第8話 ソウルメイカー!
城を飛び出し、上空を飛翔することで改めてガランド国の状況がわかる。どこを見ても無事という場所がなく、兵士たちが民間人を守る為に奮闘しているが一切の武器が通用していないのか、押しとどめるということすらできていない状態だった。
剣を突き立てても剣が砕け、矢を射っても弾かれ、大砲を放っても鎧が砕ける程度。兵士たちのいかなる攻撃も地竜兵には通じていない。その地竜兵たちは我が物顔で前進するだけで国を蹂躙していく。
『地霊邪王め……震冥界を展開してる!』
「震冥界?」
『聖女ならわからない? この地の底から這い出るようなおどろおどろしい亡者たちの叫び。これが震冥界、地霊邪王が君臨するための自身の空間と言っていいわ。あいつはこの国を飲み込もうとしているのよ!』
そうは言われても私にはピンと来ない。だが、ソウルメイカーのスコープはその異変をしっかりと捉えていたようだった。スキャンしたガランド国一帯の地形データが大幅に乱れ、ぐちゃぐちゃの図形を描いていた。子どもの落書きとでも言うのか、地図の上にクレヨンででたらめな線を描いたような感じだ。
『まだ完全な震冥界じゃないけど、これじゃ兵士たちが太刀打ちできないわけよ』
「まさかと思うけど、それが展開されたらあいつらの力が大幅に上昇するとかそんなの?」
『察しがいいわね。単純比較にして地霊邪王の配下たちは震冥界の中ではその能力を二倍にも三倍にも膨れ上がらせるわ。それこそ地竜兵であっても一騎当千の兵士になるの!』
なる程、引きずりこめぇって奴ね。ヒーローと敵対する悪役たちの中には自分たちの得意とするフィールドにヒーローを引きずりこむ連中も少なくない。その地霊邪王とやら、中々に悪役を演じてるじゃない。
けど感心している場合じゃないのも事実。スコープのサーチでわかったのはその震冥界が国全域を覆っていることだ。そしてあちこちに広がる被害を見るに、どこから手を付けてもカバーしきれないということ。
「たった一人じゃこれはきついわよ! 少なくてもあと二人、せめて四人は欲しいわね!」
とはいえ、贅沢も言ってられない。ヒーローの中には孤独な人たちもいる。そんなヒーローは泣き言一つ言わずたった一人でも軍勢に立ち向かっていったわ。そんなヒーローたちを知っている以上、私も覚悟を決めるしかない。
どこでもいい。まずは人を助けることが重要だ。私はソウルウィングを展開し、急降下で敵が一番集まっていると思しき箇所を目指そうとした。
『メイカ! 来るわよ!』
「えぇ!」
ラミネの警告と同時にアーマーの警報もなる。突然のことに私は思わず動きを止めてしまった。
ソウルメイカーのマスクにはレーダーもあるというのに私はそれを確認することを怠り、しかも空で棒立ちになっているのだ。
「うわ!」
気が付いた時にはもう遅かった。白い粘着性の糸が右腕に絡みつく。その糸はピンと引き延ばされ、私の体を引っ張っていく。
『油断しないで! 地霊騎士が二体!』
「地霊騎士!?」
糸が伸びる方向を確認すると、その先には両手が真っ黒な羽と化したコウモリのような鎧を着た騎士、その背には背中から無数の脚を生やした蜘蛛のような姿をした騎士がいた。糸は蜘蛛騎士の口から吐き出されたもので、手繰り寄せるように糸を引いていた。
「蜘蛛とコウモリ!? 初めの敵にしては出来過ぎじゃない!?」
地竜兵が戦闘員だとすればこいつらが真の意味で『怪人』ということになるわね。しかもその相手が蜘蛛とコウモリと来た。まさかこの流れでシャコまでいたらそれこそ出来過ぎだけど、今はそんなことを悠長に考えている暇はない。
引きずられっぱなしは癪だ! 私はソウルウィングを展開し、制動をかける。先を行く二体の地霊騎士が大きく態勢を崩すが、それは私も同じだった。
「ぐぬぬ! 流石は怪人枠、さっきみたいにはいかないってことね!」
空中でお互いの力が拮抗する。糸は見た目以上に強靭なのか千切れる様子もなく、粘着性もさることながら鉄のような硬さまであった。キリキリとアーマーに鉄の如き糸が擦れる音が伝わってくる。この程度で傷つくアーマーではないが、予想以上の力だ。
『気を付けてメイカ! 連中はただでさえ強力なのに震冥界のせいでもう人間が太刀打ちできる相手じゃないわ!』
「だからヒーローの出番なんでしょうが!」
そうだ。こんな連中相手に苦戦してちゃ先が思いやられる。
「なにか武器はないの!」
『この鎧の武器なんて知らないわよ! かつての聖女たちは魔法を使っていたけれど!』
「魔法!? 私マジックヒーローも好きだけど、どう使うのさ! うわ!」
会話の途中で、蜘蛛とコウモリの騎士は私との力比べを止めたのか、一直線にこちらへと向かってくる。私を引きずろうとする騎士たちに対して、そうはさせまいと後退をかけていたのがまずかった。相反する力が崩れ、そのせいで私は弾かれるようにして後ろへと吹っ飛んでしまう。
もちろん私は急制動をかけるが、いくらアーマーのアシストがあったとしても細かな制御まではやってくれないようで、二度三度を余分な回転を行ってしまう。
なんとか空中で制止することができたが、その間に蜘蛛騎士を乗せたコウモリ騎士が私のすぐ傍まで迫っていた。蜘蛛騎士は背中から無数の脚を伸ばしている。それは一本一本が鋭い槍、剣となっていた。私を串刺しにしようというのだ。
「武器、武器……そうだ!」
それは咄嗟の判断だった。ラミネは聖女であれば魔法が使えるというが、果たしてどんな方法を取れば発動できるのかを私は知らない。詳しく教えてもらう暇もないだろうし、恐らくは呪文でも唱えればいいのだろうが、あいにくと私はそれを知らない。ヒーローたちの中にも魔法を使うものは多いが彼らだって何かしらの呪文やそれを肩代わりする機能、アイテムを持っている。
それらのヒーローたちの呪文でも唱えれば発動するかもしれないが、真実は不明だ。
あいにくとソウルメイカーは科学の戦士であり、魔法はない。だが、武器はある。私がまとっているクリステックアーマーがここまでの再現をしているなら、ソウルメイカーの武器だってあるはずだ!
ならば! と私は右腕を伸ばし、叫んだ。
「ソウルブラスター!」
その瞬間、マスク内のモニターにウェポンセレクトの文字が表示された。音声入力式なのも設定通り!
突き出した右腕の掌に光の粒子が集合し、一丁の拳銃を構築する。選択されたのはソウルメイカーの遠距離用武器『ソウルブラスター』である。
大きさは拳銃程でパーツの殆どは直方体で形成され、銃口だけは円柱型をしている。上部と側面にはクリスタル状のパーツが装飾され、見た目の重厚さよりも煌びやかさの方が強い。ソウルブラスターはマスク内のスコープと連動し百発百中の命中精度を誇る。
私は躊躇なく引き金を引いた。風を切り裂く鋭い音と共に銃口から発射される銀色の光弾は吸い込まれるようにして蜘蛛騎士の頭部と右脇腹を抉るように撃ち抜いた。コウモリ騎士の上にいた蜘蛛騎士はぐらりと態勢を崩して放り出される。落下の際の衝撃のせいか、貫かれた脇腹から上下にひき裂かれていくのが見えた。
『な、なんの魔法よ! 銃なんてどうやって用意したの!』
「ごめん、説明はあと!」
蜘蛛騎士は撃破したが、まだコウモリ騎士が残っている。コウモリ騎士は一度大きく旋回、私との距離を取った。ソウルブラスターを警戒しているのだろうか、小刻みに変化をつけて飛んでいる。
そして百メートル程の距離を取ると、コウモリの顔を模した兜が開かれ、内部からは人の目と鼻を持ったコウモリの顔が出現した。コウモリ騎士は大きな口を開け、空気を振動させる音波を放ってくる。
「当たらないよ!」
既にその攻撃は察知している。目視できない音波攻撃であってもソウルメイカーのスコープであれば範囲が可視化できる。私はソウルウィングにて下降、狙撃の態勢を取っていた。コウモリ騎士は避けるそぶりを見せない。
「まさかと思うけど、射程が短いと思ってる?」
彼にしてみればソウルブラスターは威力はさておき手に収まる小さな拳銃にしか見えないだろう。何かの話で昔の銃はかなり精度が悪く、射程距離も短いものが殆どだったとか何とか。あいにくと私は歴史には詳しくないしその話が真実かどうかも今となってはどうでもいいことだ。
だが、コウモリ騎士が狙撃態勢に入った私を見ているにも関わらず避けようとするそぶりを見せず、それどころか次の音波攻撃を放とうとしている姿を見るに、どうやら射程が短いものと思われているらしい。もしくはこれほどの距離が開けば届かないと思っているのか?
『メイカ! 届くの!?』
どうやらラミネもコウモリ騎士と同じような意見らしい。
「大丈夫! ソウルブラスターの射程距離は……!」
私は再び引き金を引く。銀の光弾が音速を超えてコウモリ騎士に迫る。コウモリは音に敏感だという。コウモリ騎士は発射音に気がついたのか、回避しようと身動きするが、その判断をした瞬間には翼を撃ち抜かれていた。
私とコウモリ騎士の距離はざっと三百メートルはある。
だけども……
「六百メートルは余裕で届くのよ!」
威力の減衰を考えないのならば数千メートル。ちょっとした狙撃ライフル並の性能らしい。ミリタリはよくわからん。
羽を撃ち抜かれたコウモリ騎士はどれだけ羽ばたこうともう飛翔することはない。私は狙撃態勢のまま、更に下降する。照準はまだコウモリ騎士にセットしてある。
「止めよ!」
三度目の射撃は間違いなくコウモリ騎士の胴体を撃ち抜き、爆散させた。
『でたらめよ……あなた』
「異世界に召喚された時点で全部でたらめよ。そんなことより、まだあいつらは残ってる!」
コウモリ騎士の爆発を見届けた私は踵を返すように今なお戦火に包まれる街へと向かう。視線の先には逃げ惑う人々がいて、それを守るように突撃する兵士たち、蹂躙する地竜兵が見える。
兵士たちの攻撃は一切が通用せず、問答無用で蹴散らされていた。
私は地竜兵の軍勢、その先頭を行く連中の頭上からソウルブラスターを掃射する。撃ち抜かれた地竜兵が崩れ落ち、後続の進軍が止まる。
何事かと全員が空を見上げた。
無数の視線を受けながら私は地竜兵と人々の間に降り立つ。もちろん対峙するのは地竜兵の方だ。
私はソウルブラスターを構え、悠然と前に進む。
「我が名はソウルメイカー。この世界を救うべく呼び出された戦士だ!」
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます