異世界聖女伝説? そんなことより変身ヒーローだ!

甘味亭太丸

プロローグ

 幼い頃、私はヒーローと出会った。

 それが、今の私を形作っていると言っても過言ではない。

 だから、私はヒーローになりたいと思った。

 当時五歳だった私は、どこにでもいる女の子だった。お人形が大好きで、幼稚園ではおままごとをしていて、将来はケーキ屋さんになるーなんて言っていたぐらいには普通の女の子だった。


 見ていたテレビ番組もまさに女の子って感じのファンシーなものだったし、それが普通だったわけだが、人生何がおきるかわからないもので、たまたま日曜日に早起きして、付けたチャンネルで放送していたのが『特撮ヒーロー』だった。


 元々、彼らの存在は知っていた。幼稚園の男の子たちがごっこ遊びをしていたし、テレビでもよく玩具のCMなんかはやっていたし、児童雑誌なんかでもやっぱり宣伝はしていた。私は女の子だったし、その時は興味すら抱いていなかった。

 

 でも、いざ見てみると、私は自分でも驚くぐらいに食い入るように見ていた。幼心に私は彼らを見て『かっこいい!』と思ったのだ。

 彼らは誰よりも強く、誰よりも優しく、そして何よりかっこよかった。見た目だけの話じゃない。彼らの生き方、信念、とにもかくにもその全てがかっこよすぎた。

 例えどんなに強大な敵が現れようとも、例えどれだけ追いつめられようとも、彼らはくじけず、あきらめず、立ち上がり、人々を守った。


 それが、現実ではない、テレビだけのものだということは理解していた。子どもながらに賢しい、当時の私は、でも、そんな小難しいことなんて抜きにして彼らの魅力にメロメロだった。

 だから、そんな彼らのようになりたい!

 そして、その夢を抱いたまま、私は高校三年生、最後の夏を迎えていた。


 ***


「あー、もー、朝練ってなんであるんだろ」


 部活仲間で、同級生の亜美が、ぐぐっと体を伸ばし、開放感に浸りながら叫ぶように言った。

 私の周りには亜美を含めて女子が三人。みんな、部活仲間だ。


「しゃーないんじゃない? 大会も近いわけだし、力入るわよ」


 時刻は朝の九時。日曜。普通であれば学校は休みだけど、部活動をしていると、こういう日は大体朝練がある。

 私、一ノ瀬明香は剣道部に所属していた。


「大会ねぇ……こっちは高校生最後の夏ですよーだ。受験だってあるのにサ」


 亜美は口を尖らせて、ぷりぷりとしている。

 まぁ確かにこの時期は、高校生にとってはかなり重要な時期だ。有名大学に入ろうって思ってる子たちは今頃、塾だ、予備校だ、に通って毎日勉強、勉強に追いやられているんだろうなぁ。


「その点、明香はいいわよねー。大学、推薦で入れるんでしょー? 女子剣道、全国三位は違うわよねー」

「当然、努力してるからねぇ!」


 へへんと胸を張ってみる。

 自分で言うのもなんだけど、私、剣道は強いのだ。別に、家系からして剣道一家というわけじゃない。パパは若い頃、野球をやっていたらしいけど甲子園には出てないし、ママは水泳をしていたらしいけど子どもの頃の習い事レベルだ。


 じゃ、なんだって私が剣道を始めたのかといえば、ヒーローっぽいからだ。

 これをばか真面目に答えると、大体周りからは白い目で見られるか、呆れられるかだけど、私としては真面目も真面目、大真面目なのである。


 だって、剣だよ、剣。まぁ竹刀だけどさ、剣だよ? それに、ヒーローは武道に精通している人だって多いし、何よりスポーツ万能だ。いや、最近はそうでもないけど、とにかくそういう人たちが多いのも事実。

 ヒーローを目指す私としては、彼らに近づくための努力はなんだってしてきた。


 でも残念なことにヒーローはこの世には存在しない。改造人間を放つ悪の秘密結社は存在しないし、大怪獣は眠っていない、宇宙から侵略者がやってくる気配もないし、悪の天才が世界征服を目論むなんてこともない。

 当然、彼らを倒すヒーローもいるわけがない。


 でも、ヒーローのようになることはできる。彼らのように強く、そして良き人になれる。そう信じていた私はまず、強くなることから始めた。ヒーローの魅力は強さだけじゃないけど、強くないとそれはそれで困る。

 だから、こうして体を鍛える為に武道をやっているというわけだ。


 本当はここにプラスして、空手や柔道なんかもやりたかったのだけど、部活のかけもちは禁止だったし、かといって地域の教室に通うにしても、お金がかかるし、時間もなかった。

 現実的に考えて無理。なので、悩んだ結果、私は剣道にまい進することにしたのです。

 それも全ては、ヒーローのようになりたいから。


「だって、私、ヒーローを目指してるから」


 にやり、としたたかな笑みを浮かべて、心意気を述べてやると、三人は、やはりというか、やれやれと溜息をついて来る。


「でた、明香のヒーローオタク発言」

「筋金入りよねぇ、明香」

「ある意味尊敬するわよ」


 などなどと好き勝手言ってくる。

 えぇい、こっちは結果も出してるんだ。文句は言わせないわよ!


「へーんだ。こちとら全国三位だぞ!」


 全く、ロマンのわからない子たちめ。

 パパもママもそうだ。私が夢を語れば「明香はもう十七なんだし、現実を見てよ」なんて言ってくる。最近はそれがさらにうるさくなってきたので「ヒーローの代わりに警察官になるわよ」というと、なぜか泣いて喜ぶ始末だ。


「それにねぇ、私だって本当に変身できるヒーローになれるなんて思ってないわよ。そりゃ、一時期は真剣に特撮俳優とか、スーツアクターとか目指してたけどさ」


 そのことを親に話すと「あんたはまたそうやって夢ばかり!」と叱られた。

 うぅん、役者と警察官、そんなに違いはないと思うんだけどなぁ……まぁ、それはそれとしてだ。

 さっきも言った通り、現実的にテレビの彼ら、特撮やアニメのヒーローのようにはなれない。だから、その代わりを探して、それを目指す。でも、彼らのような人間になりたい。その気持ちに嘘、偽りはない。


「今は警察官だっけ?」

「そう。ヒーローって職業はこの世界にはないけど、警察官ならその代わりとしては十分でしょ? 自衛隊でもいいかなぁと思ったけどね」


 本気でそう考えて、担任にも相談したことがあったのだけど、軽い気持ちでなれるもんじゃないと言われてしまった。

 どうにも、世間一般では「ヒーローになりたい」という夢は否定的なものらしい。


「よくそんな危ない仕事に就こうと思うわねー」

「でも、現実的でしょ?」


 そんな会話を続けていると、ポンポンとピンクのゴムボールが私たちの足下に転がってくる。

 ボールが転がってきた方向、真正面に視線を向けると、そこには歩道橋があった。


「あ……」


 その歩道橋の上、階段には小さな女の子がいた。五歳ぐらいの子だ。

 ボールはその女の子が落としたものだとすぐに分かった。

 女の子は落としたボールのあと追いかけようとしていたのだろう。そして、女の子は今、まさに、その階段から転げ落ちようとしていた。女の子のすぐ近くにいた母親らしき女性も顔を真っ青にしているのがわかった。


「ッ……!」


 その瞬間、私は駆け出した。鞄も部活に使っていた剣道の防具も竹刀も捨て去って、一気に駆け出す。幸いな事に、私たちは歩道橋のすぐ近くにいた。私は階段を二段飛ばしで駆けあがる。女の子が迫る。私は両手いっぱいに広げて、女の子をキャッチ。


「お、おぉ!」


 でも、五歳の女の子だ。思った以上に、思い。私は何とか女の子を受け止めたけど、バランスを崩してしまう。


「クッ!」


 このままじゃ二人とも危ない。意を決した私は、完全にバランスを崩す前に階段を蹴り、後ろへと飛ぶ。一瞬の浮遊感、直後に落下。上からは女の子の母親の悲鳴、下からは友人たちの絶叫が聞こえる。

 私はぎゅっと女の子を抱きしめたまま、衝撃に備えた。

 そして、私はドスンと両脚で地面に降り立ったのだ。


「いっつー!」


 当たり前だが、かなり痛い。ビリビリジンジンと衝撃が両足から伝わってくる。でも、何とか無事に着地できたようだ。


「明香、大丈夫!」


 亜美たちが駆け寄ってくる。

 私は引きつった笑顔を向けながら、「き、鍛えてるから、大丈夫!」なんて強がりを言った。あ、でも、ヤバイ。痛い。マジで、足痛い。


「あ、ありがとうございます!」


 そんでもって女の子のお母さんもやってきて、何度も頭を下げてお礼を言ってくれる。女の子はちょっと放心状態だったけど、怪我はないようだった。


「こ、今度からは、気を付けて、くださいね……」


 未だに痛む足を堪えながら、私は女の子を引き渡す。

 取り敢えず、怪我もなくて、無事でよかったよかった。そして、剣道で鍛えておいてよかった私の体。

 何もしてなかったら、踏ん張ることもできずに、このまま死んでたかも?


「もー! 無茶しすぎだよ明香」

「本当、下手したら死んじゃってたよ!」


 非難めいた口調だけど、友人たちは私に肩を貸してくれる。

 うむ、持つべきは友達だね。私は、そんなありがたい友人の肩に腕をまわそうとした、その時だった。


『強く、清らかな心を持つ聖女よ、この召喚に応じよ』

「へ?」


 そんな声が聞こえた。

 と、思った瞬間、私の視界は真っ白に染まり、ふわりと体が浮かぶような感覚を覚えていた。

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