になるぐらい原作通り! ソウルメイカーの永遠のライバルであり最強の敵『ダークメイカー』。邪王、あんたがなんでその力を、その姿を選んだのか、大よその察しはついてるわ」
何十発というソウルナックルを繰り出しているが、その一発も奴には命中しない。ダークメイカーは最小限の動きで見事に私の攻撃をかわしている。
「私の、聖女としての力を取り入れると同時にあんたは私の記憶を覗いたわね? そうでなきゃピンポイントでその姿を取り入れるわけないわ」
「その通りよ」
ダークメイカーはハエでも払うかのように左手を振るった。その速度は一瞬、左腕が消えたと錯覚する速さで、衝撃もなにもかもが私の渾身の一撃よりも重く、鋭い。
頬を打たれて、首の筋が伸び切りそうな激痛が走る。そのまま私の体は二度、三度と地面にバウンドしながら吹き飛ばされた。
「あなたの記憶には様々な戦士の記憶があった……孤独に戦う者、星の海より来たりし者、騎士団のように寄せ集まった者たちもいた……奇怪な姿をしていた。私の知らない何かを使っている者もいた。そのどれもがありもしない幻想……しかしその幻想をあなたは実態化させてしまった。作り出してしまった。空想を実現させてしまった……聖女にできることを、私ができない通りはないということだ」
「ソウルメイカーに対抗する為にわざわざダークメイカーを選ぶあたり、あんたの趣味は中々だと思うわよ……その変な女装趣味さえなければ本当に恐ろしい敵だと思えるわ……確かにダークメイカーは強敵よ」
私はふらつきながらも立ち上がる。スーツはあちこちがスパークしていた。クリスタルが実態を保てず、粒子化しかけている。許容範囲を越えたダメージを受けているからだ。
「けどね……あんたは一つバカな勘違いをしているわ。ダークメイカーは確かに最強の戦士、最強のライバルだった……だけど、最後は倒される運命なのよ!」
ソウルブラスターを取り出し、斉射。狙いはダークメイカーではない。足元だ。無数の光弾に撃ち抜かれた地面は砕け、大量の火花を散らす。
「むっ?」
ほんの一瞬だけダークメイカーがたじろぐ。目くらましは成功だ。
それと同時にソウルブレードを構え、突撃する。ブレードの一撃は命中さえすればダークメイカーのスーツを切り裂くことができる。つまり、勝機はあるんだ。
それに出力が徐々に低下している。早く決着をつけなければならない!
切っ先を突き立て、ただひたすら真っすぐに……
「おっと、そこまでだ」
ブレードの切っ先がダークメイカーの喉を貫かんとする直前、背後から聞こえた声に私はぴたりと立ち止まってしまった。
その隙をダークメイカーが逃すはずがない。無造作に振るわれた拳がマスクに直撃して、今度こそ粉砕される。口中に鋭い痛みが走った。血の味が広がる。
弾かれた私は痛みを堪えながら、先ほどの声の主を見つけた。
「お前は……」
そこにいたのは、竜の地霊騎士だった。それだけじゃない。奴の長い尾のような腕にはアナがからめとられていた。悲鳴を上げられないように口を覆われていて、首、腕、足と器用にすべてに巻きついている。
「少しでも抵抗すれば娘の五体はバラバラ……即死だ」
『姿を見せないと思っていたら……』
「私は邪王様の影に仕える故にな。このように隠れてこそこそとするのが性に合っているのだ」
せせら笑う地霊騎士。ほんとこいつムカつく!
こそこそとしていることを恥じることもなく、それが当然というような態度。こういう奴には何をどういったって無駄だ。ぶっ飛ばすしか解決方法はない。
とはいえ、今の私はかなりやばい状況だ。スーツの各部機能が低下しているし、なによりマスクが粉砕されてしまっている。スーツアシストの大部分を占めるコントロール装置でもあるマスクがなくなってしまうと、スーツは満足に動かせなくなってしまうのだ。
「水を刺さないで、ドラコ。あなたは楽しみというものを理解していないわ」
「ハッ! 申し訳ございません。ですが、これが私ですので」
「ふん……」
ダークメイカーはつまらなさそうに腕を振るった。すると地霊騎士、ドラコに囚われていたアナの体がそこからすっぽりと消えて、空中に出現する。
「なになさるおつもりで?」
「興が削がれたから、また盛り上げるのよ。お前はさっさと人間どもを喰らいなさい。私も出るわ」
「御意……」
ドラコがスーッと消えていく。それを確認したダークメイカーは私の方へと向き直し、「私もそろそろ仕事だ」と呟く。パチンと指を鳴らすと、空中に固定されていたアナを黒いもやのようなものが包み込んだ。
「何をするつもり!」
嫌な予感がする!
私は叫びながら突撃した。
「あぁぁぁぁぁ!」
が、遅かった。
駆け出そうとする私の動きを止めるように、アナの絶叫が空間内に響き渡る。思わずアナを見上げた私は目を見開いた。
黒いもやはアナに青白い電撃を放っている。その度にアナは絶叫を上げ、ガクガクと震えていた。
「やめろ!」
一瞬だけ、戸惑うけど、すぐに加速する。けど、明らかに動揺した私の攻撃がダークメイカーに通用するはずもない。奴は無造作に私の腕をつかみ、引き寄せた。どういうわけか変身は解いている。三代目聖女の姿なのだ。
「あぁやめるさ。あなたが私に勝てれば……ね」
「ぶっ倒してやる!」
「まぁそう慌てないで。力は抑えてある。まだ死にはしないわ……そうねぇ大体三十分くらいかしら? それを越えた場合は……惨たらしく焼かれて死ぬわね。地霊騎士の餌にはなるでしょう」
「この、お前ぇぇぇ!」
「慌てるなと言ってるのに……」
やれやれと困り顔を見せながら、奴は掌から真っ黒な光弾を発射する。当然超劇を受ける形となった私はそのままその光弾に押し出される形で吹き飛ばされていた。
「うわぁぁぁぁ!」
『ま、魔力障壁を!』
薄い膜のような光が私を包む。ラミネの防御結界だ。
だけどそんなものすら意味がないとでもいうように、黒い光弾は構わず私の体を押し出して、空間の天井を突き破る!
その瞬間、私は眩い光を感じた。太陽の光だ! 外に出た?
それを認識した瞬間、黒い光弾は爆ぜ、私を下方へと吹き飛ばす。ソウルウィングを展開しようにもコントロールが効かない。私はされるがままに落下していた。
数秒後、大量の瓦礫を巻き上げながら、私は地面に落下していた。痛い。けど、生きてる……不思議なことだが、多分ラミネの障壁のおかげだろう……それがなければ本当に死んでいたかもしれない。
だけど、本当にもう体が動かせない。力が入らないんだ。
「ぐぅぅぅ……!」
朦朧とする意識の中で、私は変身が解けていることに気が付いた。すぐ傍にはラミネが倒れている。ドレスも綺麗な金髪もボロボロで、私と同じように傷ついていた。
ここはどこだろう? 周囲を見渡す。
騒がしい……剣や大砲の音が響いているし、怒号も悲鳴も聞こえる……
「ガランド国……?」
どこか見覚えのある民家が立ち並んでいた。それは私がソウルメイカーで復興を手伝った街だ。その周辺では兵士たちが剣、弓を構えながら、進軍していた。大勢の民間人は悲鳴をあげながら下がっていく。
「聖女様だ!」
誰かの声が聞こえた。私を見つけたみたいだ。
「聖女様だ! 傷を負っているぞ!」
「地竜兵を近づけるな! 聖女様をお守りしろ!」
地竜兵?
そうだ、ガランド国は侵攻を受けていたはずだ。私が邪王、ダークメイカーと戦っている最中、彼らも戦っていたんだ。だとすれば一体どうなったんだ? 震冥界がなければ兵士たちでも十分に対抗できるはずだけど……
「なんだ……あれは」
兵士の一人が空を指さす。
私も何とかそっちに視線を向ける。空を埋め尽くさんとする地竜兵の群れ……それを撃ち落とす大砲や矢……その乱戦の間に割って入るように禍々しい光が灯った。
光は数秒、ぐずぐずと停滞していたが、直後に閃光を放ち弾ける。
そして……三代目聖女の姿をした邪王が現れる。
たぶん、ガランドの人々はその姿を見て困惑するだろう。見た目だけは普通の女の子、しかも服装は私と同じ聖女のもの……それが自分たちの敵である地竜兵や地霊騎士を従えるように現れたのだから。
「う、く……逃げて、ください!」
私はかすれる声をなんとか張り上げてみたけど、その声は人々の雑多な悲鳴や戦闘音にかき消されていた。
立ち上がろうとすると、力が抜けて前のめりに倒れる。するとやっと兵士の一人が私の動きに気が付いて駆け寄ってきた。
「聖女様、大丈夫ですか!」
「い、いいから……早く逃げて……邪王がきた!」
「え?」
私の言葉の意味が一瞬わからなかったのだろう。
その兵士は唖然とした顔を見せた。
しかし、その直後、街を無数の漆黒のクリスタルが襲う! それは邪王から放たれているものだ。悲鳴と轟音が私の鼓膜を突き刺す。
「聖女よ! どこにいるの? 私はここにいるわ。姫を助けるのでしょう? 姿を見せたらどうなの? それとももう死んじゃったかしら? それならそれでもかまわないのだけど」
耳元で囁くような声なのに、その声はガランド国すべてに響いているかのように聞こえた。これも邪王の力ってわけかしら……器用なことしてくれる……
邪王はぐるりと国を見渡していた。まだ私を見つけられないようだ。
「あぶり出してあげましょうか?」
言って、邪王はあのポーズ、闇着の構えを取った。
禍々しい光に包まれ、漆黒のクリスタルが邪王の体を覆う。そして現れるダークメイカー。
そして、再び無数のクリスタルが国へと降り注ぐ。混乱は加速した。いや、それだけじゃない! どんよりとした空気、晴れ渡っていた空が赤黒く染まり始めている。
震冥界だ! 奴は遂に震冥界を発現させたんだ!
まずい、そうなると兵士たちじゃ太刀打ちできなくなる。は、早く私が戦わないと……だけど、力が……体に力が入らない……
「聖女よ! お前はこの国を見捨てるのかしら? 今から聞こえる民の絶叫を無視するのかしら!」
うるさい! そんなわけないだろ!
挑発だというのはわかる。だけど、それが私を焦らせる。無駄に体力を奪っていく。
奴の宣言通り、ガランド国に響き渡る悲鳴がさらに大きくなる。今で通用していた武器が通じなくなり、兵士たちの間にも動揺が広がっているのがわかる。
私に駆け寄ってきた兵士も警戒しているが、明らかに恐れを感じさせた。
「逃げて……」
その声が届くことはない。
兵士は遂に駆け出していった。近くに地竜兵が現れたらしい。そのすぐ傍には逃げ惑う親子がいる……彼らを助けに行ったんだろう。
気が付けば私の周りは何人もの人々がいた。みんな私に懇願するような表情を向けてくる。その人々を囲むようにさらに兵士がいる。守るように、盾になるように、彼らは武器を構えていた。
迫るように地竜兵と地霊騎士の姿も見える……奴らはわざと歩いてきている。恐怖を煽る為に、楽しむように、ゆっくりと、わざと攻撃を外して悲鳴を楽しんでいる……
だけど、私は……
「奮い立て! 聖女殿が生きていれば勝機はある! 銃士隊前ぇ!」
馬の蹄と共に勇まし女性の声が木霊する。それと同時にタン、タンと乾いた音も聞こえた。銃声だ。
マリンさんだ。不安と恐怖が支配するこの中であってもマリンさんの声だけは勇ましく、凛としている。それでも武器は通じていないが、彼女はひるんでいない。
半ば怒声に近い声をあげながら、指揮を執っていた。
「ガランドの兵たちよ! 奮起せよ! 聖女を守れ! 彼女が生きていればいい! 我らはその盾になれ! 神官部隊! 回復を行え! 急げだらだらするなぁ!」
オォ! と勇ましい掛け声が聞こえる。
だけど……御免……私は限界……だ……
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