第24話 希望の結晶

『変身!』


 小さな女の子の声が聞こえた。

 どこかで聞いた声だ……どこだったかな?


『とぉーう!』


 なんか元気な女の子だなぁ。

 元気に段差や木の上から飛び降りてる。あ、ダンボールで作った鎧みたいなのを付けてるところは私そっくりだ。私も、小さい頃はあぁして遊んでいたっけ。

 新聞紙を丸めて剣を作ったり、自由帳に絵を描いてヒーローのマスクを作ったり……


『フフフーン!』


 懐かしいヒーローソングを鼻歌で奏でる所もそっくりだ。テレビ番組でたまにやっていた懐かしのヒーロー特集とかで知った作品をあの手この手で調べて、曲を覚えたり、見たりしてたなぁ……お父さんに無理をいってレンタルショップも回ったっけ?

 男の子たちの輪に入って色んなヒーローの話もしたなぁ。友達からは変なのって言われたけど、別に構うことはなかったもん……かっこいいヒーローたちが好きで何が悪いのか、それがわからなかったし。

 それに、女の子が見るようなアニメだって私は好きだったんだからいいじゃないか。世間一般ではそれをオタクというらしいけど。


「あれ? これって走馬燈?」


 ぼんやりとした意識の中、さっきから流れ込んでくる映像は全部過去の私のことだ。元気な女の子も、それは小さい頃の私。たまたまテレビの再放送でやっていた昔のヒーローを見て、一瞬で一目ぼれした私は、そこからずっとヒーローを、彼らを追いかけ続けたんだった。


「死んじゃったのかなぁ、私……」


 なんでここまで冷静にいられるんだろう。

 自分の事ならが、不思議だった。

 邪王軍はどうなったんだ? アナは? ガランドの国はどうなったんだ……私はヒーローとして変身して、戦っていたけど、邪王に敗北して気を失ったはず。もしかしたらそのまま殺されちゃったのかな?


「情けない……」


 なぜだか泣きたくなったけど、涙は出てこない。この奇妙な感覚のせいなのかもしれないけど。

 あぁもう……邪王に偉そうなこと言ってたけど、当の私がこんなザマじゃ意味ないじゃない。

 姿かたちを似せていたのは私の方だ。変な世界に飛ばされて、ヒーローになって、変身して、戦って……そんな高揚感で突き進んでいたのは私の方だ。

 酷い思い上がりだ。まるで自分が選ばれた英雄になったつもりで、いい気になっていた。


『だって私はヒーローが好きだから!』


 記憶の中の、幼い私が意地を張って叫んでいた。多分両親だったから、友人にそんな趣味はやめろとか言われた時だったかな。小さい頃の私はそれが口癖だった。

 ヒーローが好きだから。それは今も変わらない。

 だって彼らはどんなに強い敵が相手でも、どんなに酷い目にあっても、決してくじけず、立ち上がって、人々の為に駆けつけてくれた。

 それが作り話であっても構わなかった。そうでありたい、そうであるべきと、ヒーローは私に教えてくれた。

 悪いことはダメだ。人の為になるような人になれ。平和の尊さ。人を愛するという気持ち。勇気。

 私はそんな感情の全てをヒーローたちから教わったはずだ。


(助けて……)


 ふと、消えるような小さな声が私の耳を打った。


(助けてください……)


 これは……アナの声?

 そうだ、アナは今、邪王に囚われているんだ……しかも早く助けないと彼女は死んでしまう。


「だったら……」


 立ち上がらないと……


『どうして?』

「はぁ?」


 気が付くと、幼い私が、目の前にいた。手にはお父さんにダダをこねて買ってもらった古いヒーローのベルト、その玩具を持っていた。


『どうして痛いのに立つの?』


 幼い私は不思議そうに首をかしげてる。


「どうしてって……そんなの当たり前でしょ」


 あぁそうだ……私はかっこいいからとか、強いからとか、そんな表面上の理由だけでヒーローを好きになったわけじゃない。もちろん、それらも理由だ。

 だけどね……私がヒーローを好きな理由はね……もっと別にあるのよ。


「助けを求める声があったら、ヒーローは駆けつけなくちゃいけないのよ……それがどんなに苦しい時でもね……」

『現実じゃ誰も褒めてくれないよ?』

「あぁもう鬱陶しいなぁ。いつの時代の文句よそれ……あんたも私の恰好してるならわかるでしょ? そんなことでヒーローはヒーローやめないのよ」


 褒めてくれるから? 名誉が与えられるから? お金がもらえるから?

 えぇ確かにそういう理由でヒーローしてる奴らもいたわ。いいえそれだけじゃない。正義なんて二の次、戦うことや復讐だけが目的のヒーローもいた。

 だけどね、ヒーローは、そう呼ばれる彼らは、必ず人々の為に立ち上がり、戦ってくれるのよ。

 私は、そんな彼らに憧れたんだ。そんな姿勢に憧れたんだ。


「誰かの為に、何かをできる……命をかけられる……それを胸を張ってやってのける……最高じゃん。素敵だわ。だから私はヒーローが好きなのよ。夢物語でもなんでもいい。その姿を見て育ったんだ。私はね!」

『けどあなたはヒーローじゃないわ。その名前と姿を借りてるだけの女の子よ』

「あぁもう! うるさい! 私はね哲学したいんじゃないんだよ! そんな小難しい理屈はどーでもいい! ただ、好きなだけ、憧れた、それでいいだろ!」


 私は幻想の私を振り払うように立ちあがる。


「誰かが助けを求めてる……だったらそれを何とかしようってのが道理でしょうが!」


 その瞬間、ぐわんぐわんと頭痛がする。体の全てが引きちぎられるような痛みが襲ってくる。耳をつんざくような悲鳴と、怒号、炸裂音や剣戟の音が轟く。


「だから……」


 硬い地面に寝そべっているのがわかる。ぼやけていた視界が定まっていく。

 目の前でたくさんの兵士たちが崩れていく。地竜兵や地霊騎士の進軍を止められないからだ。


「恐れるな! 撃ち続けろ!」


 マリンさんの声が聞こえる……跨っていたはずの馬の姿はどこにもなく、あちこちが傷だらけで、それでも部下の人たちを鼓舞しているのが見えた。

 他の兵士たちもみんな、雄叫びを上げながら剣を、槍を、弓を振るっている。

 私の周りには沢山の人達がいる。みんな怯えていた。そんな彼らの周囲を邪王軍がぐるりと回りと包囲していて、徐々に狭まっていくのがわかる。

 このままじゃ当然、みんな殺される……


「そんなの……許さない……」


 絶対にそんなことはさせない。

 私は全身に力を込めて立ち上がる。


「聖女様……」


 誰かの声が聞こえた。その声に反応するように周りの人たちの視線が私に集中する。


「おぉ! 聖女様が!」

「聖女様が立ち上がった! 目覚めたぞ!」


 その声は歓声となり、広まっていく。だけど、まだ弱弱しい。戦闘の音の方がまだ大きいし、戦っている人たちは私が立ち上がったことに気が付いていない人たちも多かった。

 私は痛みを堪えながら、一歩、ふらつく足で前に出る。


「最後まで……やり遂げなきゃいけない……一度でもヒーローを名乗ったんだから……中途半端でやめられないでしょうが……」


 その呟きは自分に言い聞かせたものだ。

 一度負けたからって何を弱気になってるんだ私は。ヒーローだって無敵じゃない。敗北から学び、そして立ち上がるのが常じゃないか。


「ラミネ! あんたもさっさと起きなさい! 聖女に仕える精霊なんでしょ!」


 足元にはまだ倒れているラミネがいた。彼女もまた弱々しく、傷つき、地に伏している。


「あんたが私を呼んだ。あんたが私に力を与えた。だったら最後まで責任もって、戦え! こうなりゃとことんやってやるわよ。聖女だろうが、勇者だろうが、なんでもやってやるわ!」


 ぐったりとしているラミネを掴む。


「うるさいわねぇ……耳元でキャンキャン怒鳴らないで……」


 うっすらとラミネが目をあけた。

 相変わらずの口調だ。だけど、無事ならそれでいい。


「行くわよ、ラミネ。お互い、踏ん張るしかないわ」

「勝てるの? 邪王の力は私の想像以上だった。三代目聖女の肉体を依り代として復活をしていたなんて思ってもみなかった。あれはハッタリじゃない。優れた肉体を十全に使いこなしている……そしてあんたの力も……加護をコピーされてる……」

「勝つ。ただそれだけよ……私の力がどんなもんか知らないけど、そんなの理由にはならないわ。ヒーローは立ち上がり、そして敵を倒して、人々を笑顔にする。それだけ……」


 私はちらっと周りを見渡す。私が立ち上がったことに気が付いた人々はみんなすがるような表情を向けていた。

 期待がとんでもないわ。プレッシャー感じちゃう……けど、それに答えてあげようじゃない。


「行くわよ、ラミネ! 聖着だ!」

「いつでも!」


 ラミネは力強く飛び立つと全身を輝かせる!

 黄金の光があたりを照らす。その光はまるで国中の隅々にまで広がるようだ。当然、その光に戦闘を続けるものたちも気が付く。あらゆる存在の注目が私たちに集まっていた!

 その中でラミネは一気に私の体に飛び込んでくる!

 吸い込まれるラミネ、そして私の左腕にブレスレットとなって出現する。

 私は左腕を高々に掲げた。


「聖着!」


 力を込めて、左腕の拳を握りしめて、振り下ろす。ゆっくりと、気合を乗せるように右腕をまわして、突き出す! 両足はしっかりと大地を踏みしめて、視線は空! こちらの存在に気が付いた邪王とにらみ合うように、そして一歩も退かないように視線をぶつける!

 私の周囲には煌くクリスタルが無数に出現した。そのクリスタルたちが発光し、粒子となって私の体に降り注いでいく。

 真っ黒なインナースーツが全身を覆う。特殊素材で作られたスーツはしっかりと私の体にフィットして、引き締めていく。

 そして、そのインナーにかぶさるように無色透明のクリステックアーマーが装着されていく。両脚、両腕、肩、腰と胸、そして背中のソウルウィング……装着が終わると同時にアーマーが白銀に変色していく。

 最後の仕上げ。目元だけを残して、私の顔がマスクに覆われる。

 ガシャンとゴーグルが下りる。同時に全てのアーマーの機能が正常に作動していることを示すように内部のモニターが表示されていく。

 変身が完了した……私はソウルウィングを展開して、一気に上昇する!

 光に包まれたこの姿を、希望の光として、象徴として、邪王と対になるように。


「ソウルメイカー……ここに見参!」


 そして、あらんかぎりの声で名乗りを上げる。

 

「さぁ、決着をつけましょう。地霊邪王!」


 ワッと国中から歓声が上がった。

 すべてを包み込もうとしていた戦闘の音をかき消すように、国中を揺るがすように。

 ラミネは言った。聖女は希望の象徴だと。

 だから……もう後には退けない。いや、退かない!

 希望の象徴は、もう決して、砕けることはないのだから!

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