第拾話 一鈴の絆
その日の夜、長き戦いも遂に終えた。悪しきダイタラボッチを仕留め、襲って来た妖怪たちを追い返すことができたのだ。
集会場の古寺の中で、傷ついた猫たちを他の猫たちが世話をしていた。その様子を見守っていたトラに一匹の猫が近づく。山で死んだ仲間の埋葬を終え、
「野次、ご苦労だったな。……ところで、あの人間の女は?」
「はて? 御一緒ではなかったのですか?」
噂をすれば丁度女が古寺へ入って来た。何やら機嫌が悪く、入ってくるなり何かを床にぶちまける。それは数枚の小判と銀、銭であった。女はダイタラボッチを倒したことを
「里の復興に使うから駄目だとさ。まったく、おかげであたしは大損だよ! これっぽっちの
驚き遠慮するトラと野次。だがこの
「ええと…願いましては、と。残された者の治療金、見舞金、その他諸々で……パチパチ……あぁ、
義で来たとはいっても、手ぶらで帰すわけにはいかない。そろばんをはじき終え、野次はうな垂れた。自分たちが持っていた予算と女の金を足しても、蒼牙らに渡せる銭は、本当に端金程度にしかならなかったのだ。
「……そういやさ、
女の疑問に野次は丁寧に答えた。大昔からケノ国に存在した白い狼の一族のこと。戦に長け、妖術を使い、人の姿にもなれること。義に厚く誇り高い一族であること。そして、子孫が絶え、滅びゆく運命にあることを教えた。
暫く話を聞いて考え込んでいた女だったが、何か決心すると立ち上がる。
「狛狗たちは今どこにいる?」
「長旅の後の戦でしたから、この山の裏にある『
「ちょっと行って来る。もしかすると、金を出さずに済むかもしれんぞ」
「お、おい! 待て!?」
止めるトラを置いて、女は古寺を出て行った。
半刻(約一時間)後、女が古寺に帰って来た。何やら息を切らせ、上機嫌である。
「今度はどこへ行っていたのだ? ……まさか本当に……」
「ああ、那須野の
「うまくいったって……なにが……?」
女は得意げに話し始めた。
猫たちはその内容に驚き、寝ていた猫まで
トラは聞いているうちに顔色が段々と悪くなっていく。
女だけが最後まで得意げに話をしていた。
話が終わると顔を真っ赤にしたトラが怒鳴り散らした!
「気は確かか!? お前は自分が何をしたかわかっているのか!?」
「別に貸し作ったわけじゃない、あたしが勝手にしたことだ。何怒ってんだい?」
怒るトラに不思議そうな顔をする女。
他の猫たちはトラの怒りに怯え、成り行きを見守るしかなかった。
「どこ行く気だい?」
「蒼牙のところだ! 取り消すよう言って来る!!」
出て行こうとしたトラは女に掴まれ、頭から壁へと叩きつけられた。トラは白目をむいてそのまま伸びてしまう。見れば女の形相は鬼の様。震えあがる猫たちを前に、女は
ドッ!
「この馬鹿が勝手な真似しないように見張ってろ! このあたしに恥かかせるような真似したら、お前らもぶっ殺すからね!! そのつもりで
床に脇差を突き刺したまま、女は寝床へと出て行った。
次の日の早朝。女は一人トラに呼び出された、話があるのだという。山林を登っていくと開けた場所に出た。隣の山が一望できる様な場所であり、トラが一匹で下を
気が付くと振り向いたが、再び目を落とすと話し始める。
「……見ろ。昨晩のダイタラボッチの
近づいて言われるままに眺めると、眼下の沢の荒れた斜面に、大きな岩の様な物がうずまっていた。ダイタラボッチの骨なのだろうか?
「言いたいことがあるなら、さっさと言いなよ」
「……」
女は煙草を吹かしながら横目でトラを見る。
するとトラは突然女の方を向き、地へと頭を突っ伏した。
「……済まぬ。…………許してくれっ!!」
トラは土下座でもするかのように、女に向かって頭を下げた。
自分以外は他人、それが猫。その猫の長が、人間に向かって頭を下げたのだ!
「な、なんの真似だい!?」
「……俺は……俺は命の恩人に対し、恩を返すどころか貸しを作ってしまった!」
トラはその場に突っ伏したまま、遂に泣き出してしまった。
「恩人……? 一体、なにを言って…」
トラは前足で顔を洗い、何かを取り出すと女の前に置いた。
──チリン……
「……鈴?」
「昔、お前が俺にくれたものだ。……今でもよく憶えている。一緒に住んでいた娘と一緒に、俺を負ぶったりどこかへ連れて行ったり……。猫とて恩人の名を忘れるほど愚かではないのだ……」
気が付くと、女はトラの体を抱き上げていた。
──そうだったのか……お前があの時の……!
「……そんな……こんなことって……! ……お前、生きていたのか!?」
トラを抱き上げ、懐かしむかのような顔をし、そして満面の笑みを見せた。
ギュッと抱きしめ、子供を
「こいつめっ! こんなでかくなりやがって! …ははっ! お前が猫の大将か!」
目に涙を浮かべながら何度も嬉しそうに
「
寂しそうにそう尋ねるトラ。
「そのつもりだったんだけどね、今のあたしは追われてる身。ここで隠居するつもりだったんだけど……この騒ぎじゃあ、ね。これは貰っておくよ」
そう言って大きな
そして尚も寂しそうな顔をするトラの頭を撫でてやった。
「そんな顔するな、お前もあたしも強く生きた。これからもずっとそうだ。
あたしは那須野の御狗様の所へ嫁に行く。お前はこれからも気張って生きなよ」
そう言ってトラの頭から手を離した。
「……莉緒」
「達者でな、トラ」
莉緒は後ろを向くと歩いて行く。歩きながら振り向かずに手を振った。
その後、莉緒がどうなったのか知る者はいない。
トラはその後『
一鈴の絆 『化ノ国物語』より 完
そして、物語はつづく
一鈴の絆 ~化ノ国物語~ 木林藤二 @karyou
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