第2話 迷走

 あてもなく、心細いまま周りの暗闇に呑まれて数時間が経った。


 夜目にも慣れて、少し恐怖が薄れたが、未知の環境や耳が痛くなるほどの静粛は俺に一箇所にとどまることに忌避感を感じさせていた。最大級の警戒とともに、神経質になりながらも足を運ぶのに消耗された体力が馬鹿にならないほど膨れ上がっている。休憩したいところではあるが、死角から狙われているような感覚がどうしても拭えなくて、それに疑心暗鬼が歩みの停滞を許さない。先程から見渡す限り木しか見当たらない。生物はおろか、虫一匹の鼓動さえも感じられない。だが妙に森林の力強さが感じられる。まるで森自体が生命を有しているかのようだ。毒々しくもつやのある植物たちは風に揺られてあたかも自我があるように不規則に踊りながらも目障りの音を発することはない。そうだ、違和感だ。試しに地面に低く生えている野草を思いっきり蹴ってみる。...音がしない。衝撃音すら発しない。気持ちが悪い。いったいどうなっているんだこの森の植物は。


 歩くたびに植物の体の隅々までかすかに痛みの余韻が響き渡る。植物にも痛覚があるのは初めて知った。実に不便でふざけた話だ。さらに歩き回ったせいか全身に乳酸が溜まるような感覚がして、活動を制限してくる。体がだるい。それに動くたびに体から発する土の香りに頭がクラクラしそうだ。こんなにも体を清めたいと思ったのは初めてかもしれない。ともかく最悪な状況だ。目覚めたらマンドレイクになっていただぁ?冗談じゃない。迷惑にもほどがある。記憶が思い出せないが、人間だったということはかろうじて覚えている。それが今、マンドレイク。何がどう間違えばこんな喜劇が起きるんだ?もし神がいるのならぜひとも速やかにご逝去なさってほしい。何が気に食わないかってすべてが気に食わない。身長はそこらへんに生えてる野草よりかは頭2個分ぐらい離れた、いとうつくしサイズ、体重はリンゴ一個分ってところか。おっと、リンゴってなんだっけ。詮無きことだ。まぁいい。ともかく、今の俺は簡単に踏みつぶされてしまうような存在なのだ。簡単に言えば餌だ、餌。しかも植物連鎖の一番下に位置する植物だ。神様なんてことを。私は自走型宅配ピザではない。全部食べれて環境にやさしいだって?やかましいわ。はぁ、足が痛い。一人コントにも疲れてきた。こんなしょうもないことでも考えないとこの絶望的な状況にどうも耐えられそうにない。気を抜くと、心に刺さる静寂が不安とともに押し寄せてきて人格までも押しつぶされそうだ。静粛に耐えられなくなり、何となく独り言をするように呟いてみる。


 「xっx...」


 頑張ってみたがやはりうまく声が出せなかった。どうにも声を発する器官が人間とは違うようだ。慣れるまで言葉を紡ぐには少し時間がかかるだろう。

そうしたうちに喉の渇きを感じた。懐かしいように思うも束の間。すぐにそれは苦痛となりはじめた。


引っこ抜かれた時のような、あの苦痛は2度とごめんだ。


思わず思い出してしまう、あの想像を絶する痛みを。全身を焼かれる程度のものではない。細胞の一つ一つが鋭利なナイフで刻まれ、ねじ込まれ、また刻まれる。吐き気を催す悪い予感を覚えて、不意に出た涙もどきがさらに水分を無駄にする。もう何もかもかまっていられず、我を忘れて水源を確保すべく、探索に全力を注げた。


そして、探る事10分ほど。早くも活動の限界を迎えた。いよいよ目眩のせいで視界が白くなり、体からただでさえ残り少ない力が更に抜けていく。もはや歩く力とて残されていない。体をもてあそぶ苦痛ももはや鳴りを潜めない。あちらこちらで暴れだすソレにもうすでに打つ手なくなっていた。目の前に落ちてきた干からびた髪の毛だった物(枯れた葉っぱ)を見て、私は生命の終焉を悟ったような気がした。


ついに立つ力も保てなくなって、両膝から崩れ落ちた。


それでもなぜか脳だけは妙に冴えている。感覚が研ぎ澄まされる。

死を直面してか、過敏に体が周囲の情報を得ようとする。


タイムリミット。全身が焼けるような感覚が再びよみがえってくる。


ぁぁあああぁああああ"あ"あ"あ"あっっっっっ

あぁぁぁ、、、


たまらずまたもや叫びつつ、痛みを懸命にやり過ごそうとする。


っっ、........ん?


なぜかそこまで痛くない。

というのも頭皮になにか冷たいものが当たるのを感じるとともに、全身の激痛が嘘のように引いていった。すかさずこの世のものとは思えないような快感が全身に降り注ぐ。もうすべてのことがどうでもよくなり、無防備のまま我を忘れたかのように少しでもソレを全身で受け止めようと無理やり体を空に向かって大きく開く。



ザァーザァー


ザァアアアアアアアアアアアアアアアアアア


土砂降りの雨が地面を降り注ぐ。

どうやら豪運にもゲリラ豪雨が通り過ぎたようだ。それにしても、やはりこの体は水分がなくては大変なことになりそうだ。

時間の経過とともに少しずつ体の主導権が戻ってくる。タイミングを計らい、もう用は済んだかとでもいうかのようにすぐに降り止むゲリラ豪雨。


急いで水源を確保せねばと思う。

今度こそ死んでしまいそうだ。

より一層足(根っこ)に力を込めて、俺は歩き出す。


5分後にあっさり川を見つけてしまったけれど。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る