第2話 誰からも好かれる人って結局誰にも好かれないよね?
本日のお客様は守屋 咲さん。二十二歳、郊外の幼稚園に勤務。特技はピアノだそうです。
さて、彼女はどんな風に私を楽しませてくれるのでしょうか……
*
「咲せんせいなんかきらい!」
「どうして?」
「うるさいっ、あっちいけっ!」
直後後頭部に違和感を感じた。
床を見ると折り紙で作った、手裏剣が落ちている。別の園児の仕業だろう。振り向くのも面倒くさい。
私の人生いつからこんな風になってしまったんだろうか?
この幼稚園に勤務し始めてからもう一年が経った。それなのに、いつまでたっても園児から好かれない。それどころか嫌われてるといっていいだろう。
「ちょっと、守谷さん。 そろそろ仕事にも慣れてくれないと……」
園児に嫌われていると、こうして先輩の先生にも嫌味を言われる。
先輩だけじゃない、保護者にも、くどくど、くどくど……
私は人生をどこで間違えたんだろう?
子供の頃からの夢だった。
幼稚園に勤めて、子供達と楽しく……
でもそんなのは幻想だ。
親が一人世話するのでさえ大変な子供を、何人も何にも……
楽しくなんてできるわけがなかった。
もうこんな生活はうんざりだ。
*
「ちょっと、お客さん大丈夫ですか?」
「だいじょーぶ、だいじょーぶ」
仕事帰りに一人でこうやってお酒を飲む。
彼氏もずっといない、友達とも会える時間が減って疎遠になった。
明日は久しぶりのお休みなのに、きっと一日中寝てるだけだ。
私は何のために生きているのか。
薄給激務で、何のために。
なんで幼稚園の先生になんかになったんだろう……
足取りがふらついているのは、お酒のせいだけじゃない。
私の人生のゴールはどこなのだろうか?
真っ暗な夜の街で、私は迷子だ。
*
なんて、ふざけたことを言っていたら、本当に迷子になってしまった。
ここはどこだ?
いつも通っていたはずの道なのに、少し外れただけで、だいぶ雰囲気が違う。
「古物商……八重樫?」
最終的に私の体は、この謎のお店へと引き込まれた。
無意識のうちに私は扉に手をかけていた。
「いらっしゃい」
店に入ると、透き通った声が聞こえた。
「古物商の八重樫 桜です。よろしく」
声の通りの美人で、とても綺麗な人だ。
「それで、何かお悩み事でも?」
「え?」
つい聞き返してしまう。
「ここはそういう店ですから。何か悩みを抱えた人が吸い寄せられてくるんです」
「はぁ……」
怪しさからか生返事になってしまった。
それなのに、酔いもあってか、なぜか私の口はいつの間にか、思ったより雄弁に語り始めていた。
*
「園児に嫌われている?」
「はい…… 私は精一杯やっているつもりなんですけど……」
「まあ、難しい年頃ですから、仕方ないのかもしれませんね」
結局どうしようもないのか。
そんな風に諦めかけていると、知らぬ間に八重樫さんは何かを手にしていた。
「では、こちらなんてどうです?」
「なんですか、これ?」
「香水です。ただの香水じゃありません。これをつけると、人に好かれるんです」
まさか。
そんなものが、あるわけない。
胡散臭い、詐欺か何かだろう。
そう思ったのに、なぜか私はその香水を手に取っていた。
今は藁にでもすがりたかった。
「お代は?」
「いりません」
「いいんですか?」
やっぱり怪しい。
「はい、道具は必要な方に使われてこそですから」
「はぁ、ありがとうございます」
「そうだ、用量はしっかり守ってくださいね。子供に好かれたいなら、ワンプッシュで十分です。忘れないでください」
「わかりました」
結局疑いもありながら、私は香水を手にして店を出た。
*
朝起きると、頭が痛い。
起きるのが億劫だった。
枕元に見慣れない小瓶が置いてあるのが薄目で見えたが、気にしないで寝ることにした。
結局お休みは、睡眠に消えていった。
*
そうして気づくとまた次の朝。
毎日毎日同じことの繰り返しで、嫌になる。
急いで家を出ようとしたところで、八重樫さんにもらった香水のことを思い出した。
この香水をつけるだけで、子供達に好かれる。
やっぱり信じられない。
それでもかすかな期待を胸に、ワンプッシュ、首元に香水をつけて出発した。
*
「咲せんせい、あそぼうっ」
「だめっ、ぼくとあそぶの」
「違うよ〜、わたしだよ〜」
信じられなかった。
あまりにも疑わしい光景に、思わず動きが止まってしまう。
子供たちが私を取り合ってケンカをしている。
どういうこと?
二日前まではありえなかったことが、いま目の前で起きている。
「じゃあ、みんなで遊ぼっか」
混乱する頭を精一杯働かせて、なんとか声を出せた。
それから子供たちと遊んで、遊んで、遊んで、そうして子供たちを帰す時間になった。
まだ信じられない。
今日、私は子供たちに好かれて、たくさん遊んで、先生ってこんなに楽しかったんだ……
「守屋さん今日よかったわよ、様になってきたじゃない」
先輩もなんだか優しい。
香水を少しつけただけで、世界は一瞬でわたしに優しくなった。
「あ、そうだ、今度合コン行くんだけど、どう?」
「ぜひ、ご一緒させていただきます」
いまならなんだってできる、そんな気がした。
*
それから毎日、出勤する前に香水をワンプッシュ、それだけで子供たちは私に寄ってきた。
そして先輩に誘われた合コンの日、私は閃いてしまった。
ワンプッシュしただけで、あんなに子供に好かれるんだ、もう少しつけたらもっといろんな人に好かれるはずだ。
その天才的な閃きは、見事的中した。
「咲ちゃん、かわいーね。LINE教えてよ」
「あ、俺も俺も」
「お前ら抜け駆けするなよ」
少し香水をつけただけで、男たちは簡単に私に群がった。
私の一挙手一投足に、みんな釘付け。
この世界は私を中心にまわっている。
世界の主役は私だ。
*
まだ足りない。全然足りない。
もっと、もっとたくさんの人に好かれたい。
今日は、この前の合コンで一番いい男との初デートだ。
でもまだ足りない。
私の魅力はこんなもんじゃない。
もっと、もっと、もっと、もっと……
ワンプッシュ、まだ足りない、もう一回、まだ、もう一回、もっと、もう一回、何回も何回も……
この香水があれば私は無敵。
もっと、もっと、たくさんつけよう。
そうすれば世界中が私の虜だ。
*
待ち合わせに少し遅れそうだ。
まあでも私を待てるなんて光栄でしょ?
「おせーよ。何時間待たせるんだよ!」
何を言われてるかわからなかった。
そうして彼はそのまま怒って帰ってしまった。
信じられない。この私とデートできるっていうのに、帰るなんて……
「約束破りましたね」
突如、声が聞こえた。あの透き通った声。
八重樫 桜がそこにいた。
「あれだけ、用量を守ってくださいと言ったのに…… 使いすぎましたね、一体どれだけ使ったんですか?」
「いいじゃない、別に。子供だけに好かれてもつまらないでしょ? 世界中を私の虜にしないと」
そうだ、世界は私のものだ。
「残念ですが、それは無理です。現にさっきの彼も帰ってしまいました」
「それはあいつがバカだから——」
「違います。バカはあなたです」
「なっ——」
「香水というのはつければいいというものじゃないんです。つけすぎれば匂いが強すぎて、逆に嫌になる。だから、鼻の敏感な子供にはワンプッシュでいいし、二十代くらいの人でもせいぜいツープッシュで十分です。それ以上つけたらむしろ嫌われるでしょうね」
嫌われる? この私が?
そんなことあるわけ。
「守屋さん、あなただいぶ香水をつけましたね。そんなにつけてしまっては……」
「何よ?」
「いえ、この先はご自身で確かめましょうか」
そういうと八重樫 桜は、
——パチン
と、指を鳴らした。
脳みそを揺らされたみたいな、衝撃が走り、意識が遠のく。
最後に見た八重樫 桜はなんだか笑っているような気がした。
*
……バーコード?
なんだ、これは? 髪……の毛?
「きゃぁぁぁ!」
自分の叫び声でようやく意識がはっきりしてくる。
そうして私は、私を囲む景色が現実だと思い知らさられる。
何十人もの中年の男が、私の身体にくっついていた。
「いち身体してるねぇ、君?」
「ほら、サービスしてよ、サービス」
不快な声が、臭いが、吐息が、私にまとわりついた。
「何これ!?」
「誰かに好かれたかったんでしょ? ちょうどいいじゃないですか」
どこかから、八重樫 桜の声が聞こえた。
「ふざけないで! 私が好かれたかったのは、こんな中年じゃない」
「でも、あんなに香水をつけてしまっては…… 中年男性くらいですよ、今のあなたの匂いに引き寄せられるのは。……それにあれだけつけては、もう一生取れないでしょうね、その匂い」
は?
何言ってるの?
一生このまま?
そんなの絶対に嫌だ。
「嫌だ! ……嫌だ……助……けて」
「無理ですよ。ああそうだ、この方達の加齢臭で、消えるといいですね、香水の匂い。まあ、無理でしょうけど」
どうして……
なんで私がこんな目に。
八重樫 桜の冷たい目が、私の未来を暗示しているようだった。
*
守屋さん、残念でした……
あれほど用量を守ってくださいと言ったのに…… 本当に残念です。
たくさんの人から好かれたい、その気持ちはわかりますが、それで本当に大事な人に嫌われてしまっては意味がないですよね。
世界中を敵に回してでも守りたい、みなさんもどうかそんな人が見つけてみてください。
八重樫 桜は笑わない 湯浅八等星 @yuasa_1224
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