第拾話 一鈴の絆


 その日の夜、長き戦いも遂に終えた。悪しきダイタラボッチを仕留め、襲って来た妖怪たちを追い返すことができたのだ。

 集会場の古寺の中で、傷ついた猫たちを他の猫たちが世話をしていた。その様子を見守っていたトラに一匹の猫が近づく。山で死んだ仲間の埋葬を終え、野次やじが戻って来たのだ。


「野次、ご苦労だったな。……ところで、あの人間の女は?」

「はて? 御一緒ではなかったのですか?」


 噂をすれば丁度女が古寺へ入って来た。何やら機嫌が悪く、入ってくるなり何かを床にぶちまける。それは数枚の小判と銀、銭であった。女はダイタラボッチを倒したことを庄屋しょうやへ報告に行っていたのだ。庄屋がまだ金を集めていないことを知るなり、女は斬り落としたダイタラボッチの指を見せておどした。肝を冷やした庄屋は手元にあった金を全て女にやり、後は寺社奉行へ掛け合ってくれと泣き落とされてしまったのだった。


「里の復興に使うから駄目だとさ。まったく、おかげであたしは大損だよ! これっぽっちの端金はしたがねなんざ、お前たちにくれてやるさ!」


 驚き遠慮するトラと野次。だがこの御時ごじせい、猫にも小判が必要な時もある。有難く頂戴した野次は早速数え始め、器用にもそろばんをはじきだした。野次が金を数えている間、トラは女に何か言いたげだったが、中々言い出せないでいた。


「ええと…願いましては、と。残された者の治療金、見舞金、その他諸々で……パチパチ……あぁ、蒼牙そうが殿たちへの礼金も入れると……」


 義で来たとはいっても、手ぶらで帰すわけにはいかない。そろばんをはじき終え、野次はうな垂れた。自分たちが持っていた予算と女の金を足しても、蒼牙らに渡せる銭は、本当に端金程度にしかならなかったのだ。


「……そういやさ、狛狗こまいぬだかって言ってたけど、あの男は何者なんだ? 妖怪か?」


 女の疑問に野次は丁寧に答えた。大昔からケノ国に存在した白い狼の一族のこと。戦に長け、妖術を使い、人の姿にもなれること。義に厚く誇り高い一族であること。そして、子孫が絶え、滅びゆく運命にあることを教えた。

 暫く話を聞いて考え込んでいた女だったが、何か決心すると立ち上がる。


「狛狗たちは今どこにいる?」

「長旅の後の戦でしたから、この山の裏にある『猫魔殿びょうまでん』という場所で休まれておりますじゃ。……あの、何か?」


「ちょっと行って来る。もしかすると、金を出さずに済むかもしれんぞ」

「お、おい! 待て!?」


 止めるトラを置いて、女は古寺を出て行った。


 半刻(約一時間)後、女が古寺に帰って来た。何やら息を切らせ、上機嫌である。


「今度はどこへ行っていたのだ? ……まさか本当に……」

「ああ、那須野のいぬたちのところだ! 喜べ! うまくいったぞ!!」

「うまくいったって……なにが……?」


 女は得意げに話し始めた。

 猫たちはその内容に驚き、寝ていた猫まで魂消たまげていた。

 トラは聞いているうちに顔色が段々と悪くなっていく。

 女だけが最後まで得意げに話をしていた。

 話が終わると顔を真っ赤にしたトラが怒鳴り散らした!


「気は確かか!? お前は自分が何をしたかわかっているのか!?」


「別に貸し作ったわけじゃない、あたしが勝手にしたことだ。何怒ってんだい?」


 怒るトラに不思議そうな顔をする女。

 他の猫たちはトラの怒りに怯え、成り行きを見守るしかなかった。


「どこ行く気だい?」

「蒼牙のところだ! 取り消すよう言って来る!!」


 出て行こうとしたトラは女に掴まれ、頭から壁へと叩きつけられた。トラは白目をむいてそのまま伸びてしまう。見れば女の形相は鬼の様。震えあがる猫たちを前に、女は脇差わきざしを抜くと床へと突き立てた。


ドッ!


「この馬鹿が勝手な真似しないように見張ってろ! このあたしに恥かかせるような真似したら、お前らもぶっ殺すからね!! そのつもりでな!!!」


 床に脇差を突き刺したまま、女は寝床へと出て行った。



 次の日の早朝。女は一人トラに呼び出された、話があるのだという。山林を登っていくと開けた場所に出た。隣の山が一望できる様な場所であり、トラが一匹で下をながめていた。

 気が付くと振り向いたが、再び目を落とすと話し始める。


「……見ろ。昨晩のダイタラボッチのむくろがある」


 近づいて言われるままに眺めると、眼下の沢の荒れた斜面に、大きな岩の様な物がうずまっていた。ダイタラボッチの骨なのだろうか?


「言いたいことがあるなら、さっさと言いなよ」

「……」


 女は煙草を吹かしながら横目でトラを見る。

 するとトラは突然女の方を向き、地へと頭を突っ伏した。



「……済まぬ。…………許してくれっ!!」


 トラは土下座でもするかのように、女に向かって頭を下げた。

 自分以外は他人、それが猫。その猫の長が、人間に向かって頭を下げたのだ!


「な、なんの真似だい!?」


「……俺は……俺は命の恩人に対し、恩を返すどころか貸しを作ってしまった!」


 トラはその場に突っ伏したまま、遂に泣き出してしまった。


「恩人……? 一体、なにを言って…」


 トラは前足で顔を洗い、何かを取り出すと女の前に置いた。



──チリン……



「……鈴?」


「昔、お前が俺にくれたものだ。……今でもよく憶えている。一緒に住んでいた娘と一緒に、俺を負ぶったりどこかへ連れて行ったり……。猫とて恩人の名を忘れるほど愚かではないのだ……」


 気が付くと、女はトラの体を抱き上げていた。


──そうだったのか……お前があの時の……!


「……そんな……こんなことって……! ……お前、生きていたのか!?」


 トラを抱き上げ、懐かしむかのような顔をし、そして満面の笑みを見せた。

 ギュッと抱きしめ、子供をなだめるかのように背中を叩いてやった。


「こいつめっ! こんなでかくなりやがって! …ははっ! お前が猫の大将か!」


 目に涙を浮かべながら何度も嬉しそうにうなずき、気が済むと地に下ろしてやった。



莉緒りお……また俺を置いて行ってしまうのか? 故郷ふるさとに留まる気はないのか?」


 寂しそうにそう尋ねるトラ。


「そのつもりだったんだけどね、今のあたしは追われてる身。ここで隠居するつもりだったんだけど……この騒ぎじゃあ、ね。これは貰っておくよ」


 そう言って大きなかんざしを取り、髪を解くと鈴のついた紐で縛りつける。

 そして尚も寂しそうな顔をするトラの頭を撫でてやった。


「そんな顔するな、お前もあたしも強く生きた。これからもずっとそうだ。

あたしは那須野の御狗様の所へ嫁に行く。お前はこれからも気張って生きなよ」


 そう言ってトラの頭から手を離した。



「……莉緒」

「達者でな、トラ」


 莉緒は後ろを向くと歩いて行く。歩きながら振り向かずに手を振った。


 その後、莉緒がどうなったのか知る者はいない。

 トラはその後『那珂なか邪々虎じゃじゃとら』と猫たちから呼ばれ、八潮やしお星ノ宮ほしのみや神社二代目巫女がこの里を訪れるまでの二十年もの間、長として君臨し続けたという。


一鈴の絆 『化ノ国物語』より  完

 そして、物語はつづく

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一鈴の絆 ~化ノ国物語~ 木林藤二 @karyou

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