第9話 初陣の終わり
私の名乗りと共にどよめきが場を支配した。逃げ惑っていた人々も対峙する地竜兵もソウルメイカーの姿を見て困惑している。まぁそれは当然だろう、いきなり見知らぬ奴が現れればそうもなる。
しかし、私はソウルブラスターを構えたままなおも突き進んだ。得体のしれない相手が武器を突きつけて進んでくる。
それだけで地竜兵にとっては挑発にもなり、警戒を強めるには十分だったようだ。数体の地竜兵がしびれを切らせて向かってくる。
だが、私は構わずソウルブラスターを放つ。至近距離、スコープとの連動もあってか、もはや射的の的よりも簡単に撃ち貫かれる地竜兵たちはばたばたと倒れていく。
仲間を一撃で倒されたことに地竜兵の動揺が見て取れる。それは背後の人々も同じだ。今の彼らにしてみれば私は謎の戦士でしかない。私はあえて武器を降ろし、後ろを振り返った。その瞬間、人々は小さな悲鳴をあげてのけぞる。
「聖女様だ……」
そんな中、意外な言葉出た。それは兵士の声だった。
「あれは聖女様の鎧だ! 聖女様が助けにきてくださったぞ!」
「え、あのちょっと私、聖女じゃなくてソウルメイカー……」
訂正の言葉は歓声によってかき消される。どうやら私の召喚現場に居合わせていた兵士がいたらしい。ならばあの衝撃の変身ももちろん見ていたのだろう。
正直、この姿を聖女として認識されたくはないのだが、とにかく兵士のおかげで人々は私を味方だと判断してくれたようだ。これで色々と手間が省けた。いつか絶対ソウルメイカーとして定着させてやる。
『兵士たちよ、ここは聖女に任せるのです』
「そ、その通り! あなた方には指一本触れさせはしない!」
ラミネの一声で兵士たちは敬礼をして指示に従う。さらっと聖女という部分を強調されたような気もするが、まぁいい。これで心置きなく戦えるというものだ。
どうやら精霊ラミネの存在は国中に広く認識されているようだ。もしかしたらこの世界にとってはそういう超常的な存在が身近なものなのかもしれない。
その辺も色々と気になるが、今はこの状況を何とかする必要がある。話はそれからゆっくりと聞いてやると私は考えていた。
「行くぞ!」
地を蹴り、敵陣に飛び込む。わっと地竜兵たちが殺到してくるが、私も左手で手刀を叩き込み、同時に二体、右手のソウルブラスターを放ち、六体の地竜兵を撃破する。
地竜兵は仲間の屍を踏み越えながらも槍を振るうが、私はソウルウィングにて跳躍、一回転しながらブラスターを斉射する。それだけでも十数体の地竜兵が撃破される。
行ける!
このソウルメイカーなら地竜兵はものの数じゃない。だが油断はできない。数の差においてはこちらが圧倒的に不利なのだから。
それに延々とこいつらを倒し続けるのもキツイ。不思議な事にここまでの激しい動きをしていても私のそこまで鍛えてないはずの体力はまだまだ残っている。だが、それもどこまで持つのかはわからない。
それに助けるべき人々はこの区画だけはないはずだ。何とかこいつらを撤退させることが出来ればいいのだけれど……
そんなことを思案しながら地竜兵を倒し続けていると、警告音が響いた。
「むっ!」
『地霊騎士の気配を感じるわ!』
左手のラミネも同時に反応を示した。
反応は一直線に私たちの方へと向かってきている。次第に地響きが聞こえてくる。
私は臨戦態勢と取りながら、いつでも動けるように構えた。
しかし、反応や音はあれど姿が見えない。四方八方に意識を向け、せわしなく周囲を警戒しているが、土煙のひとつも立ちやしない。地竜兵は容赦なく襲ってくるし、めまぐるしい状況だ。
「うっ!」
それは突然だった。私は真正面から突っ込んでくる地竜兵を殴り飛ばしていたのだが、その瞬間に脚を引っ張られてしまう。勢いと力は凄まじく、私は態勢を立て直す暇もなく、背中を殴打した。幸いなことにアーマーにおかげでダメージはないが、私の体はそのままずるずると引きずられていく。
掴まれているのは右足だった。右足にぬめりと光沢のある長い尾のようなものが巻きつき、それが地面を抉りながら掘り進んでいるのだ。
「なろ! 撃ち抜いてやる!」
私はソウルブラスターを撃ち込んでやろうと構えるが、相手もそれを察知したのか、尾をしならせて私を放り投げる。私はすかさずソウルウィングを展開し、姿勢を整え、ソウルブラスターを構えながら相手を確認する。
そいつは地面を突き破り、先ほどの長い尾を鞭のように振るう。その尾は右手だった。右手から伸びる長い蛇腹の尾が波打つようにして迫る。
蛇だ! 蛇の腕を持った怪人がまるでボディスーツのようなしなやかな鎧をまとい、地中から現れいでたのだ! 蛇騎士は「シューッ!」と独特な鳴き声を上げていた。
「えぇい!」
その尾を手刀で弾き返し、着地地点に群がる地竜兵を撃ち抜きながら、十メートル離れた地点に降りる。
弾かれた尾はグネグネと痙攣しれいるかのように激しくのたうちながら縮小していき、蛇騎士の腕と化す。蛇騎士は猫背、というよりは不気味な程に長い胴体を折り曲げながら、私を見下ろしていた。
チロチロと細い舌が飛び出ている。下顎から突き出た牙は鋭く、黒い。血でできたかのような赤い両目はその中央に漆黒の筋が入っており、それがぎょろぎょろと私を睨みつけていた。
蛇睨みとでもいうのだろうか、不気味な感覚が背筋を走る。こいつはさっき倒した蜘蛛やコウモリの地霊騎士とは違う……なんとなくだが私はそれがわかった。
「なる程、変わった形をしている。だが、既に聖女は出現していたか……」
やはり、と私は内心でつぶやく。こいつには明確な意志のようなものがある。地竜兵であれ、さきの二体の地霊騎士であれ、奴らには意志はあるにはあるのだろうが、乏しくどこか行動も本能に従うだけのものだった。
だが、この蛇騎士は違う。流暢な言葉を操るのもそうだが、地面の掘り進み、身を隠してからの奇襲。ソウルブラスターの危険性を理解しているかのように私を放り投げた判断力。たったそれだけの行動でも、こいつがただの相手じゃないってことは明白だ。
『気を付けてメイカ。こいつ、さっきの地霊騎士のパワーを軽く超えてるわ』
「でしょうね……幹部クラス……ってことかしら?」
あいにくソウルメイカーのスコープには敵の戦闘力を量れる機能はない。だが、それでも余裕を見せてくる相手である以上、むこうも自分の実力に絶対に自信があると見た。
じっと対峙する私と蛇騎士。周りの地竜兵たちはがやがやと囃し立てるように鳴き声をあげていたが、蛇騎士が一喝するように睨みを利かせればそれだけで黙る。どうやら絶対的な上下関係もあるらしい。
「クフフ……そうか、聖女はもう召喚されていたか……!」
右腕の尾を愛おしそうに撫でていた蛇騎士だったが突如として口を開け、顎を外して「カラカラ」と喉をと尾の先端を震わせていた。ガラガラ蛇かこいつは!
蛇騎士の怪音は地竜兵のような超音波ではなかったようだが、その音は遠くまで確実に届くような波長で流されていた。
すると、その直後に地竜兵たちの動きに変化がみられる。周囲にいた地竜兵は翼を広げると、一斉に飛び立ち、空に浮かぶ岩城へと向かっていく。
連中は撤退をしているのか!?
「クフフ……」
蛇騎士は卑屈な笑いを浮かべていた。なんか腹立つ。小馬鹿にされているような笑いだった。
私はすぐさまソウルウィングを展開し、飛翔しようとするが、それよりも速く蛇騎士が飛びかかってくる。右腕の尾はいつの間にか数十メートルの長さまでのびており、風を切り裂きながら振るわれるそれは既に音速に達しようとしていた。
その尾の鞭が私の眼前に横切ると、凄まじい衝撃にあおられ、私は後退してしまう。
「う、この!」
私は蛇騎士に向かってソウルブラスターを放とうと構えるが、既に奴の姿は消えていた。すぐさまスコープの反応を確認すると、地中を掘り進んで撤退している様子だった。
『メイカ! 地霊邪王の城が!』
「はぁ!?」
既に蛇騎士の反応は地中奥深くに消えていた。
それと同時にラミネの悲鳴のような声が響き、スコープ内に変化が現れる。
空に浮かんでいた岩の城が蜃気楼のように揺らめき、姿を消していくのが見えた。それに比例するように乱れまくっていた地形データが正常な形に戻っていく。
震冥界とやらが解除されているようだった。レーダーをフルに稼働させてみても、もう国中に敵の反応はない。いくつか隠れているかもしれないが、一先ずの危機は去ったというべきか?
「……なんだろう、この胸騒ぎ……」
あっさりと退き過ぎである。
このまま押し込めば私はさておきこの国を攻め落とすことぐらい容易なはずだ。事実、ガランド国の惨状は一言で言うなら壊滅である。飛び出してきた城もいくつか崩れているし、周囲を見渡せば黒煙と悲鳴だ。
兵士たちの損傷も激しいだろうし、素人が見てもこれを立て直すのには時間がかかるのはわかりきったことだ。
そこまで追いつめておきながら、一体なぜ連中は撤退したのだろうか。もやもやとする感情が胸中をざわつかせていた。
それでもと、私は変身を解く。左腕のブレスレットに触れることで、ソウルメイカーのアーマーが光の粒子となって霧散し、聖女衣裳に戻る。ブレスレットはそのままラミネの姿に戻り、私の右肩に乗っかってきた。
火事のせいか少し暑い風が頬を撫でていった。
「……疲れたわね」
ほかに、言葉はちょっと出てこなかった。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます