第9話 焦り
強い南風が、分厚い雲を運んできている。
嵐の兆候なのだ。
急に波も荒くなってきていたが、珊瑚礁が天然の防波堤となっているサンゴル島には、まだその気配は伝わっていなかった。
だが、Gのいる珊瑚礁洞窟にはゆったりとした潮位の変化として現れていた。
いや、それ以前にGの超感覚は気圧の急激な変化を捉えていた。そして、生体電磁波感知能力は島で起きている恐ろしい事態もとっくに察知していた。
“動け!! これは俺の体じゃないのか!? 動いてくれ!!”
だが、海鳴りのような低い唸りを発するのみで、どうしても体に力が入らない。
その心の焦りとは裏腹に、その巨体はどんどん自由が効かなくなっていくようであった。
前頭部を破壊され、深海に沈んでいた巨獣王G。
そのむき出しの傷口へ、Gと同じ細胞内共生生物を移植された青年、伏見明が接触したのは、いくつもの偶然の結果であった。
低酸素、低エネルギー状態であったGの肉体は、欠損していた前頭部の機能をカバーできる存在を取り込んだ時、生命維持のため緊急に動かねばならなかった。
周囲には敵もいた。守らねばならない人もいた。
だからほんの一時、Gと明は完全に一体となって動けたのだ。その強靱な肉体をフル活動させて、ダイオウイカと融合したシュラインを斃した。
だが、いかに恐るべき生命維持能力を持つ細胞内共生生物・メタボルバキアといえども、本来まったく違う生物である人間とGを融合させるには、もっと時間が必要だった。
緊急で繋がった二つの生命体を結ぶ神経節は、その役目を終えて壊死してしまい、もう一度新たな神経ネットワークを構築しなくてはならなかったのだ。
“いけない……早く立ち上がらなくては……この音……何かが来るんだ。海の底から……”
電磁波の届かない水中だが、音波は空気中より伝わりやすい・
遙か海底から届く不可思議な音は、何か巨大なモノが島へ向かって進んでいることを示していた。
“島には、あの少女がいる……僕に水を飲ませてくれた少女が……”
寂しげな生体電磁波を発する少女だった。
立つ位置があまりに近かったため、目の焦点が合わず、姿形はよく見えなかったが、その優しい思いは、直接G=明の心に響いた。
その生体電磁波の波長は、どこか松尾紀久子に似ている。そうも感じていた。
細胞内共生生物メタボルバキアを体内に注入され、危篤状態から蘇った自分が、初めて出会った研究者の女性。
少し年上の紀久子は、職務以上に自分を気に掛けてくれ、海底の研究施設で行動の自由を奪われた自分に、様々な配慮をしてくれた。
“松尾さん手作りのあんこケーキ……美味かったな……あれ、他の人たちにも作ってあげたんだろうか……”
そう思った瞬間、戦慄が走った。
そうだ。少女だけのはずがない。少女一人で暮らしているわけがないのだ。あの島には、少なくない数の人が住んでいるに違いない。
もし、海底を侵攻する巨大な何かが上陸すれば、大変な惨事が起きる。ヤツから島を守れるのは、今、自分しかいない。Gとなった自分だけなのだ。
“動けぇッ!! 動けよッ!!”
手足に力を込め、立ち上がろうと試みる。
ようやく、ほんのわずかだけだったが右手の指が動くのを感じた。
“よし……行くぞ……ッ”
だが、腕に込めようとした力は、まるでスポンジに吸い込まれていくように、自分の体内のどこかへと消え失せた。
時間が無い。
海底を移動する何かは、すでに島に到着しつつあるのか、浅瀬の珊瑚礁を踏み砕く音が混じり始めている。
“ちくしょうッ!!”
怒りの思考波をばらまきながら、G=明は珊瑚礁の洞窟でもがき続けていた。
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