第1話 いいね!の数って幸せの数でしょ?

本日のお客様は、筆坂 香織さん、二十八歳、都内在住のOL。

最近はSNSにはまっているそうです。

いまはネットで話題のとんかつ屋さんに、いるそうですが……

さて、彼女はどんな風に私を楽しませてくれるのでしょうか……



「おっ、おいしそ〜」

駅前行列三十分のとんかつ屋。

長い時間並んだ甲斐もあって、本当においしそうだ。

目の前の彼氏も満足気な表情で、声を出した。


「あっ! ちょっと待って」

危ない危ない、大切なことを忘れてた。


「え、なに?」

「写真、撮らせて」

せっかく来たんだ、しっかり撮らないといけない。


「別に撮らなくてもいいじゃん。冷めちゃうよ」

「だめ、撮らなかったら来た意味がないでしょ?」


パシャ——

ああ、だめちょっと角度が悪い。

もう一枚。

パシャ——

あ、指入っちゃった。

もう一枚。もう一枚。もう一枚……


「うん、これならいいかな」

アングルも、光も、位置も完璧。

納得の一枚だ。


「もういい?」

「待って、投稿しないと」

彼はうんざりそうな顔でこちらを見ていた。

まったく、少しくらい待ってくれてもいいのに。


まあいいや、早く投稿しちゃおう。


駅前行列のとんかつ屋

塩で食べるといいらしい

おいしそ〜

#とんかつ #ランチ #渋谷 #デート #いつもありがと #風やばすぎて #前髪どっかいった #明日も


はいOK

お、早速、いいね来た。いいね!


「じゃあそろそろ食べようか」

「ああ」

少し不機嫌そうな彼と一緒に、私はようやくとんかつを口に運んだ。



「ねぇ、次あそこのパンケーキ屋さん行こうよ。あそこも今人気らしいよ、写真もいい感じに撮れそう」

帰り道彼に機嫌を直してもらおうと、私は提案した。


「ごめん、俺今ちょっと金欠で……無理かも」

「えー」

「それとさ……」

「なに?」

「写真ばっか撮るの、やめたほうがいいと思うよ。写真撮りにご飯食べに来てるわけじゃないんだからさ……」


「なんで?」

そんなこと言うんだろう。

写真撮らなかったらいいねもらえないじゃん。

そんなの食べに来た意味がない。


「なんでって…… ごめん、もう俺帰るわ」

「勝手にしたら」

なんだか腹が立ってきた。

なんで彼にこんなことを言われなきゃいけないのか、理不尽だ。


彼が帰ってからも怒りは収まらず、そんな事を考えながら歩いていたら、いつの間にか知らない道に入っていた。


「ここ……どこ?」

と思わず声を漏らしてしまう。

なんだか不思議な雰囲気のある通りだ。

少し不気味。

そんな気持ちとは裏腹に、何かに導かれるように、体がどんどん勝手進んでいった。


古物商……八重樫?

気づくとその看板を掲げた店が目の前にあった。

古めかしい建物は怪しい雰囲気を纏っている。


それなのに私の手は吸い込まれるように、扉へとかかっていた。


「いらっしゃい」

店の中に入ると綺麗な声が聞こえた。


「古物商の八重樫 桜です。よろしく」

声の主はどうやら店主だったようだ。

歳は二十代くらいだろうか? 背が高く髪の長い女性だ。

こんなに若いのに、なぜ古物商をやっているんだろうか。


「それでご用件は?」

「……いや、あの、用ってわけでは……」

「何かお困り事があるんですよね?」

「……えっ」

思わず言葉に詰まってしまう。

困ったことなんて別に……


「ここはそういう店ですから。なにか悩みを抱えた人しか辿り着けない。そういう風になっているんです」

なにを言っているんだろうか?

わけがわからない。


もうこの店とこの人の怪しさはカンストしていた。

それなのにいつの間にか、なぜか私は自分の話を始めてしまっていた。



「……なるほど、SNSに写真を投稿したいのに、お金が足りないと」

「はい、食べ物をあげるにも化粧品をあげるにも、お金が……」

「でしたら投稿をやめては?」

「駄目。そんなことしたらいいねがもらえなくなっちゃうじゃない」

そんなの駄目だ。


「……そうですか」

そういうと八重樫さんは、立ちあがって奥の部屋に入っていった。

「ではこちらは、どうでしょうか?」

戻ってきた八重樫さんはインスタントカメラのようなものを手にしていた。


「なんですか? それ」

「カメラです」

「わかってますけど……今時そんな……」

このスマホの時代にインスタントカメラなんて…… さすがは古物商とでも言うべきなのか。


「このカメラただのカメラではありませんよ。まずスマホに同期できます」

「はぁ……」

だからなんだって言うんだ。そんなの元からスマホでとればいい。


「では、早速撮ってみてください」

「いや、別にいいです」

「そう言わずに、ほら」

そう言って八重樫さんは私をテーブルまで引っ張った。


「ほらって、こんななにもないテーブルを撮ったって仕方ないじゃない」

「でしたら……あなたが食べたがっていたパンケーキを想像して撮ってみてはどうでしょう?」

「なに言ってるの? なにが悲しくてそんな虚しいこと……」

「いいから、ほら」

有無を言わさぬその態度に、私は仕方なくなにもないテーブルにカメラを向けた。


パンケーキ。

丸くてふわふわで、生クリームがかかってて、あとシロップも……


カシャ——


次の瞬間私は目を疑った。

そこには信じられらない光景があった。

私が撮ったなにもなかったはずの空間に、私が想像した通りのパンケーキが置いてあった。


「スマホ、確認してみてください」

戸惑う私に、八重樫さんは淡々と話す。

言われるままにスマホを取り出すと、アルバムには同じようにパンケーキが写っていた。


「驚きましたか?」

「何なんですか! これ!?」

一体私の眼の前でなにが起きたのか、見当もつかない。突然なにもない空間から、パンケーキが生み出された。どういう原理で?


「これは想像したとおりのものを、実際に生み出すことのできるカメラなんです」

「は?」

わけがわからなかった。

いや、実際に私の目の前で起きたことはその通りなんだけど、それでもそんなことがあり得るのか。

なにかのトリックじゃ……


「トリックではありませんよ。実際に食べてみては?」

私の心を読んだかのように、八重樫さんは話す。


そうしてパンケーキを口に入れると、それは紛れもなくパンケーキで、もう何が何だかわからなかった。


「どうですか?」

「おいしいけど…… 何なんですかこれ、一体どういう仕組みで……」

「べつにいいじゃないですか、仕組みなんて。ここにはそういうと不思議なものが時々流れ着いてくるんです。……それより欲しいですよね? それ」

「まあ」

欲しくないといえば嘘になる。

これがあればいくらでも、写真を投稿できる。


「差し上げます」

八重樫さんはことなげにそう言った。

「でも……高いんじゃ……」

「お代は結構です。その代わり一つだけ約束してください」

「約束?」


「このカメラで出したもの絶対に捨てないでください。食べ物ならしっかり食べ切る。化粧品ならちゃんと使い切る。他のものも同様です。守れますか?」

そんな簡単なことで、このカメラをもらえるなら答えは簡単だった。

もらわないはずがない。


「では、どうぞ」

八重樫さんは少し不思議な笑みを浮かべて、カメラを渡した。


そうして私はこのカメラを手に入れた。



このカメラを使えばどんな写真でも撮れた。

まずはじめにさっきのパンケーキ。

いいね!

クレープ、いいね! マカロン、いいね! チョコレート、いいね! ドーナツ、いいね! ステーキ、いいね! 串カツ、いいね!

食べ物だけじゃない。

バッグ、いいね! 口紅、いいね! ネックレス、いいね! イヤリング、いいね! 指輪、いいね!

いいね! いいね! いいね! いいね! いいね!


携帯を開けばいいね!の山が私を迎えてくれる。

なんて最高なんだろう。

心がどんどん満たされていくのが、よくわかった。


このカメラがあれば私はなんでもできる。

私は無敵だ。



「最近筆坂さん調子に乗ってない?」

「ああ、確かに〜 なんかあれだよね、いろんなもの食べに行ったり、高級品買ったりね」

「でも、あれ一人で行ってるらしいよ。彼氏とも別れたんだって」

「ほんと! それでSNSで高級品自慢か〜 寂しい人生だねー」


ある日会社の更衣室から、後輩たちがそんな話をしているのが聞こえた。

何? 寂しいって、寂しくなんかない。

彼氏? あんなのこっちから振ったの。

なんで私が憐れまれるの?

ふざけないで。


彼氏なんか別に……いくらでも……

そうだ、いくらでもつくれる。


カメラを構えて、かっこよくて、優しくて、スタイルがよくて、そんな彼氏を想像する。


パシャ——


はい、彼氏の完成。

ほら、私のどこが寂しいの?

そんな想いを込めて彼との写真を、SNSに投稿した。


ほら、少しすればすぐにいいね!の山が……


おかしい。

どうして?

どうしていいねが来ないの?


少ない。全然足りない。こんなんじゃいいね!が足りない。

もっと、もっといいね!が欲しい。


ああそっか、こいつが悪いんだ。

こんな彼氏じゃ全然ダメ。


もう一回カメラを構えて、何度でも何度でも。

ほら、いいね!をもっと、もっと、私に……



これならきっと完璧だ。

七人目にしてようやく最高の彼氏。

それに最高の化粧品、服、宝石……


私にはなんでもある。

なんだってあるんだ。

私、いいね!


「約束、破りましたね」

突然声が聞こえた。淡々としたあの声。

振り向くと八重樫 桜がそこにいた。


「何の話? 別に私は……」


パチン——


と彼女が指を鳴らすと、見慣れた男が六人現れた。


「あなたが捨てた恋人たちです」

「捨てたって、別にそんなつもりじゃ……」

そうよただ別れただけ。

「駄目です。言いましたよね、このカメラで出したもの最後まで捨ててはいけないと」

「だから何? それでどうしようっていうの? 何ならあなたにあげるわよ、そいつら。あんなとこで古物商なんてやってないで、幸せになりなさいよ」


「残念ですがお断りします。彼らの面倒は最後まであなたにみてもらいます」


パチン——


と、また彼女が指を鳴らす。

何だか意識がくらむ。


遠のく意識の中、彼女の冷たい笑顔がみえた気がした。



「おぎゃぁぁー、おぎゃぁぁー」

耳をつんざくようなうるさい声で、私は目を覚ました。


目を開くとそこには見慣れた天井がある。

どうやら自分の家まで帰ってきたらしい。


そうして辺りを見渡すと、そこにとんでもない光景が広がっていた。


「なに……これ……」

私の周りには七人の赤ん坊が、うるさく泣いている。


「あなたの恋人たちですよ」

いつの間にか八重樫 桜がいる。

「は? なに言って——」

「赤ん坊になってしまいましたが、しっかり面倒をみてあげてくださいね? お母さん」


お母さん? 私が、なに言ってるの?

ふざけないで、そんなの絶対に嫌だ。


「何で私がそんなことしなきゃ……」

「ルールですから」

一切の笑みもなく彼女はそう言い放った。


「嫌よ、絶対に」

「駄目ですよ。もうあなたは七人の赤ん坊のお母さんなんですから。あなたが面倒みるしかないんですよ」


「そんな、どうして……」


「ほら、写真撮ってあげますよ、お母さん記念です。子育てブログでもやったらどうですか?

じゃあ撮りますよ。……はい、チーズ」


パシャ——


という音が耳に響く。


これからどうすればいいの?

絶望する私を、八重樫 桜はただ冷たい目で見ていた。



筆坂さんは残念でしたね。

せっかく道具を差し上げたのでのですから、もう少し上手く使って欲しかったのですが……


SNSはとても便利なものです。

正しく使えればの話ではありますが……


幸せを探さずに、幸せに見える何かを探すのは実に虚しい。

いいね!の数は幸せの数ではありませんので、みなさんもどうかご注意を。

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