第10話 運搬者《ベクター》



 デューンが後ろに手を回したまま茂みから歩み出ると、セインとモコ、最後にセラが続いて広場へ出てきた。


「ちゃんと縛ってきたのかい? なかなか素直な子供達だ……って言いたいところだけど、悪いね。ちゃんと縛り直させてもらうよ」


 シュラインに乗っ取られた村長が、そう言って顎をしゃくる。

 すると、うつろな目をした村の若者数人がふらふらと歩み出てきた。彼らにセインが手加減して縛ったロープをきつく縛り直されながら、デューンが悪態をついた。


「へッ……お見通しってワケか。だが、何で俺をすぐ仲間にしない? こいつらみたいにお前の細胞に感染させちまった方が、早いんじゃないのか? 俺は危険だぜ?」


「いい提案だけどね……コイツらみたいに使い物にならなくなると困るんだ。生体電磁波による支配力が向上したのはいいが、自由度も低くなっちゃうみたいでね……」


 たしかに、シュラインが意識を移している村長以外は、若者達だけでなく村人の誰もが気味が悪いほどうつろな目をしている。


「……てことは、俺をまだ利用するつもりってことか」


「筋肉ダルマのくせに察しがいいね。その通りさ。君にはアメリカ本土まで案内してもらおうかと思ってね」


「まさか……我が国ステイツをこの島みたいにしちまう気か!?」


「ご想像にお任せするよ。そういうわけだから、その子達には別に用はないんだ。そろそろボクの一部になってもらおうかな……」


 そう呟いた村長=シュラインが右手を前に出して怪しく動かすと、草むらの一部がガサガサと揺れ動き始めた。


「きゃあッ!?」


 セラが頭を抱えて座り込んだ。

 突然、何か黒い影が顔を目がけて飛んで来たのだ。その影に向かって、セインが用心のために手に持っていた棒を振るった。


「うわわわ!? ネズミだっ!?」


 モコが大声を上げて飛び退く。地面にはたき落とされてひくついていたのは、大きなドブネズミだったのだ。


「そうか!! こいつらに自分の細胞をばらまかせやがったんだな!? 逃げろお前ら!! 逃げるんだ!!」


 デューンはうずくまるセラに駆け寄ると、手を後ろに縛られたまま足を踏み鳴らし、数匹のネズミを蹴り上げた。その剣幕にひるんだ様子を見せたネズミたちは、セラ達の周囲から一瞬で姿を消し、草むらや建物の影に逃げ込んだ。

 しかし、撃退できたわけではない。

 逆に周り中の物陰や草むらに潜む気配は、時間を追うごとに増えつつあるようだった。この島は小さいが、人間の生活に密着したドブネズミは、かなりの数が生息しているのだ。

 そのうち、ネズミの重さで木々がたわみ、ついには物陰からネズミたちがあふれ出し始めた。


「やはり機動性と能力を考えると、運び屋ベクターとしてはコイツらが一番なんだ。こうなったらもう逃げられないから、諦めるんだね。さて、どの子から仲間になってもらおうかな?」


 もはや姿を隠す必要もないとばかりに、無数のネズミたちは数メートルの距離を置いて、セラ達をぐるりと取り囲んだ。

 さらに見渡す限りの樹木、住宅、砂浜までもが、ドブネズミの黒い色で覆い尽くされていく。逃げ道はどこにもありそうにない。セラが覚悟を決めて目をつむった時。村長がいきなりブツブツと独り言を言い始めた。


「……ん? なんだこれは。少し早すぎる……戻れよ。戻れって。クソッ。これだから水中との交信はやりにくい……」


 耳元に片手をやって虚空を睨み、何かと話しているようだ。


「そう。そうだ。今出てきてどうする。元の場所へ戻すんだ……何? 連絡できない? 魚でも何でも乗っ取って行かせろ」


「逃げよう」


 セラがセインの耳元で囁く。


「どうやって。どこへ? 俺たちこんなに囲まれてんだぜ?」


「あいつ……今、みんなには聞こえない声と話してる。遠い場所の自分と。それにはすごく力がいるみたいだから、たぶん、今ならネズミたちは……動けないよ」


「自分と話すって? それってどういう意味? それに、それがどうしてセラに分かるのさ? 父さん達はどうするんだよ?」


「村長達のことは、今はどうにも出来ないよ。とにかく一度逃げて……出来れば島から出て助けを呼ぼう?」


「その話。乗った」


 デューンが僅かに体を曲げて、小さな声を出した。


「どうせこのままじゃやられるだけだ。俺に付いてこい。一気に走る。いいか? スリー、ツー、ワン、ゴー!!」


 デューンのあまりの思い切りの良さに、三人の子供達は目を白黒させながらもなんとかすぐ後ろについて駆け出した。

 デューンの駆けていく方向からして、目指しているのは海岸近くのヘリポートのようだ。

 もしかすると操られた米兵がいるかも知れないが、今のシュラインの状況では、セラ達を捕まえるような細かい作業をさせる事は出来ないに違いない。


「来た!! 来たよ!!」


 後ろを振り向いたモコが、血相を変えてスピードを上げた。

 その様子に振り向いたセインも、背筋が凍る思いを味わった。後ろからネズミたちが追ってくるのだ。まるで黒い絨毯が広がるように、すさまじいスピードで地面を埋め尽くしていく。


「あっ!?」


 セラが転んだ。したたかに打ったようで、右膝を抱え込んだままうずくまり、立てそうにない。


「セラッ!? しっかり!!」


 駆け戻って肩を貸そうとしたセインを、デューンが制した。


「んなことやってたら追いつかれる!! 俺のブーツの脇に小型ナイフがついてる。それで手を自由にしてくれ!!」


 それを聞いたモコが、デューンの足元に飛びつくと、小さなナイフを抜き出してロープをさっと切り払った。


「よし、よくやった。お前ら、舌噛むなよッ!!」


 そう言うなり、デューンはなんとセラ、セイン、モコの三人を両腕で軽々と抱え上げ、これまでより速く走り出した。


「すすす……すげえ……」


 重戦車のような走りを見せるデューンに、思わずセインが感嘆の声を上げた。


「見たかよ!! これが本場のアメフト選手のパワーだぜ!!」


 ようやくヘリポートが見えてきた。

 駐機している変わった形のヘリは、セラ達の頭上を通過していったあの輸送ヘリだ。

 あそこまで行けばなんとかなる。全員がそう思ったその時。大きな地響きが砂浜を揺らした。


「見て!!」


 デューンの小脇に、子猫のように抱きかかえられたままのセラが、海を指さした。

紺碧の海を割って、巨大な焦げ茶色のものが浮かび上がり、それがゆっくりと砂浜に這い上がってきつつあったのだ。


「あれは巨大蟹アリマサグ?…………どうして……?」


 セラはそう言って絶句した。

 その姿は、いつか見た村史の記録画にあったノコギリガザミの巨獣・アリマサグとまさにそっくりであったのだ。

 十年前、島に上陸したアリマサグは火口に落ちて死んだと聞かされている。ならば、あの巨大蟹は、いったい何故生きているのか。


「アリマサグは一匹じゃなかったんだ。仲間がやられて十年も海中に潜んでたんだよ。そうか。あの白人カウカシャン、それでジャングルに住むカニたちを、海に向かわせたんだ!!」


 デューンの背でセインが悔しそうに叫んだ。

 

「ぼやいても始まらねえ!! このままヘリまで駆け抜けるぞ」


「だ……ダメだッ!! あのヘリ、壊されてるよ!?」


 モコの言う通り、近づくにつれてヘリの後部が大きく破壊されているのが見えてきた。その周辺からは、わずかだが黒い煙も出ている。


「アレは収納スペースだ!! たぶん、積んできた火器を奪ったんだろう!! 操縦席さえ無事ならそれでいい!!」


 三人の子供を抱えたまま、タラップを軽々と駆け上がったデューンは、操縦席に座ると通信機を立ち上げた。


「よしいいぞ。通信機コイツさえ生きていれば、緊急解除コードで機動兵器を起動できるッ!!」


 忙しくコンソ-ル上に指を走らせ、立ち上がった液晶画面に、黒丸でしか表示されない暗証コードを打ち込むと、デューンは一人でヘリから飛び出していく。


「君たちはここに居ろ!! ハッチを閉めておけば、たぶんネズミは入って来れない!!」


「き……機動兵器!?……って?」


「俺は本来、地上歩兵部隊じゃない!! 訓練中のパイロット候補生なんだ!! 沖に待機している空母には、俺が乗る予定の機動兵器が待機している!!」


「じゃあ、さっき言ってた切り札って……」


「そうだ!! アメリカ海兵隊所属の最強機動兵器『ナックラヴィー』が、その切り札だッ!!」

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巨獣黙示録外伝・南海のハリマウ はくたく @hakutaku

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