第12話 お姫様は夢見がち?
「うふふ……聖女様の肌はお綺麗ですね。私もお母様にお手入れは念入りにと言われてますが……」
「あ、はい、どうも……おほめにあずかり光栄です」
「黒い髪もまるで上質な絹糸のよう……こちらではあまり黒い髪は見かけませんから……」
「そうですか……私としましては姫様の青い髪も素敵だと……」
な、なんなんだこの空間、この空気は!
豪勢な大浴場にぽつんと三人。私とアナ姫様、そしてラミネがいる。ラミネは湯船につかりながらこちらを眺めているが、私は大浴槽の傍で金色の椅子に座り、その背後には薄い白いレースを身に着けたアナがいる。
アナは柔らかなタオルで私の背中を洗ってくれていて、私自身はされるがまま、アナの勢いに飲まれていた。
いや、これはちょっとまずいんじゃないだろうか。一国の姫様にこんなことさせてるなんてばれたら怒られるとかそんな生ぬるい話じゃないぞこれは!
というか、こんなハプニング、女で体験していいのだろうか。
「兵士たちから聞きました。聖女様は戦いだけではなく、城下の復興も手伝ってくださったとか」
「まぁ一応。いてもたってもいられなかったもので」
「兵士たちも噂していました。聖女様は精力的に我々を助けてくださったと。高潔なお方なのは間違いと」
どうやら私の知らない所で私の噂話は色々と囁かれているようだった。まだ一日と経っていないのにどの世界でも噂話が広まるのは早いものだ。
アナは私の背中を流しながら、そんな話をずっと続けていた。まるで自分の事のようにはしゃいでいる。
桶に新しい湯を組みながらアナは「今朝はありがとうございました」と言った。
今朝ということはソウルメイカーに聖着した時の事だろう。確かに私は地竜兵に襲われるアナを助ける為に変身し、戦った。今に思えばこの子を助けようとしたのがそもそもの始まりだったなぁ。
「恥ずかしながら私は怖いものはないと自分では思っていたのですが、いざ地竜兵を目の当たりにすると腰が引けてしまって……ですが、そんなときに聖女様が颯爽と助けにきてくださったときは本当にうれしかったです。やはり伝説に聞く聖女は時代を越えても救世主であるのだと私、心底感動しましたわ」
「感動ですか?」
「えぇ、聖なる輝きを放つ白銀の聖女……気高く勇ましい戦乙女……とても素敵でした」
アナは目を輝かせていた。
「まるで二代目聖女様をお守りした勇者様のよう……」
「勇者?」
思わず私はアナに振り返ってしまった。目線がぴたりと合うと、アナは優しげな笑みを向けてくれる。
「さ、お背中は流しました。どうぞ、お湯へ」
「う、うん……」
タオルで前を隠しながら、私はおずおずと湯船に戻る。アナはにこにこと笑顔で私を見つめていた。
「は、入らないの?」
いくら大浴場が湯気で温かくても湿った空気でレースはびちゃびちゃだ。流石にその格好でずっといたら風邪を引くんじゃないかと思い、私はついそんなことを言ってしまった。
アナは少し驚いたように目をパッと開くが、すぐに笑顔になって、「そうですか? では」と遠慮がちに言って、レースを脱いでいく。その動作一つひとつがまたしなやかできちんと衣服を折りたたんでから波紋をなるべく立てないようにゆっくりと湯に浸かってくる。
「うふふ」
体が小さいアナは湯船に浸かると顎がぎりぎりになってしまうようだ。湯は薬湯で、少し濁っている為にきちんとは見えないが、湯の中で正座でもしているのだろう。
付かず離れずの距離を保ちながらアナは笑みを向けてくる。なんというか、この子はあれだ、底が知れないな。初めてあった時は元気娘かと思えばどこか上品だし、かと思えば風呂に突撃してきて私の背中を流してくれる。
親切といえばそれまでかもしれないが、一国の主の娘がそこまでしてくれるのはちょっと不思議だ。
「あの、やってもらって聞くのもどうかなとは思ったんですが、こんなことしてて怒られないんですか?」
「無駄よ、その子ってば結構頑固だから、何言われたって気にしないわ」
私の質問に答えたのはアナではなくラミネであった。いつの間にか縁に座っていたラミネは少しのぼせたのかパタパタと手で顔を仰ぎながら言った。
「大方、命を救われたから、そのせめてものお礼って所でしょう?」
「流石は精霊ラミネ。その通りよ」
アナはふふんと得意げに笑った。
「聖女様は命をかけて私を救い、そして民をも救ってくれました。父はこのようなもてなしで感謝の意を表していますが、私個人からも何かお礼を差し上げないと気が済まないのです。かといって私には個人で動かせる人材もお金もありませんし、ならばと思い出向いてきたのです。お体を流すのは使用人たちがしてくれるのを見て覚えましたから、不手際はないと思いましたが、いかがです?」
アナはずいっと近寄ってきて、キラキラと瞳を輝かせていた。これが男だったらイチコロどころじゃないわね、事案発生よ、うん。
まぁ背中を流してもらったというか体を洗ってもらっただけというとそれはそれで中々にきわどいもの連想するが、うん、女同士だし、特にこれと言って問題もないはず、多分。
「所で、あの鎧姿は一体なんなのです? 私も兵たちの鎧はいくか見てきましたが、そのどれともにつかないものでした。聖女様はその時代において異なる姿で現れると聞きますが、鎧をまとった聖女様なんて聞いたことないですもの」
さらに瞳を輝かせてアナは寄ってくる。というか、近い、すごい違い。もう肩先が触れ合うし、アナの可愛らしい顔が私の胸元まで迫ってきている。体全体が密着しそうな勢いだ。
私はそれとなく後ろに下がりながら、さてどう説明したものかと悩んだ。
「うーん……なんといいますかねぇ……あれは私の好きな演劇のようなものでして、それに登場する戦士、勇者でもいいかな? その者がまとう鎧なのです」
私は意図的にテレビであるという部分は避けた。ラミネに説明した時以上にあやふやな感じになってしまったが、アナはそれでも興味津々で頷いて聞いてくれている。
「勇気ある青年が己で作り上げた鎧なのです。暗黒より襲来した悪の軍勢から世界を守る為に戦う勇者、それがソウルメイカーなのです」
「ソウルメイカー!」
「えぇ、私の世界にはそんな勇者の活躍を模した演劇がたくさんあるんですよ。己の体を人ならざるものに変えられても人の為に戦う者、星の彼方よりやってきて世界を救うもの……異能を使うものや、魔法を使うもの、ただ己の体を鍛え上げて戦うもの、武器を巧みに使うもの、例をあげるときりがないですね。彼らは時に人々から恐れられることもあるんですけど、そんな目に合っても絶対に人々を守ってくれるんですよ! どれだけ傷ついても、倒れても必ず立ち上がり、悪をぶっ飛ばす!」
と、いけない。いつもの癖が出てしまった。ヒーローの話をするとちょっと興奮気味になるのが私の悪い癖だ。あまりこういう話は人にはしないせいで、加減もわからないが、引かれてないだろうか?
説明しろと言われればいくらでもできるが、流石に知らない、興味ないものを延々と聞かされるのは優しげなお姫様でもちょっときついか?
「そんなにも勇者の伝説があるのですか!?」
おっと、意外、おっと、これは予想外。アナの食いつきはちょっと凄いぞ。
がしっと私の手を掴んで身を乗り出してくる。
ん? もしかしてこの子、そういう伝説とか大好きなタイプ?
「うふふ、聖女様の故郷は多くの勇者が語り継がれているのですね? ならば、聖女様が勇敢な方であるというのも納得です」
「よしてください、私は彼らのことを尊敬してますが、むこうじゃ十七の女の子が好きでいると変な目で見られるんですから」
「まぁ! ですが、聖女様はそんな勇者を尊敬し、そうであられるようにふるまっているように見えます。それはきっと素晴らしいことですし、そうでなければ戦ったりはしませんわ」
そうなんだろうか? 私個人はちょっとあの場の流れに勢いで乗っただけのようにしか思えなかったが……もちろん義憤に駆られたのもあるし、自分でいうのもなんだか正義感に燃えたというのもある。
なんだか自分で言うのも他人から直接言われるのも恥ずかしくなってきたぞ。
私は顔が赤くなるのを感じた。褒められるのは嬉しいが、恥ずかしい。
ちょっと話題を変えようと思った。
「あの、ところで聖女様って言うのはよしてください。なんというかちょっと恥ずかしいです」
「ではメイカとお呼びしても? 私のこともアナでよろしいですのに」
「ではアナ様と」
流石に相手はお姫様だ。呼び捨ては失礼だろう。まぁ内心では結構呼び捨てにしてるのだが……
その後もアナは私のヒーロー話をせがんできた。彼女にしてみるとヒーローたちの話はこの世界における聖女伝説のようなものと思っているらしい。
いくらかの訂正は入れてはいるが、中々に夢見がちなお姫様は、ルンルン気分で私の話に聞き入っていた。
結局、三人にしてのぼせる手前までお風呂に浸かってしまったことだけ、言っておく。
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